裁判年月日 令和 3年12月 9日
裁判所名 大阪高裁
裁判区分 判決
事件番号 令3(ネ)100号
事件名 損害賠償請求控訴事件
裁判結果 原判決変更・一部認容
上訴等 上告受理申立(上告不受理)

控訴人(1審原告) X 
同訴訟代理人弁護士 谷次郎 小谷成美 三輪晃義 

被控訴人(1審被告) 大阪府 
同代表者知事 B 
同訴訟代理人弁護士 中川元 
同指定代理人 W1 W2 W3 


主文

 1 原判決を次のとおり変更する。
 2 被控訴人は,控訴人に対し,315万4441円及びこれに対する平成29年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 3 控訴人のその余の請求をいずれも棄却する。
 4 訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを5分し,その2を控訴人の負担とし,その余を被控訴人の負担とする。
 5 この判決の2項は,仮に執行することができる。
 
 
事実及び理由

第1 控訴の趣旨
 1 原判決を取り消す。
 2 被控訴人は,控訴人に対し,55万円及びこれに対する平成29年1月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 3 被控訴人は,控訴人に対し,494万7921円及びこれに対する平成29年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要(以下,略語は特記しない限り原判決の例による。)
 1 事案の要旨
  (1) 本件は,大阪府立公立学校の教員であった控訴人が,平成29年3月31日に定年を迎えるに当たり大阪府教育委員会(府教委)に再任用の選考を申し込んだところ,@同年1月24日,府教委から勤務校の校長を通じて,卒業式又は入学式における国歌斉唱時の起立斉唱を含む上司の職務命令に従うかどうかの意向確認を受けたこと(本件意向確認),A府教委により再任用選考を「否」とされ,同年4月1日付けの再任用がされなかったこと(本件不採用)について,@本件意向確認は控訴人の思想良心の自由(憲法19条)を侵害し,かつ,地方公務員法(平成29年5月17日法律第29号による改正前のもの。地公法)13条,15条,大阪府個人情報保護条例6条2項に違反する点で,違憲かつ違法なものであり,A本件不採用は府教委が採用選考における裁量権を逸脱・濫用した違法なものであると主張して,被控訴人に対し,国家賠償法1条1項に基づき,@本件意向確認による損害55万円(内訳,慰謝料50万円,弁護士費用5万円)及びこれに対する本件意向確認の日から支払済みまで民法(平成29年法律第44号による改正前のもの。以下「民法」という。)所定の年5分の割合による遅延損害金,A本件不採用による損害494万7921円(内訳,慰謝料50万円,逸失利益399万7921円,弁護士費用45万円)及びこれに対する再任用されなかった日から支払済みまで前同様の遅延損害金の各支払を求める事案である。
  (2) 原審は,控訴人の請求をいずれも棄却したので,これを不服とする控訴人が本件控訴を提起した。
 2 前提事実
 前提事実(争いのない事実並びに証拠(書証のうち枝番のあるものは,特に断らない限り,全枝番を含む。以下同じ。)及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)は,原判決の「事実及び理由」欄の第2の1に記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,原判決4頁23行目から24行目にかけての「再任用選考を不合格とし,」を「再任用選考結果を「否」とし,平成29年2月17日,控訴人に対し,勤務校の校長を通じて,再任用選考結果を否とする旨連絡し,」に改める。
 3 争点及びこれに関する当事者の主張
 本件の争点は,@本件意向確認が違憲違法なものか(争点1),A本件不採用に裁量権の逸脱・濫用があるか(争点2),B本件意向確認及び本件不採用による控訴人の損害(争点3)であるところ,これらの点に関する当事者の主張は,下記のとおり当審における当事者の補充主張を付加するほかは,原判決「事実及び理由」欄の第2の3に記載のとおりであるから,これを引用する。
 (当審における当事者の補充主張(争点2について))
 (控訴人の主張)
  ア 平成30年最判及び府教委の裁量について
 最高裁平成30年7月19日第一小法廷判決(平成30年最判)は,再任用選考の合否の判断に際しての従前の勤務成績の評価については,基本的に任命権者の裁量に委ねられているものということができるとした。
 しかし,平成30年最判は,平成19年3月,平成20年3月,平成21年3月の東京都における定年退職者の再雇用職員,非常勤教員への採用を問題としたものであり,最高裁自身が「その当時の再任用制度等の下において,著しく合理性を欠くものであったということはできない」として,「その当時の」再任用制度に基づく事例判断的な側面があることを示している。
 そして,本件不採用当時(平成29年3月)においては,地方公務員についても,雇用と年金を接続して地方公務員の生活を保障するという観点から,総務省によって義務的な再任用を導入する方針が決定されており,平成25年3月29日総務副大臣通知(本件通知)も発せられ,定年退職する職員が再任用を希望した場合,当該職員の任命権者は,退職日の翌日,地公法28条の4の規定に基づき,当該職員が年金支給開始年齢に達するまで,常時勤務を要する職に当該職員を再任用するものとすることとされ,再任用しない者の要件としては,地公法16条もしくは28条等規定に基づく欠格事由又は分限免職事由としており,極めて限定的な要件を設けていた。このように,平成30年最判の事案で問題になっている平成19年から平成21年までの時期とは異なり,本件不採用当時は,再任用制度の趣旨が,地方公務員について,「任命権者は採用を希望する者を原則として採用しなければならないとする法令等の定め」があったというべきであり,再任用を希望する定年退職者等について,任命権者が再任用を認めるか否かについての裁量権は,平成30年最判が認定するような,きわめて広範なものであるとは到底いえなかった。
  イ 被控訴人における再任用制度及びその運用実績
 被控訴人は,本件通知が発出されるより前の平成12年12月22日に再任用条例を制定していた。再任用条例は,年金支給開始年齢の引き上げに対応して再任用任期の末日を定める附則4を置いていることから,「雇用と年金の接続」という国の政策趣旨と目的を同じくしている。
 また,府教委は,大阪府立学校教員,府費負担市町村立学校教職員について,再任用を希望する者の実に99パーセント以上を再任用しており(平成26年度〜平成31年度の平均で再任用率は99.8パーセント),本件再任用拒否がなされた平成29年度については,再任用を希望しながら再任用を認められなかった者は,卒業式における国歌斉唱時の不起立による処分歴があり,「意向確認」が出来なかったと府教委が判断した者2名(控訴人と,甲15の作成者であるC氏),休職により勤務実績が非常に少なかった者1名の計3名にすぎず,被控訴人が,平成29年度当時,再任用を希望する者をほぼすべて再任用するという運用をしていたにもかかわらず,控訴人ら国歌斉唱時の不起立による処分歴を有する者について意図的に再任用を拒否したことは明らかである。
  ウ 府教委の裁量権の逸脱濫用について
   (ア) 平成29年度の他事例との比較
 府教委は,平成29年度の再任用教職員の採用選考にあたって,過去に体罰により,懲戒処分としては控訴人よりも重い減給処分を受けた事例(平成29年3月6日開催の同年度再任用教職員採用審査会で「案件E事案」として「可」とされたので,以下「案件E事案」という。)を採用とし,過去に戒告処分という案件E事案よりも軽い懲戒処分を受けたにすぎない控訴人を不採用とした。その結果は,過去に受けた懲戒処分の軽重とは逆になっており,この差異が生じた点について合理的な理由はない。
 被控訴人は,案件E事案と本件不採用に係る控訴人の事案(以下「本件事案」という。)を反省の有無の違いと主張するが,〈ア〉控訴人の過去の不起立は被害者がおらず,謝罪すべき相手がいないこと,〈イ〉君が代の起立斉唱時に起立斉唱しないことは個人の歴史観ないし世界観に由来する行動であるところ,個人の歴史観や世界観は「反省」の対象とならないから,控訴人の過去の不起立については「反省」するべき筋合いの行為ではないこと,〈ウ〉体罰は,学校教育法11条で禁止された行為であるから,これを反省するのは当然であるが,控訴人に対してなされた意向確認は,体罰への反省とはその性質を明らかに異にしており,これらを同視して再任用の可否を判断すること自体が誤りであること,〈エ〉案件E事案は生徒に対する体罰事案であるところ,その経緯及び体罰が理性によって制御するのが困難な類の行為であることにも照らすと,将来二度と体罰に及ばないか否かを判断することはできないことなどからすると,減給の懲戒処分を受けた案件E事案の教員を再任用とする一方で戒告の懲戒処分を受けた控訴人を再任用しなかったことを正当化する事情として考えられるものとしては,「反省」の有無であるが,「反省」の有無は再任用の可否を分ける実質的な理由たり得ない。
 したがって,反省の態度の有無を控訴人にあてはめて再任用しなかったことを正当化することはできず,懲戒処分の軽重とは逆の処分になったことについて合理的な理由はないといえる。
   (イ) 過去の年度の事例との比較
 平成22年度から平成29年度までの再任用教職員の採用選考の結果をみると,停職6月という,懲戒免職を除けば最も重い懲戒処分を受けた経歴がある場合であったとしても,必ずしも再任用がされないわけではなく,停職処分の経歴があったとしても,再任用が認められることの方が多いというべきである。
 他方,戒告の処分歴であれば,そもそも再任用教職員採用審査会の個別案件として上程されることが稀であり,個別案件として上程されるのはほとんどが国歌斉唱時の不起立に関連した事案である。
 また,意向確認について言及されているのは国歌斉唱時の不起立に関連したもののみであり,国歌斉唱時の不起立の懲戒処分歴(あるいは不起立後の意向確認)については,懲戒処分歴の中でも再任用の判断に当たって「勤務実績」として過度に重視されている。
 そして,平成23年度から平成29年度の間で懲戒処分歴を有する者で再任用がされなかった14名のうち半数の7名が国歌斉唱時の不起立に関連した事例であり,また,戒告の処分歴で再任用がされなかったのは国歌斉唱時の不起立に関連した事例のみである。他方,国歌斉唱時の不起立に関連した事例以外で再任用が否となった者は,減給以上のより重い懲戒処分歴を有し,かつ非違行為の内容も,校費の不正受給やわいせつ犯といった犯罪行為にも該当しうるような,相当重大なものばかりである。それらと比べて,国歌斉唱時の不起立は,少なくとも犯罪行為に該当するような重大なものとはいえない。
 このように,府教委の再任用に当たっての裁量権の行使には,明らかに恣意性があり,裁量権の逸脱濫用がある。
 (被控訴人の主張)
  ア 府教委の裁量について
 本件閣議決定及び本件通知は,地方公務員についても,雇用と年金の接続を図るため,定年退職する職員が公的年金の支給開始年齢に達するまでの間,再任用を希望する職員については,欠格事由又は分限免職事由に該当しない限り再任用するものとすることを地方公共団体に要請するものであるが,他方,地方公共団体は,地公法28条の4及び5に基づき,定年退職者を従前の勤務実績等に基づく選考により再任用職員として採用することができるとされている。本件通知も,「地方公務員の雇用と年金を確実に接続するため,各地方公共団体において,本件閣議決定の趣旨を踏まえ,下記の事項に留意の上,能力・実績に基づく人事管理を推進しつつ,地方の実情に応じて必要な措置を講ずるよう要請する。」としている。
 再任用制度の目的には,定年退職者の雇用の確保や生活の安定のほか,定年退職者の知識,経験等を活用することにより教育行政等の効率的な運用を図ることも含まれている。かかる観点からすると,再任用において任命権者が有する裁量権の範囲が,再任用制度の目的や当時の運用状況等のゆえに大きく制約されると解することはできない。
 ゆえに,任命権者は,再任用教職員の採用選考に関して相当程度の裁量権を有するものと解されるというべきである。
  イ 被控訴人における再任用制度の運用実績について
 府教委は,教職員の再任用の可否は,本件閣議決定及び本件通知を踏まえた選考要綱に基づく選考によって適正に決することにしており,再任用率も概して高いものとなっている。とはいえ,これは大半の教職員が,通常の能力・規範意識を有しており,懲戒事由に該当するような問題行動を起こすこともなく,教師としての能力にも特段の問題がないから,結果として合格率が高いだけであり,再任用希望者は実質的な選考を経ることなく原則として全員採用されるといった運用をしていたわけではない。
  ウ 府教委の裁量権の逸脱濫用について
   (ア) 平成29年度の他事案との比較
 本件事案と案件E事案を比較すると,本件事案は,公務員としての根本に関わる非違行為を行ったものであり,後者は,児童・生徒への教育指導上不適切な非違行為を行ったというものであり,いずれの案件も,勤務実績に問題があるとされるものであるが,懲戒処分としての「戒告」と「減給1月」を比べると,本件事案より案件E事案の方が懲戒処分としては重いことになる。
 しかし,本件について,控訴人は,平成24年3月27日,平成26年3月6日の各職務命令違反の非違行為について,いずれも戒告処分を受けたものであるところ,資質向上研修を受け,その研修後,「卒入学式などにおける国歌斉唱時の起立斉唱の命令を含む上司の職務命令に従う」旨記した意向確認書に署名・押印の上,提出するよう求められたが,控訴人は修正してこれを府教委に提出した。そこで,府教委は,平成29年1月24日,控訴人が上記意向確認書に記載の内容の職務命令に従えるのかの本件意向確認を,勤務校の校長を通じて行ったが,確認ができなかったというものである。なお,本件意向確認は,今後はかかる職務命令に従う意向があるか否かを問うことを内容とし,上記職務命令の目的を理解して遂行する意欲があるかを確認することを目的とするものであって,職務命令に違反した控訴人に,あらためて非違行為について反省を求めるものではない。
 他方,案件E事案については,同種の懲戒処分歴はないものの,当該教員(以下「教員A」という。)は,平成28年9月ないし11月に,生徒の頭を手の拳骨で叩いたなど複数回の体罰をしたというものであるが,校長による事情聴取の際に自ら事案の一部を新たに申告するとともに,「今後は,今回のことを深く反省し,言葉での注意,指導を徹底したいと考えています。」と反省の弁を述べ,校長立会いのもと,自身が直接被害生徒らに会って謝罪しこれを受け入れられたというものである。
 再任用教職員採用審査会は,以上の各案件の事実関係及び経過をふまえ,地公法や選考要綱等の趣旨を踏まえつつ総合的に考慮して,控訴人については,定年後の再任用を「否」と判断したものであり,一方,案件E事案の教員Aについては,再任用を「可」と判断したものである。府教委は,かかる審査会の判断をもとに,懲戒処分歴,控訴人についての研修後に提出された「文書」や意向確認の経緯等,教員Aについての反省や非違行為後の規範遵守の状況や意向等をふまえ,総合的に考慮して,審査会の判断どおり,控訴人については定年後の再任用を「否」とし,教員Aについては「可」としたものである。要は,過去の懲戒処分の軽重のみによって判断するものではなく,再任用を「可」とすべきか「否」かの観点から過去の懲戒処分を検討し,総合的に判断して,「可」とすべきか「否」かを判断したものであり,なんら裁量を逸脱するものではない。
   (イ) 過去の年度の事例との比較
 被控訴人においては,府教委が毎年度,年度末の定年退職者のうち再任用の選考を受ける者は,類型的に基準に基づいて再任用を「合格」又は再任用更新を「可」とし,類型的に判断することができない一定の者については,個別案件として審議することになるから,再任用の基準は,過去の懲戒処分がどのような事案によるものであるか,あるいは処分の軽重によってのみ単純に分類化されているものではない。
 そして,個別案件として審議された事例のうち本件事案と他事例を比較すると,まず本件事案と同様に,卒業式又は入学式における国歌斉唱時の起立斉唱の命令を含む上司の職務命令に従わなかった事例(以下「本件の同種事案」という。)のうち,控訴人と同様に再任用選考結果において「否」とされた教員らはいずれも,同種の職務命令違反の非違行為を繰り返しているか,少なくとも,その意向確認の結果から,今後も繰り返すことが容易に予想されるものである。「合格」とされた教員らは,国歌斉唱時の起立斉唱の命令を含む上司の職務命令に従うことが確認された事例であり,本件事案及び本件の同種事案とは,合理的に区別する理由がある。なお,こうした再任用選考における判断は,「上司の職務命令に違反する行為を繰り返し,その累計が5回(職務命令に違反する行為の内容が同じ場合にあっては,3回)」となる職員に対する分限免職を定める大阪府職員基本条例(27条第2項)の規定の趣旨にも通じるものであり,再任用を認めない判断について,裁量の逸脱又は濫用は認められない。
 また,個別案件として審議された事例のうち,本件事案及び本件の同種事案を除く事案(以下「本件とは別種の事案」という。)とを比較すると,本件とは別種の事案は,懲戒処分の重さだけで再任用の合否は判断されていない。あくまでも「従前の勤務実績」すなわち「担当業務に要求される水準に達しており,業務を支障なく遂行することができる」か,という点を問題として,再任用教職員採用審査会において,総合的に判断して,再任用後も業務を支障なく遂行できるかどうかで,府教委は再任用の可否を決めている。例えば,平成27年度の体罰事案および体罰発覚を隠蔽しようとした事案は,停職6月の相当重い懲戒処分で「従前の勤務実績」として,今後「担当業務に要求される水準に達しており,業務を支障なく遂行することができる」か,という点で判断され,「現在の勤務状況等に問題はない」ことから「合格」とされ,平成28年度のセクハラを繰り返した事案や,通勤手当の不正受給が長期間に及んだなどの事案の場合には,「担当業務に要求される水準に達しており,業務を支障なく遂行することができる」と認め難いとされ,総合的に判断して,再任用選考結果が「否」とされている。したがって,本件とは別種の事案はいずれも再任用教職員の採用選考の基準を当てはめて合否を決めており,各事案で合否が分かれたことについても合理的な説明が可能である。結局,本件事案と過去の年度の事例とで合否が分かれたことについては合理的な説明が可能であって,平等原則等に反するものではないから,府教委の判断に裁量逸脱又は濫用は認められない。

第3 当裁判所の判断
 1 当裁判所は,本件不採用は,府教委が採用選考における裁量権を逸脱・濫用した違法なものであり,控訴人の請求は,国家賠償法1条1項に基づく損害賠償として,315万4441円及びこれに対する違法行為の日の後である平成29年4月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,その限度で認容し,その余の請求をいずれも棄却すべきと判断する。その理由は,以下のとおりである。
 2 認定事実
 認定事実は,下記のとおり補正するほか,原判決「事実及び理由」欄の第3の1に記載のとおりであるから,これを引用する。
  (1) 原判決16頁18行目冒頭から20行目末尾までを,「前提事実並びに証拠(甲1A,2AB,4,5,7,8,11,13,14@A,15〜17,20,23@A(枝番を全て含む。以下同じ。),24,39〜41の各@〜C,42の@〜B,43,乙1〜3,5A,6@A,7,14,15)及び弁論の全趣旨等によれば,以下の事実が認められる。」に改める。
  (2) 原判決18頁24行目の「公正を期すため,」の後に「再任用教職員採用審査会規程(内規)を定め,同規程により,」を加える。
  (3) 原判決19頁1行目末尾の後に,改行の上,次のとおり加える。
 「オ 再任用の具体的手続と合否の基準
 府教委は,毎年度,年度末の定年退職者のうち再任用を申し込む者が相当多数存在することから,「再任用教職員採用選考審査会に資料を提出する者および合否(可否)の判断基準」(以下「合否の判断基準」という。)を定め,類型的に基準に基づいて再任用を「合格」又は再任用更新を「可」とする者らについては,個別案件として審議することなく再任用を「合格」又は再任用更新を「可」とそれぞれしている。そして,類型的に判断することができない一定の者については,個別案件として審議することにしている(乙15。なお,被控訴人は,合否の判断基準の詳細は,合否又は可否の具体的な判断基準に直接的に関わることから,これを公開することにより,選考事務の適正かつ円滑な事務の遂行に著しい支障を及ぼす具体的かつ客観的な法的保護に値する蓋然性があるとして非公開としている。)。」
  (4) 原判決20頁2行目から3行目にかけての「充実させることを目的としたものである。」を「充実させること,定年に達し,継続雇用を希望する者全員の雇用確保を図り,高年齢者が少なくとも年金受給開始年齢までは働き続けられる環境を整備することなどを目的としている。」に改める。
  (5) 原判決21頁8行目の「平成25年3月29日,」の後に「各都道府県知事及び各指定都市市長に対し,」を加え,同18行目の「28条5」を「28条の5」に改める。
  (6) 原判決22頁18行目冒頭から26行目末尾までを,次のとおり改める。
 「カ 本件通知に伴う再任用制度の見直し
 府教委は,本件通知を踏まえて,雇用と年金の接続を図る観点から再任用制度の見直しを行い,労働組合(職員団体)に対し,すべての職種・課程にフルタイム勤務(週38時間45分)を導入することなどを提案し,平成26年4月1日より実施している。
 また,府教委は,本件通知を踏まえて,選考要綱のうち,選考に合格した者の合格を取り消すことができる場合について,従前は,「非違行為その他再任用することが適当でないと認められる事由が生じた時」との定めであったところを,新たに人事評価結果を合否判定の基準に加えることとし,「@非違行為があったとき,A選考を実施する年度の評価結果がCとなったとき(C評価は非常に低い評価とされ,5段階評価の最低ランクである。),B前2号に掲げるもののほか,採用することが適当でないと認められる事由が生じたとき」に改定した。なお,選考要綱のうち,選考基準について変更はない。
 (甲8,乙2,5A,6@A)」
  (7) 原判決24頁25行目末尾の後に,改行の上,次のとおり加える。
 「カ 控訴人の勤務実績等
 控訴人は,昭和56年4月に大阪府立公立学校教員に任用されて以来,36年間にわたって,高等学校の教員として勤務した。理科を担当するとともに,3年生を担任することもあり,また進路指導を担当することもあった。控訴人は,ある程度人格が完成した年齢である高校生との間で,お互いに高め合うような形で仕事ができればと考え,高等学校の教師を志望したものであるが,高校生一人一人の有している良いところを伸ばすことを考えて教員生活を送ってきた。そして,定年を迎えるにあたって,経済的なことに加え,体力的にも問題なく,教員としての仕事への意欲も衰えることがなかったので,再任用を希望した。(甲26,控訴人本人)
 控訴人の再任用希望について,選考要綱に基づく校長の内申では,控訴人は,勤務実績等の4項目(勤務実績,勤労意欲,専門的知識等,心身の状況)ともに「適」であり,総合評価も「適」であった。そして,退職前2年間(平成27年度,平成28年度)の勤務実績は,病休がいずれも0日とされていた(甲2B)。
 控訴人の勤務に関し,2度の戒告処分を含む国歌斉唱時の起立斉唱に関するもののほか,特に問題点が指摘されたことは窺われない(弁論の全趣旨)。」
  (8) 原判決24頁26行目冒頭から27頁6行目末尾までを,次のとおり改める。
 「(4) 平成29年度再任用教職員採用審査会の議事及び本件不採用の審査結果等
 ア 平成29年度再任用教職員採用審査会
 府教委は,平成29年1月30日,同年3月6日,同月27日の3回にわたって,平成29年度再任用教職員採用審査会を開催した(以下,順に「1回目の審査会」のように記載する。)。
 1回目の審査会では,個別案件とされた12案件(案件@から案件K)の他は全員を可とした(原判決別紙府立学校及び府費負担市町村立学校の再任用教職員の実績によれば,平成28年度(平成29年度当初)の再任用・再任用更新を希望した教職員2579名のうち,過去に懲戒処分を受けた教職員は8名で,うち6名が再任用・再任用更新となっているから,懲戒処分歴を有し個別案件とされた下記3名を除く5名は,個別案件とされずに再任用・再任用更新になったものと推認される。)。個別案件12案件のうち,懲戒処分歴を有するのは3案件であり,うち2案件は本件事案(戒告処分2回)及び本件の同種事案(戒告処分1回)であり,いずれも再任用選考結果が「否」であった。他の1案件(案件E事案)は,体罰事案(減給1月)であったが,再任用選考結果は「合格」であった。なお,1回目,2回目の各審査会では,再任用選考結果が保留の案件もあったが,本件事案及び本件の同種事案は1回目の審査会で再任用選考結果が「否」とされた。
 (甲2AB,23@A,乙7,弁論の全趣旨)
 イ 控訴人に対する審査結果及びその理由
 1回目の審査会における控訴人に関する審査結果は,「平成23年度の卒業式における国歌斉唱時の不起立により,平成24年3月27日戒告処分。平成25年度の卒業式における国歌斉唱時に不起立により,平成26年3月27日戒告処分。この件にかかる研修終了後の意向確認において,意向確認書の文言を『地方公務員法に定める上司の職務命令に従います。ただし,今回の研修では十分な説明が得られなかったため,憲法その他の上位法規に触れると判断した場合はこれを留保します。』と修正して提出。その後,再度,意向を確認したが,『入学式や卒業式等における国歌斉唱時に起立斉唱を含む上司の職務命令に従う』との意向確認ができなかった。上司の職務命令や組織の規範に従う意識が希薄であり,教育公務員としての適格性が欠如しており,勤務実績が良好であったとはみなせない。以上により総合的に判断して,再任用選考結果を『否』とする。」というものであった(前提事実(5)イ)。
 ウ 案件E事案の内容並びに案件E事案に対する審査結果とその理由
 (ア) 府立高校の教諭である教員(教員A)が,〈ア〉平成28年9月,課題レポートの提出を忘れた複数の生徒を指導する際,ボールペンを額に当てて弾いた。これについて,他の生徒からの申告で発覚した時点で1回,後に授業アンケートで生徒の書き込みがあったことからもう1回の合計2回,教員Aは校長から指導を受けていた。また,教員Aは,〈イ〉同年11月,担当科目の授業において,当該科目の自習を指示していたところ,ある生徒が他教科の自習をしていたため,口頭注意をすると同時に,手の拳骨で当該生徒の頭を1回叩いたところ,当該生徒は頭部に頭皮下血腫(たんこぶ)ができる傷害を負った。さらに,教員Aは,〈ウ〉同日,別のクラスでの同じ科目の授業中,当該科目の自習を指示したが,ある生徒が他教科の自習をしていたため,口頭注意をすると同時に,手の甲で当該生徒の頭部を1回叩いた。
 (イ) 教員Aは,事情聴取の際に,自ら上記〈ウ〉の事案を申告するとともに,「今後は,今回のことを深く反省し,言葉での注意,指導を徹底したいと考えています。」と反省の弁を述べた。また,上記〈イ〉の事案と上記〈ウ〉の事案の各被害生徒の保護者らには校長が事情説明と謝罪をするとともに,校長立会いのもと,教員Aが直接被害生徒らに会って謝罪し,2名の生徒及びその保護者らは謝罪を受け入れた。
 (ウ) 府教委は,案件E事案が,複数の生徒に対する体罰の事案であり内1名には頭皮下血腫(たんこぶ)ができたこと,教員Aは体罰事案で校長から指導を受けていたにもかかわらず再度体罰を行ったこと,他方で,いずれの生徒も学業に大きな影響がなかったこと,教員Aが反省し謝罪していること,2名の生徒及びその保護者らが謝罪を受け入れていること等を総合的に勘案し,過去の処分事例と比較衡量して,減給1月の懲戒処分とした。
 (エ) 平成29年度再任用教職員採用審査会は,案件E事案について,1回目の審査会では,懲戒処分が確定するまで保留としていたが,2回目の審査会では,減給1月の懲戒処分がなされたが,総合的に判断し,再任用選考結果を「合格」とすることとした。
 (甲2A,23@A)
 エ 結局,平成29年度再任用教職員採用審査会の審査対象とされた再任用・再任用更新希望者のうち,否となった者は,控訴人を含む4名であり,このうち,本件の同種事案は控訴人を含む2名で,その他の2名のうち1名は,休職を繰り返し,勤務実績が非常に少なく,その状況に変わりがないことが否とされた理由であり,残る1名は,指導が不適切であり,改善が見込めないことが否とされた理由であった(甲2A,23@A)。
 オ 本件不採用
 府教委は,再任用教職員採用審議会の前記イの審査結果を受けて,控訴人の再任用選考結果を「否」とし,平成29年2月17日,控訴人に対し,その勤務校の校長を通じて,再任用選考結果を否とする旨連絡し,控訴人を再任用しなかった(前提事実(5)ウ)。
 (5) 再任用制度の運用状況
 ア 再任用率の推移
 平成24年度から平成29年度までの期間について,被控訴人における教職員の再任用状況は,原判決別紙府立学校及び府費負担市町村立学校の再任用教職員の実績のとおりである(原判決上記別紙の「年度」の記載は,定年退職した年度を基準としており,再任用・再任用更新の年度は翌年度となるので,同別紙の「〜年度当初」の記載に従って年度を記載する。)。
 再任用率(再任用・再任用更新となった教職員/再任用・再任用更新を希望した教職員)は,平成24年度が99.69%,平成25年度が99.61%,平成26年度が99.45%,平成27年度が99.83%,平成28年度が99.92%,平成29年度が99.81%であった。(乙7)
 イ 過去に懲戒処分を受けた教職員の再任用・再任用更新の状況
 平成24年度から平成29年度までの期間について,被控訴人における教職員の再任用・再任用更新を希望した教職員合計1万3769名のうち,過去に懲戒処分を受けた教職員は合計57名である。そのうち,再任用・再任用更新になった教職員は合計46名であり,再任用・再任用更新にならなかった教職員は合計11名である。また,上記懲戒処分を受けた教職員57名中,個別案件になった者は29名であり,個別案件にならなかった28名は全て再任用・再任用更新されている。
 個別案件になった者のうち,再任用・再任用更新になった教職員は18名で,懲戒処分の内容は,停職5名(生徒への体罰等で停職6月,生徒への体罰で停職3月,交通事故により停職3月,酒気帯び運転による停職3月,校内での飲酒等で停職1月),減給3名(生徒の安全確保を怠り生徒が傷害を負った事故で減給6月,体罰で減給1月(2名)),戒告10名(管理職の体罰報告懈怠で戒告,国歌斉唱時の不起立で戒告(9名,職務命令遵守の意向確認ができたとされた事案))となっており,再任用・再任用更新にならなかった教職員は11名で,懲戒処分の内容は,停職4名(生徒に対するセクハラ行為で停職6月,合宿等付添業務の付添費の不正受給等で停職3月,教員へのセクハラで停職3月,通勤手当の不正受給で停職1月),戒告7名(国歌斉唱時の不起立で戒告(7名,職務命令遵守の意向確認ができなかったとされた事案))となっている。
 (甲2AB,23@A,39〜41の各@〜C,42の@〜B,43,弁論の全趣旨)
 ウ 平成28年度末までの意向確認
 府教委は,平成28年度末まで,職務命令に違反して卒業式又は入学式等の国歌斉唱時に起立斉唱せず懲戒処分を受けた教職員に対する研修終了後に,「今後,卒入学式等における国歌斉唱時の起立斉唱の命令を含む上司の職務命令に従う」旨が記載された意向確認書に署名押印して提出するよう求め,これを提出しなかつた再任用希望者に対しては同趣旨の意向確認を行い,その結果を再任用選考時の資料としていた(甲15〜17,20,24,弁論の全趣旨)。
 控訴人は,平成26年の戒告処分について,平成28年1月に約30分の研修を受けた後,上記記載のある意向確認書に署名押印して提出するよう求められたが,後日,「地方公務員法に定める上司の職務命令に従います。ただし,今回の研修では十分な説明が得られなかったため,憲法その他の上位法規に触れると判断した場合はこれを留保します。」などと記載した意向確認書を自ら作成し,署名押印の上,提出した(甲11,24,控訴人本人,弁論の全趣旨)。
 エ 平成29年度以降の意向確認
 府教委は,平成29年度以降は,上記意向確認書から「卒入学式等における国歌斉唱時の起立斉唱の職務命令を含む」との文言を削除し,「今後,上司の職務命令に従います」との文言に変更し,平成28年度以前に上記意向確認書を提出しなかった者や文言を訂正して提出した再任用希望者に対しても「卒入学式等における国歌斉唱時の起立斉唱を含む」と明示することなく「今後は上司の職務命令に従うか」との意向確認を行うようになった。控訴人は,平成29年2月の府教委との市民団体交渉において,府教委の担当者に対し,職務命令に対する確認であれば今までも職務命令には従いますと答えている旨を述べ,また,原審本人尋問において,変更後の意向確認書もしくは意向確認の内容であれば,「従う」旨の回答を行ったと思うと供述している。
 (甲14@A,16,17,35@A,控訴人本人,弁論の全趣旨)
 (6) 懲戒制度
 ア 被控訴人には,職員の懲戒に関する条例(昭和26年大阪府条例第42号)があり,同条例では,地公法29条4項の規定に基づき,被控訴人の職員の懲戒の手続及び効果に関し必要な事項を定めるとともに,懲戒処分の基準を定めている。
 同条例では,別表の中欄に掲げる行為(地公法29条1項各号のいずれかに該当する行為をいう。以下「非違行為」という。)をした職員に対する標準的な懲戒処分の種類は,同表の下欄に定めるとおりとし,任命権者は職員が別表の中欄に掲げる非違行為以外の非違行為をしたときは,当該非違行為に類似する同欄に掲げる非違行為に対する懲戒処分の取扱いを参考にして,当該非違行為に対する懲戒処分を決定することができるとしている(2条1項,2項)。そして,任命権者は,別表の中欄に掲げる非違行為をした職員に対し,懲戒処分をするときは,当該職員のした非違行為の態様及び結果,動機,故意若しくは過失の別又は悪質性の程度,当該職員の職責,当該違反行為の前後の当該職員の態度,他の職員又は社会に与える影響その他懲戒処分の検討にあたり必要な事項を考慮し,懲戒処分をするか否か及びいずれの懲戒処分を選択するかを決定するものとしている(2条3項)。
 なお,本件の同種事案に類する行為は,同条例別表の非違行為として規定されていない。
 (当裁判所に顕著)
 イ 府教委は,「職員の懲戒処分等に関する取扱い基準」(以下「懲戒処分等取扱基準」という。)を定めており,同基準では,法令,条例又は職務上の義務違反その他全体の奉仕者としてふさわしくない非行を非違行為とし,非違行為の程度が懲戒処分に相当すると思慮される場合には,大阪府人事監察委員会の意見を聴いた上で,免職(職員たる身分を失わせ,公務員関係から排除する。),停職(職務への従事を一定期間(1日以上6月以内)停止させる。停職期間中はいかなる給与も支給しない。),減給(一定期間(1日以上6月以内)職員の給与の一定割合(給料及びこれに対する地域手当の10分の1以下)を減額して支給する。),戒告(職員の非違行為の責任を確認するとともに,その将来を戒める。)の懲戒処分を行うものとしている(同基準3,5)。そして,同基準は,非違行為の標準的な量定は,前記アの条例の別表(2条関係)に規定するとおりとし,懲戒処分の加重,軽減については,同条例2条3項等に規定する項目を総合的に考慮するものとしている(同基準6,7)。(乙14)」
 3 争点1(本件意向確認が違憲違法なものか)について
 当裁判所も,本件意向確認は,控訴人の思想及び良心の自由を侵害するものとして憲法19条に違反するとはいえず,違法であるとも認められないと解するが,その理由は,原判決「事実及び理由」欄の第3の2に記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,原判決30頁25行目の「再任用されないこと」から同26行目の「いえない上,」までを削る。
 4 争点2(本件不採用に裁量権の逸脱・濫用があるか)について
  (1) 再任用制度は,定年等により一旦退職した職員を,任期を定めて新たに採用するものであって,任命権者は採用を希望する者を原則として採用しなければならないとする法令の定めはなく,また,任命権者は成績に応じた平等な取扱いをすることが求められると解されるものの(地公法13条,15条参照),再任用選考の可否を判断するに当たり,従前の勤務成績をどのように評価するかについて規定する法令の定めもない。これらによれば,再任用選考の可否の判断に際しての従前の勤務成績の評価については,基本的に任命権者の裁量に委ねられているものということができる(平成30年最判参照)。
 他方,地方公務員の再任用制度は,平成13年度から公的年金の基礎年金相当部分の支給開始年齢が65歳まで段階的に引き上げられることになったことに対応して,平成11年の改正により,60歳定年後の継続勤務のための任用制度として新たな再任用制度を定めたものである(原判決第3の1(1)ア,以下,補正の前後を通じ原判決の引用表記は上記の例による。)。そして,平成25年3月29日の本件通知により,国から地方公共団体に対し,定年退職する職員が再任用を希望する場合,当該職員の任命権者は,退職日の翌日,地公法28条の4又は28条の5の規定に基づき,当該職員が年金支給開始年齢に達するまで,常時勤務を要する職又は短時間勤務の職に当該職員を再任用するものとすることが要請されている。これは,地公法59条及び地方自治法245条の4に基づき国から地方自治体に対して要請されたものであり,平成25年3月26日に,平成25年度以降,公的年金の報酬比例部分の支給開始年齢も段階的に60歳から65歳へと引き上げられることに伴い,無収入期間が発生しないよう,国家公務員の雇用と年金の接続を図る本件閣議決定がなされたことを受けてなされたものである(原判決第3の1(2)ウ)。また,平成24年の高年法の改正(平成25年4月1日施行)により,事業主が労使協定で定める基準により継続雇用の対象となる高年齢者を限定できる仕組みが廃止されるなど,民間の労働者についても,雇用と年金の接続を図る対応がなされていた(原判決第3の1(2)イ)。そして,府教委は,本件通知を踏まえて,雇用と年金の接続を図る観点から再任用制度の見直しを行っている(原判決第3の1(2)カ)。
 このように雇用と年金の接続を図る法的な対応が進む状況下で,被控訴人の教職員の再任用率は,本件通知前の平成24年度が99.69%,平成25年度が99.61%と元々高い率ではあったものの,本件通知後は,平成26年度が99.45%,平成27年度が99.83%,平成28年度が99.92%,平成29年度が99.81%と推移し,全体として一段と高くなっていた。被控訴人において,教職員の再任用の可否は選考要綱に基づく選考によって決することとされ,実際に再任用教職員採用審査会で実質審理がされて再任用の可否が決せられていたことなどからすると,再任用希望者が原則として全員採用されるという運用が確立していたとまではいえないが,上記のような教職員の極めて高い再任用率に照らすと,被控訴人の教職員の再任用においては,再任用希望者はほぼ全員が採用されるという実情にあったといえる。
 上記の諸事情,すなわち,@本件通知が,地公法28条の4又は28条の5の規定に基づいてなされたものであり,その趣旨に対応した再任用制度の見直しを府教委が行ったこと,A国家公務員や民間労働者についても本件通知に沿う法的対応がなされていたこと及びそれらの内容が年金の報酬比例部分の支給開始年齢が段階的に60歳から65歳へと引き上げられ,無収入期間が発生しないように雇用と年金の接続を図るものであったこと,B被控訴人の教職員の再任用率は平成26年度以降,99.45%から99.92%で推移し,再任用を希望した者がほぼ全員採用されるという実情があったことからすると,遅くとも,控訴人が再任用を希望した平成29年度の再任用教職員採用選考の頃には,再任用を希望する教職員には,再任用されることへの合理的期待が生じていたと認められ,上記合理的期待が生じた理由及びその裏付けとなっている社会的な要請からすると,この合理的期待は,法的保護に値するものに高まっていたと解することができる。そして,このように法的保護に値する合理的期待を有することからすると,再任用希望者は,再任用選考において他の再任用希望者と平等な取扱いを受けることについて強く期待することができる地位にあったと認められる。
 そうすると,再任用選考の可否の判断に際しての従前の勤務成績の評価については,前記のとおり基本的に任命権者である府教委の裁量に委ねられているものということができるが,遅くとも本件不採用の当時においては,他の再任用希望者との平等取扱いの要請に反するなど,その裁量判断が客観的合理性や社会的相当性を著しく欠くと認められる場合には,府教委の判断は,裁量権の逸脱又は濫用として違法と評価されることになるというべきである。
  (2) そこで,上記(1)を踏まえて,本件不採用について裁量権の逸脱又は濫用があったかについて判断する。
 平成29年度再任用教職員採用審査会は,本件意向確認において,控訴人が,入学式又は卒業式における国歌斉唱時に起立斉唱を含む上司の職務命令に従うとの意向確認ができなかつたことが,上司の職務命令や組織の規範に従う意識が希薄であり,教育公務員としての適格性が欠如しており,勤務実績が良好であったとはみなせないから,総合的に判断して,再任用しないとしたが(原判決第2の1(5)イ),再任用の可否の審査にあたって,過去の懲戒処分歴が重視されることは,選考要綱に,合否の判定基準の1つとして「従前の勤務実績」が挙げられていること(原判決第3の1(1)ウ),選考に合格した者の合格を取り消すことができる場合について「非違行為があったとき」が定められていること(原判決第3の1(2)カ)からも明らかといえる。そして,懲戒処分は,当該職員のした非違行為の態様及び結果,動機,故意若しくは過失の別又は悪質性の程度,他の職員又は社会に与える影響等の事項を考慮し,懲戒処分をするか否か及びいずれの懲戒処分を選択するかを決定するものであり(被控訴人の職員の懲戒に関する条例2条3項参照),府教委の定める懲戒処分等取扱基準では,免職,停職,減給,戒告の意義や処分範囲が明確に定められている(認定事実(6)イ)。ところが,平成29年度再任用教職員採用審査会における選考においては,過去に戒告処分を受けたにとどまる控訴人が再任用を「否」とされ,生徒に対する体罰を繰り返し戒告処分より重い減給1月の懲戒処分を受けた案件E事案の教員Aが再任用「合格」とされており,過去の懲戒処分の軽重と再任用の選考結果とが逆転した状態が生じている。このことは,再任用の可否の判断に当たって重視されるべき事情である過去の懲戒処分歴について,他の選考対象者との関係で不合理に取り扱われないという法的保護に値する期待に反するものといえる。
 また,再任用の選考に当たって,過去に懲戒処分を受けた者の反省や非違行為後の規範遵守の状況等を一定の範囲で考慮することが裁量権の行使として許されるとしても,より重視されるべきは,過去に懲戒処分を受けた事案の内容及び懲戒処分の軽重であって,反省等は付随的なものとして扱われるべきであるから,同一年度の選考において,反省等を顧みて,重い懲戒処分を受けた者を再任用「合格」とし,軽い懲戒処分を受けた者を再任用「否」とすることは,反省等を過度に重視するものであり,裁量権の適切な行使とはいえない。なお,案件E事案は,短期間に3回生徒に対して暴力を振るった事案であり,このような行為態様に照らせば,教員Aが反省の弁を述べたからといって直ちに同種の行為に及ぶことがないと評価するのは相当でなく,教員Aが,2回の戒告処分を受けている控訴人に比べて同種の行為に及ぶ可能性が低いとまではいえない。
 以上によれば,平成29年度の再任用選考において,控訴人を「否」,教員Aを「合格」としたことは,本来重視されるべき再任用を希望する教職員の過去の懲戒処分の軽重を重視せず,一方で反省等を過度に重視したものであり,合理性を欠くものといわざるを得ない。
 加えて,〈ア〉前記のとおり,被控訴人の教職員においては,本件不採用の頃には,再任用や再任用更新を希望する者がほぼ全員採用される実情にあったこと,〈イ〉控訴人につき選考要綱に基づく校長の内申では,勤務実績等の4項目(勤務実績,勤労意欲,専門的知識等,心身の状況)ともに「適」であり,総合評価も「適」であったこと,〈ウ〉控訴人が平成29年3月31日現在で60歳の定年であったことからすると,公的年金の報酬比例部分の支給開始年齢が62歳,基礎年金相当部分の支給開始年齢が65歳と認められるから,控訴人は,再任用により得られるはずの給与が得られず,年金も支給されないという状態に陥ったこと,〈エ〉控訴人は,研修後に提出した意向確認書の記載を含め一貫して卒業式又は入学式における国歌斉唱時の起立斉唱の命令以外の職務命令には従う意向を示しているとみられ,また,控訴人の勤務に関し,2度の戒告処分を含む国歌斉唱時の起立斉唱に関するもののほか,特に問題点が指摘されたことは窺われないこと,〈オ〉公立学校の式典における国歌斉唱時の起立斉唱等に関する職務命令に従わなかった事例における懲戒処分の選択に関し,事案の性質等を踏まえた慎重な考慮が必要となる旨が判示されたところ(最高裁平成24年1月16日第一小法廷判決・裁判集民事239号1頁,同日第一小法廷判決・裁判集民事239号253頁各参照),雇用と年金の接続を図る必要性が高いことや再任用を否とした場合の結果の重大性が増大していることなど近年の事情を勘案すれば,本件事案の懲戒処分歴の扱いについても,定年退職前の懲戒処分の選択と同様に事案の性質等を踏まえた慎重な考慮が望まれるべきことからすると,府教委の本件不採用の判断は,客観的合理性や社会的相当性を著しく欠くものとして,裁量権の逸脱又は濫用に当たり,違法というべきである。
 そして,上記違法の内容からすると,府教委には,過失が認められるから,被控訴人は,控訴人に対し,国家賠償法1条1項に基づき,損害賠償責任を負うこととなる。
 5 争点3(本件不採用による控訴人の損害)について
  (1) 逸失利益
 控訴人は,本件不採用により,被控訴人の再任用教職員として就労する機会を奪われることになったから再任用期間(1年間)において得られるべきであった給与額相当の経済的損害を被ったと認められる。
 証拠(甲9)及び弁論の全趣旨によると,大阪府の再任用教員については,平成28年度は,職務の級が2級の者に支払われる給与額が月額28万2100円,勤務成績が良好の者(A評価。SS〜Cの5段階評価の中位。乙6@A)に支払われる期末手当が1年当たり月額給与の1.45月分,勤勉手当は月額給与の0.722月分であることが認められ,控訴人は,教諭として職務の級が2級に該当するから,本件不採用がなければ,控訴人は,平成29年度,上記の収入を得られたと認められる。
 したがって,控訴人が平成29年度に支払われるべきであった給与の合計額は,399万7921円(28万2100円×(12月+1.45月+0.722月))であり,ここから,平成29年度に控訴人が大阪市公立学校において非常勤講師として稼働し,また大阪市の学力向上支援サポーター(理科補助員)として稼働したことにより得られた収入112万3480円(甲36,37,弁論の全趣旨)を損益相殺し,287万4441円(399万7921円−112万3480円)を控訴人の逸失利益と認める。
  (2) 慰謝料
 府教委の裁量権の範囲の逸脱又はその濫用による期待権の侵害による控訴人の精神的苦痛については,上記(1)の賠償により慰謝されると解するのが相当であり,慰謝料は認められない。
  (3) 弁護士費用
 上記(1)の逸失利益の額のほか,本件事案の内容,性質等を総合考慮すると,弁護士費用として,28万円を損害と認める。
  (4) 損害の合計は,315万4441円(287万4441円+28万円)となる。
第4 結論
 以上によれば,控訴人の請求は,前記第3の1の支払を求める限度で理由があるからこの限度で認容すべきところ,これと異なる原判決は一部相当ではなく,本件控訴は一部理由があるから,原判決を主文のとおり変更することとして,主文のとおり判決する。

 大阪高等裁判所第14民事部
 (裁判長裁判官 本多久美子 裁判官 松本展幸 裁判官浅見宣義は退官により,署名押印することができない。裁判長裁判官 本多久美子)