裁判年月日 令和 4年 6月28日
裁判所名 大阪地裁
裁判区分 判決
事件番号 平31(ワ)1644号
事件名 損害賠償請求事件〔公立高校教員過重労働事件〕
裁判結果 認容
上訴等 確定
原告 X
同訴訟代理人弁護士 田中俊
同 松丸正
同 江藤深
被告 大阪府
同代表者知事 A
同訴訟代理人弁護士 中川元
同指定代理人 W1
同 W2
同 W3
同 W4
同 W5
同 W6
同 W7
主文
1 被告は、原告に対し、230万5108円及びこれに対する平成29年7月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
3 この判決は、1項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
主文同旨
第2 事案の概要等
1 事案の概要
本件は、被告の設置、運営する高校に世界史担当教諭として勤務していた原告が、過重な業務により長時間労働を余儀なくされ適応障害を発症したとして、被告に対し、国家賠償法1条1項または債務不履行(安全配慮義務違反)に基づく損害賠償請求として、230万5108円(治療費、慰謝料及び弁護士費用)及びこれに対する被告の違法な行為により適応障害を発症した日の後である平成29年7月21日から支払済みまで民法(平成29年法律第44号による改正前のもの。以下同じ。)所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2 前提事実(当事者間に争いがないか、後掲の各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1) 当事者等
ア 被告は、大阪府立a高校(以下「本件高校」という。)を設置する地方公共団体である。
イ 原告(昭和63年〇月〇日生)は、平成22年3月にb大学外国語学部を卒業した後、訴外f株式会社(現f1社d)に採用され、同社の運営するラグビーチームにおける外国人選手の通訳として1年間勤務し、平成23年4月から大阪府立c高校非常勤講師、同年8月から同高校常勤講師として勤務した。その後、被告の高校教諭として採用され、平成24年4月から同高校教諭、平成28年4月から本件高校の教諭として勤務する者である。(甲62)
原告は、本件高校において、平成28年度は世界史の授業を担当すると共に、生徒会部に所属し、国際交流委員会の委員や、卓球部顧問、ラグビー部副顧問等を務めた。平成29年度は、世界史の授業を担当するとともに、1年生のクラス担任を務め、生徒指導部に所属し、国際交流委員会の主担当者、ラグビー部顧問等も務めた。
(2) 適応障害の発症
原告は、平成29年7月21日(金曜日)、本件高校の産業医である中島内科クリニック(以下「本件クリニック」という。)を受診し、B医師(以下「B医師」という。)に対して「ここ3〜4カ月頭痛と胸の痛みがある」と言い、「不安感、イライラ、仕事のことが頭から離れない」などの症状を訴えた。B医師は、原告に対し、「病名 慢性疲労症候群」「上記疾患のため平成29年7月22日から1ケ月(8月20日まで)間の、自宅療養(就労不可)の必要を認める」旨の診断書(甲57。以下「7月診断書」という。)を作成、交付した。原告は、同年7月20日頃、遅くとも同月21日までに、適応障害を発症(以下「本件発症」という。)していた。(甲1、57)
(3) 本件発症後の病気休暇、病気休職等
ア 原告は、平成29年9月25日、本件クリニックを受診し、B医師作成による、病名を「慢性疲労症候群」とし、「上記診断にて、平成29年9月25日から同年12月17日を目途に、3カ月程度の自宅療養の必要を認める」旨の診断書の交付を受けた。(甲1、2、59、弁論の全趣旨)
イ 原告は、平成29年9月25日から同年12月15日まで病気休暇を取得した。(乙26、48)
ウ 原告は、平成29年9月29日、大阪府茨木市所在の精神科クリニックである「医療法人メディカルメンタルケア横山・渡辺クリニック」(以下「横山・渡辺クリニック」という。)を受診し、以後、同クリニックに継続的に通院した。(甲2、74の1ないし25)
エ 原告は、平成30年2月5日、同クリニックC医師(以下「C医師」という。)作成の、診断名を「適応障害」とし、「平成30年1月以降の体調は芳しくなく、同年2月5日〜同年3月31日の間、自宅療養が必要と判断する」旨記載された診断書の交付を受けた。(乙31の1)
オ 原告は、平成30年2月13日、箕面市立病院の精神科を受診し、同科医師D(以下「D医師」という。)作成の、「適応障害」の病名により「平成30年2月5日から同年3月31日までの休業加療を要する」旨の診断書の交付を受けた。(乙31の2)
カ 原告は、平成30年2月6日から同月13日まで病気休暇を取得し、同月14日から同年3月31日までの間、病気休職を命じられた。
(乙26、48)
キ 原告は、平成30年3月12日、横山・渡辺クリニックのC医師から、「病名 適応障害」「上記診断名にて通院加療中。病状回復みられ、平成30年4月1日以降の就労可能と判断する。」旨の診断書の交付を受けた。(乙32の1)
ク 原告は、平成30年3月13日、箕面市立病院のD医師から、「診断 適応障害」「上記病名により休業加療中であるが病状改善し、平成30年4月1日から職に復することが可能と診断する。」旨の診断書の交付を受けた(乙32の2)
ケ 原告は、平成30年4月1日から職場復帰した。(乙48)
(4) 原告の所定労働時間等
ア 本件高校における原告の所定労働時間等は、午前8時30分から午後5時までであり、休憩時間は午後0時40分から午後1時25分と定められていた。ただし、校長は、学校運営上必要があると認める場合には、職員の全部または一部について、勤務時間の割振りを変えることができるものとされており、諸行事の際等に勤務時間を変更することがあった。(府立高等学校等の職員の勤務時間、休日、休暇等に関する規則3条1項1号、4項、乙43、45・5頁、乙48)
イ 原告ら職員の1日の勤務のスケジュールは、概ね以下のとおり定められていた。(乙48)
(ア) 勤務開始時刻 午前8時30分
(イ) Basic Time 午前8時35分から午前8時45分
(ウ) 授業開始時刻 午前8時50分
(エ) 生徒の昼休み時間 午後0時40分から午後1時30分
教職員の休憩時間 午後0時40分から午後1時25分
(オ) 授業開始時刻 午後1時30分
(カ) 授業終了時刻 午後3時30分(6限目授業終了の後ショートホームルーム【終礼】)
(キ) ホームルーム(水曜日のみ) 午後3時40分から午後4時30分
(ク) 勤務終了時刻 午後5時00分
(5) 労働時間の把握等
ア 公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法(以下「給特法」という。)は、(ア)教育職員(校長、副校長及び教頭を除く。以下この項及び後記イにおいて同じ。)には、その者の給料月額の百分の四に相当する額を基準として、条例で定めるところにより、教職調整額を支給しなければならないこと(3条1項)、(イ)教育職員については、時間外勤務手当及び休日勤務手当は支給しないこと(同条2項)、(ウ)教育職員を正規の勤務時間を超えて勤務させる場合は、政令で定める基準に従い条例で定める場合に限るものとすること(6条1項)、(エ)前項((ウ))の政令で定める場合においては、教育職員の健康と福祉を害することとならないよう勤務の実情について十分な配慮がなされなければならないこと(6条2項)が定められている。
イ 「公立の義務教育諸学校等の教育職員を正規の勤務時間を超えて勤務させる場合等の基準を定める政令」には、(ア)教育職員については、正規の勤務時間の割振りを適正に行い、原則として時間外勤務を命じないものとすること、(イ)教育職員に対して時間外勤務を命ずる場合は、次に掲げる業務に従事する場合であって臨時又は緊急のやむを得ない必要があるときに限るものとすること、@校外実習その他生徒の実習に関する業務、A修学旅行その他学校の行事に関する業務、B職員会議(設置者の定めるところにより学校に置かれるものをいう。)に関する業務、C非常災害の場合、児童又は生徒の指導に関し緊急の措置を必要とする場合その他やむを得ない場合に必要な業務(以下、上記@ないしCの業務を「超勤4項目」という。)
ウ 大阪府は、大阪府立学校に勤務する常勤の一般職に属する教育職員(以下「常勤教育職員」という。)の勤務時間を適正に把握するため、各府立学校における勤務時間の把握のための手続等に関し、「勤務時間の適正な把握のための手続等に関する要綱」(平成28年4月1日施行のもの。以下「適正把握要綱」という。)を定めているところ、適正把握要綱には、以下の定めがある。(乙3)
(ア) 各府立学校に、勤務時間を管理する「勤務時間管理者」を置くこととし、校長及び准校長をもって充てる(3条)。
(イ) 勤務時間管理者は、時間外等実績(常勤教育職員が勤務公署において、正規の勤務時間以外の時間帯に行った業務の時間をいう。2条(3))について、総務事務システムから出力する「教育職員時間外等実績表」により把握するものとする。(5条)
(ウ) 常勤教育職員は、週休日、職員の勤務時間、休日、休暇等に関する条例(平成7年大阪府条例第4号)第7条第2項に規定する知事の指定する日、休日及び代休日に勤務公署において業務を行うときは、人事給与福利厚生情報管理システム(以下「システム」という。)とオンライン接続されたオンラインタイムレコーダー(以下「OTR」という。)のカードリーダ部に職員証(ICカード)若しくは出勤カードをタッチする方法(以下「OTRの打刻」という。)により、又はシステムとオンライン接続されたパソコンから出勤及び退勤の記録を行うものとする。(6条)
(エ) 勤務時間管理者は、常勤教育職員の「教育職員時間外等実績表」を翌月の20日から月末までの間に出力し、その電子データを3年間保存しなければならない。(7条)
(オ) 勤務時間管理者は、「教育職員時間外等実績表」を確認した上で、1月当たりの時間外等実績が80時間を超える常勤教育職員に対し、ヒアリング等を実施し、ヒアリング等実施シートにより当該時間外等実績に係る主な業務内容等について把握するものとする。(8条1項)
(カ) 勤務時間管理者は、必要に応じて、常勤教育職員に対して、業務処理方法の改善に関する指導若しくは助言を行うものとする。(8条2項)
エ 本件高校において、原告ら職員は、土日や休日に部活や補講の指導等の業務を行ったときは、「特殊勤務手当実績簿」と呼ばれるオンライン上の総務事務システム(以下「特殊勤務手当実績簿」という。)に、自己申告でデータを入力して特殊勤務手当の支給を受け、また、部活動の指導等で校外に出張した場合には、「旅行命令簿兼精算旅費内訳」と呼ばれるオンライン上の記録(以下「旅行命令簿兼精算旅費内訳」という。)にデータ入力して旅費の支給を受けていた。「特殊勤務手当実績簿」には、原告が従事した業務の具体的な内容を記載する欄があり、原告は、「4時間以上」「4時間以上6時間未満」「6時間以上」の区分けと共に時間や場所、部名や内容を記載していた。(乙5、6、弁論の全趣旨)
オ 本件高校において出張の際の旅費の精算に用いられている「旅行命令簿兼精算旅費内訳」には、出張をした職員が用務名や用務の詳細を入力する欄があり、原告も、用務の内容(たとえば「部活動指導関係」、「卓球部公式戦付添い」等)、日時や場所等を入力していた。(乙5、6、弁論の全趣旨)
(6) 公務災害の認定について
地方公務員災害補償基金大阪府支部長Aは、令和4年2月22日付けで、同基金本部専門医師の医学的知見を踏まえ、原告が、平成29年7月中旬に「適応障害」を発症したものと認め、同適応障害について、「災害発生年月日」を「平成29年7月20日」とし、本件発症前6か月間の原告の時間外勤務時間数を下記アないしカのとおり認めた上で、原告には、業務により、「発症直前の連続した2か月間に1月あたりおおむね120時間以上の、または発症直前の連続した3か月間に1月あたりおおむね100時間以上の時間外勤務を行ったと認められる場合」に準ずるような負荷があったと認められるものとして、地方公務員災害補償法の定める「公務上の災害」と認定した旨通知した。(甲87の1、87の2)
記
(以下、平成29年の時間外勤務時間をいう。)
ア 6月21日から7月20日 103時間42分
イ 5月22日から6月20日 131時間36分
ウ 4月22日から5月21日 99時間32分
エ 3月23日から4月21日 89時間15分
オ 2月21日から3月22日 46時間31分
カ 1月22日から2月20日 71時間20分
3 本件の争点
(1) 被告の注意義務(安全配慮義務)違反の有無(争点1)
(2) 損害の発生及び金額(争点2)
4 争点に対する当事者の主張
(1) 争点1(被告の注意義務〔安全配慮義務〕違反の有無)
(原告の主張)
ア 総論
(ア) 被告大阪府は、府立学校教員である原告に従事させる校務を定めてこれを管理するに際し、校務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して心身の健康を損なうことのないよう注意する義務を負っており、使用者に替わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、使用者の上記注意義務の内容に従って、その権限を行使すべきである(最高裁判所平成12年3月24日第二小法廷判決・民集54巻3号1155頁、同平成23年7月12日第三小法廷判決・集民237号179頁)。また、地方公共団体は、当該地方公務員に対し、その生命及び健康等を危険から保護すべき安全配慮義務を負うところ、この安全配慮義務の具体的内容は、上記注意義務と同一である(最高裁判所昭和50年2月25日第三小法廷判決・民集29巻2号143頁)。したがって、被告は、本件高校の校長であるE(以下「E校長」という。)及び教頭であるF(以下「F教頭」といい、両名を併せて「所属長ら」という。)らを代理監督者ないし履行補助者とし、各教員の業務の負担量や勤務時間が増加していないかを的確に把握し、必要な措置を講ずることで、原告の疾病の原因となる危険な状態を回避する義務を負っていた。
(イ) 本件において、原告が適応障害を発症する直前6か月間の就労態様が、心身の健康を損ねる危険を内在する過重なものであったことは、後記イウで述べるとおりである。
イ 業務の量的過重性の有無について
(ア) 本件発症前6か月間の原告の時間外労働時間数は、以下のとおりである。この時間外労働時間数のみをみても、原告の本件発症前の業務が、心身の健康を損ねるおそれのあるものであったことは明らかである。そして、同業務は、E校長の職務命令によるものであった。
(以下、いずれも平成29年のものをいう。)
@ 6月21日〜7月20日 126時間55分
A 5月22日〜6月20日 155時間47分
B 4月22日〜5月21日 123時間38分
C 3月23日〜4月21日 107時間13分
D 2月21日〜3月22日 57時間43分
E 1月22日〜2月20日 86時間07分
(イ) 上記勤務時間は、勤務日及び休日の校内での勤務は、OTRの打刻による出・退勤時刻の記録、休日の校外での勤務時間については前記前提事実(5)エ「特殊勤務手当実績簿」の「従事した業務の具体的内容」欄並びに同オ「旅行命令簿兼精算旅費内訳」の「用務詳細」欄に記載された時間数に従って算定した。
同算定にあたっては、以下の点に留意した。
a 原告は、出勤してから始業開始となる午前8時30分までの間に、@同僚教員との打ち合わせ、A授業の準備、B朝早く登校した生徒への対応、C欠席連絡の対応、D保護者との連絡(特に保護者が日中仕事を持ち、電話がつながるのが朝か夕方以降に限られる家庭)、E朝、生徒がクラスに集合した時に連絡すべき連絡事項の確認等の業務を行ったが、これらの業務は、当日の学校運営のために必要な業務と言えるから、勤務時間に含めるべきである。
b 午後0時40分から午後1時25分までは、休憩時間と定められていたが、原告は、校務についての教員同士の打ち合わせや生徒への対応があり、休憩は昼食をとる短時間しかとれない状況であったから、45分を差し引くべきではない。もっとも、算定にあたっては、30分とれたものとして差し引いた。
c 平成29年6月13日は、私用のビザ申請のため午前8時30分から午後2時15分まで年休申請(乙4・2枚目)していたが、申請手続が早く終わり、午前9時49分に出勤して以降勤務していたので、OTRの記録を訂正しなかった。また、平成29年6月28日は、職務免除により、東京でラグビーフットボール協会の研修を受けたが(乙16)、この研修時間は算入していない。
d 平成29年5月13日(土曜日)は、午前11時45分にOTRで出勤を打刻したが、退勤時間の打刻を忘れたため、パソコンのファイル更新記録により、午後5時59分に退勤したこととした。
e 平成29年4月16日(日曜日)は、ラグビー部の公式戦のためd大学キャンパスに午前9時から午後1時まで出張した。出張届の提出を失念したが、原告の供述により、4時間の勤務を認めるべきである。
f 上記(ア)の勤務時間に加えて、原告は、日常的に自宅に仕事を持ち帰り、授業準備のためのプリント作成等の校務を行っていた。被告が、教諭らの自宅業務時間を把握すべき義務を怠ったため、時間数の特定は困難であるが、付加的に評価すべきである。
また、休日の勤務については、4時間を超えても同額の手当しか支給されなかったため、実際に従事した勤務時間よりも過少な時間が記録されている日が多い。
ウ 業務の質的加重性の有無について
原告は、情熱があり、まじめな性格である。創意工夫あるオリジナルの教材を使って授業を行っており、授業準備に労力と時間をかけていた。また、部活では、ラグビー部顧問として、土曜日曜にも練習の付添いをするなどしていた。平成29年度に入って、担任をもつようになり、必然的に勤務時間は増大した。そこに、国際交流委員会の主担当者という業務が加わったことにより、長時間労働が常態化したもので、原告の勤務内容は、以下のとおり質的にも過重なものであった。(甲50)
(ア) 授業の準備について(甲81・2〜4頁)
原告は、社会科教員として、平成28年度は1年生に世界史A、平成29年度は1年生の世界史Aを週に4クラス×2コマ、3年生の世界史Bを週に2クラス×3コマ担当した。
本件高校は、前任校よりも学力の高い生徒が集まってきたことから、原告は受講生に合わせた授業をすることを心がけ、教科書のほか、自作の「プリント」(甲29)や「ふりかえりドリル」(甲30)、自作の小テストを解かせることで知識の定着を図るなど、創意工夫有るオリジナルな授業を行って高い評価を得ていた(甲31の1及び甲31の2、E校長の証人尋問調書27頁、F教頭の証人尋問調書17頁)が、その準備には膨大な時間を要した。原告は、担任業務や部活動、国際交流委員としての仕事で多忙を極めていたため、勤務時間内に授業準備をすることはおよそ不可能であり、居残りや持ち帰り仕事を余儀なくされた。帰宅しての残業は、平均して週4日、1〜2時間に及んだ。(甲81・3〜4頁、原告本人尋問5頁、9頁)
(イ) 教育実習生に対する指導・期末考査
平成29年6月には教育実習生を受け入れたため、実習生の作成した学習指導案(甲33)をチェックし、実習生が作成した板書案にチェックを入れるなどして指導した。同年7月第1週には、1学期の期末考査があり、その試験問題を作成した(甲32の1、2)
(ウ) 担任としての業務(甲81・4〜5頁)
原告は、平成28年度は副担任であったが、平成29年度には1年5組の担任となった。クラスの生徒数は40名であり、担当業務は多岐にわたり、副担任の業務内容とは質的にも量的にも圧倒的な差があった。副担任の授業の持ち時間数が週18時間であるのに対し、担任の持ち時間数が週15時間(原告は週14時間)であるというだけで、負担が軽減されるものではない。
週1回1時間行われる担任会議、週1回1時間のホームルーム、毎日終業時に行われるショートホームルーム、教室の掃除指導などのほか(原告本人尋問調書5頁、甲81・4〜5頁)、日々クラス運営や一人一人の生徒の特徴に配慮した生徒指導等が必要とされていた。3月には新入生を迎え入れるため、物品販売(甲50・1頁、甲18・13頁)や出身中学校訪問(甲50・1頁)を行い、要配慮生徒の情報を収集し、その情報をもとにクラス編成と担任の決定(3月下旬)があった。4月に入ると、新年度特有の事務作業が必要となった。(甲50・2〜3頁、甲18、乙9、乙12の2、乙38)
平成29年6月5日から同月16日までは、保護者との懇談週間となっていたことから、(乙12の2)、原告は38家庭の生徒の保護者と懇談した。(甲50・12〜14頁)
(エ) 校内分掌業務について
原告は、平成28年度は生徒会部に所属し(乙8の1)、文化祭、体育祭、部活動等の生徒の行事について教員としてサポートする業務に従事していた。部活動は全部で34あったが(甲42)、業務が負担となることから主顧問になることを敬遠する教員が多く(証人Gの証人尋問調書)、原告ら生徒会部の教員はなり手をさがすのに苦労していた。(甲79・5頁)原告は、生徒会部任せにしている校長ら管理職の姿勢に不満を持っており、平成29年4月の職員会議で、顧問の割振りに管理職が行うべきであるという意見を述べた。(原告本人尋問調書6〜7頁、F教頭の証人尋問調書5頁、E校長の証人尋問調書12頁、甲42・欄外記載事項、甲69「組織運営に関する提言」記載事項)
(オ) 部活動の顧問としての業務
原告は、平成28年度は卓球部主顧問及びラグビー部の副顧問、平成29年度はラグビー部の主顧問及び卓球部の副顧問を担当した。平成29年度、ラグビー部の部員は1人であり、原告は、主顧問として安全上の観点から1人だけで活動させることを認めておらず、平日の練習に付き添っていた。その際、原告は単にアドバイスやプレーの観察にとどまらず、ランニングやウエイトトレーニング、パス練習、コンタクト練習等をなるべく一緒に行うようにした。原告に担任業務や国際交流の会議など時間の融通が利かない業務が入っているときは、平日の練習がオフになることもあったが、土日祝日のほとんどは、部員数が少ない学校と合同チームを組み練習した。人数不足に悩んでいた合同チームだったことから、「練習をなるべく休まない」ことがチームの共通認識であり、教員である原告も、合同練習に毎回参加した。ラグビー部には副顧問が複数いたが、なり手がいないから渋々なった者がほとんであって主顧問に業務が集中し、複数顧問制は機能していなかった(甲3の1、79・5〜7頁)。
(カ) 高校体育連盟(以下「高体連」という。)の業務
原告は、平成28年度、平成29年度とも、高体連ラグビー専門部専門委員として、会議、研修会への出席、大会期間中の公式戦の運営等の業務を行った。また、日本ラグビーフットボール協会から学長あてに要請があり、アシスタントレフリーのワークショップに参加するため上京したこともあった(乙16)。
(キ) 国際交流委員会の業務
a 平成28年度の業務
原告は、平成28年度、主担当者であったH教諭(以下「H教諭」という。)の下で、赴任早々の4月から、夏休みに10名の生徒を引率するタイへの研修旅行(アジアスタディーツアー)の準備に取り掛かった。さらに、本件高校では、姉妹校であるオーストラリアのeカレッジ(以下「e高」という。)との間で、生徒が隔年で行き来し、訪問先の授業に参加したりホームステイをしたりする取組みを行っており、秋には、原告は、来日して本件高校のPTAの家庭等にホームステイするe高生徒と引率の教員の受入れのための業務を行った。
さらに、原告は、E校長から平成29年度の国際交流委員会の委員長(主担当者)をしてもらいたい旨打診を受け、これを引き受けたが、その後平成28年10月から11月頃になって、H教諭が平成28年度いっぱいで早期退職し、次年度には同教諭の協力なしに主担当者としてやっていかなければならないことを知り、強い不安を感じた。このころ、原告は、E校長の学校運営の手法に不満を感じるようになった。
平成29年度は、本件高校の生徒が渡豪してe高を訪問し、ホームステイ等を経験する(以下「オーストラリア語学研修」という。)ことになっており、原告は、平成29年2月13日から、e高の担当教員とメールでやりとりをはじめ、2・3月はホームステイの日数、現地観光の行き先等について相談した。3月頃からは、JTBの担当者とも、今後の日程などについて相談を始めた。
b 平成29年度の業務
H教諭は平成28年度末までで早期退職し、原告は平成29年4月から国際交流委員会の主担当者として、オーストラリア語学研修に関する業務に従事することを余儀なくされた。原告とe高担当者とのメールのやりとりは、合計183通にも及ぶ。
平成29年4月ないし5月、原告は、国際交流委員会において、e高訪問の総務、必要書類指導・確認・作成、会計を担当し、日常的に関係各所とのメールや電話のやりとり、JTB担当者との打ち合わせ、生徒、保護者からの質問対応、各種会議や説明会等の資料、しおり(乙15)の作成等の業務を行った。
同年4月は、特に、生徒の募集、金額の設定、滞在中のプログラムなどについてのe高との調整の負担が大きかった。同月からは退勤が午後9時を超える日が多くなり、午後11時台に退勤して終電で帰宅する日も少なくなかった。同年4月に原告がとれた休みは、4月2日、同月8日の2日間であり、4月9日から5月6日までほぼ約1カ月連続勤務となった。
同年5月は、現地遠足の内容や現地授業の参加の度合いなどプログラムの細部をつめること、そして、複数の精神疾患を持ち、欠席の多い生徒(以下「課題生徒」という。)が参加を希望したため、検討や関係各所の調整に追われた。同月に原告がとれた休みは、5月7日、13日、20日、28日の4日であった。原告は、肉体的な疲労に加え、課題生徒についての管理職の対応等で精神的にもストレスがかかっていた。
同年6、7月は、e高での英語授業の内容、現地の授業参加との割合、金額の詳細、現地遠足の詳細、課題生徒が体調悪化した時を見据えた部屋割り、現地で生徒に渡す昼食代、現地の安全情報、バスの件、出入国カードの記入方法等移動中の想定、フェアウェルパーティーの内容等としおり(乙15)の作成をした。同年6月に原告が取れた休みは、6月25日に1日だけであり、5月29日から6月24日までの約1カ月間連続勤務の状態だった。このころ、原告に自殺願望が生じた。
同年7月に原告がとれた休みは、同月2日、同月8日の2日間だけであった。この頃には、極度の疲労、ストレス、不安感、イライラ、仕事のことが頭から離れない、自殺願望等の症状はさらに悪化し、心身ともに限界を超える状況になり、本件発症に至った。
エ E校長の注意義務(安全配慮義務)違反の有無について
(ア) E校長は、OTRの打刻記録や特殊勤務手当実績簿等校務文書の内容から、原告の常軌を逸した長時間労働や過重な業務の存在を当然に認識し、あるいは認識し得た。さらに、適正把握要綱が要求している常勤教育職員へのヒアリング(前記2前提事実(5)ウ(オ))について、被告作成の「府立学校における長時間労働者への医師による面接指導実施要綱」所定の様式(乙51の2)では、OTRで把握される労働時間以外に、持ち帰り残業や出張、校外での部活動の指導に携わった時間も含めた報告が求められていることからすれば、被告においては、OTRの打刻時間等で把握されない労働時間が当然に存すること、それを考慮した上で長時間労働の是正、解消のための措置をとることが重要であることが確定的に認識されていたといえる。
その上、原告は、平成29年5月15日頃に記入、提出した自己申告票(甲3の2)に、「超過勤務だけでも100時間までに抑え、過労死を避けたい。」と記載し、同月22日には、E校長に対し、「心身共にボロボロです。」とのメールを送信(甲48)、同年6月1日、校長室での平成29年度の目標設定面談において、E校長に対し、「体調が悪いです。いっぱいいっぱいです。」と伝え、同月5日には、E校長及びF教頭の前で「もう死にそうです。」と発言、その後も、E校長に対し、メールで、「このままでは本当に死んでしまう。」「精神も崩壊寸前です。」「つぶれる。」(6月27日)、「不謹慎かもしれませんが、電通の社員よりも働いています。いつか本当に過労死するのではないかと考えると怖いです。」(7月13日)「オーストラリアに行く前に死んでしまう」(7月15日)などと相次いで訴え適正な労務管理を求めているのであり、所属長らの証言内容に照らしても、所属長らは、遅くとも同年5月中旬には、原告の心身の健康状態が悪化していることについても、現に認識していたといえる。したがって、被告は、本件発症について予見可能であったといえる。
(イ) しかるに、所属長らは、原告の業務の負担量や勤務時間の増加について的確に把握せず、原告の勤務時間並びに勤務内容を軽減・是正する措置をとらなかった。その結果、原告は本件発症に至っているのであり、被告について、国家賠償法1条との関係で注意義務の懈怠、民法415条との関係で安全配慮義務違反があることは明らかである。
(被告の主張)
ア 総論
教員の勤務は、本質的には「自主性、自発性、創造性」を有しており、特に公立学校の教員については、時間外勤務を命じることができる場合は、「公立の義務教育諸学校等の教育職員を正規の勤務時間を超えて勤務させる場合等の基準を定める政令」により規定される「超勤4項目」に限られる。すなわち、教員が使用者の明白な超過勤務の指示により、又は使用者の具体的に指示した仕事が、客観的にみて正規の勤務時間内でなされえないと認められる場合の如く、超過勤務の黙示の指示によって法定労働時間を超えて勤務した場合に、時間外労働となるのである(昭和25年9月14日基収2983号参照)。
原告について、超勤4項目はなかったし、E校長は、原告に対し、時間外勤務を明示的にも黙示的にも命じていなかった。E校長が原告に対して授業の内容や進め方、部活動等指導の在り方、国際交流委員会の主担当者としての業務について具体的な指示をしたことはなく、原告は、強制によらずに、自主的に校務等に従事していたものである。
したがって、原告の時間外勤務は、少なくともE校長からの時間外勤務命令に基づくものではなく、労働基準法上の労働時間と同視することはできないから、これをもって業務の量的過重性を評価するのは相当でない。
イ 業務の量的過重性の有無について
(ア) 教育職員としての職務遂行の成果は、時間等で計測できず各人の自主性、自発性、創造性に基づく職務遂行が期待されることから、一般の行政事務職員と同様の労働時間の管理はできない。
OTRの打刻時間は、施設管理としての登庁と退庁の記録であるが、原告が在校時間中すべての時間帯において休憩や自己研鑽のための時間をとっていなかったとは到底言い難い。また、土曜日、日曜日等の休日、職員は、特殊勤務手当実績簿(乙5)に入力して特殊勤務手当の支給を受け、あるいは旅行命令簿兼精算旅費内訳(乙6)に記録して旅費を取得しており、これらの資料からある程度勤務時間を把握することができるが、これらは職員が入力するものであって、E校長ら管理職は必ずしも勤務状況を現認しているわけではない。
原告提出の勤務記録(甲4の1、2)は、その時々に記載されたものではなく、再現も不正確であって、原告が在校等時間中どれくらいの時間業務をしていたのか判明しがたいところも多々ある。
原告については、必ずしも必要でない業務や、業務外の活動(例えば、平成29年7月15日(土曜日)の午後、部活動の顧問ではない硬式野球部の甲子園の予選の応援に行っているなど)をしている時間もあったと考えられる。これらの業務は、少なくとも時間外勤務命令に基づく業務ではないことは明らかである。なお、「旅行命令簿兼精算旅費内訳」と表記しているが、実質上上司の「命令」により旅費すなわち出張をするものでもない。
(イ) 適正把握要綱に従い、OTRの打刻時間を基本とし、特殊勤務手当実績簿や旅行命令簿兼精算費内訳を考慮した時間を元に、学校行事の記録(乙12の1,2)、諸会議の記録等(乙19、乙14等)を加味し、平日の出勤時間については所定の勤務開始時刻とした上で所定の休憩時間(45分)を差し引いて算出すると、原告の法定時間外労働時間は、多くても下記@ないしE記載の時間内であったというべきである。
なお、「特殊勤務手当実績簿」(乙5)や「旅行命令簿兼精算旅費内訳」(乙6)の記載内容から、OTRの打刻時間によることが不合理と思われる場合には、「特殊勤務手当実績簿」や「旅行命令簿兼精算旅費内訳」によった時刻によって算定している(例えば、平成29年6月13日は、午後2時15分まで年休を取得している。また、平成29年3月18日、同月20日、同月22日の退勤時刻は、それぞれ、午後6時55分、午後6時31分、午後6時31分となっているが、特殊勤務手当実績簿に照らし午後5時00分、午後6時00分、午後5時00分とすべきである。)。また、勤務内容が不明な時刻、あるいは、学校行事の記録(乙12の2)、諸会議の記録等その他の資料から得られる時刻の方が合理的と考えられる場合に、同時刻によって算定している。さらに、勤務記録(甲4の2)や特殊勤務手当実績簿に登録がなく、業務確認ができないものは勤務時間に算入していない。(例えば、平成29年5月6日は、特殊勤務手当実績簿や原告の勤務記録(甲4の2)に記載がなく、同月13日は、特殊勤務手当実績簿に登録がない。)
また、原告は、平成29年3月6日について、「午前11時40分から午後0時30分」と「午後1時15分から午後3時25分」の2つにわけて年休を取得しているが、昼休みと一体のものとして、午前11時40分から午後3時25分の3時間45分を差し引くこととした。また、同月15日は、「午後0時15分から午後0時30分」と「午後1時15分から午後5時」の2つに分けて年休を取得し、結果として、OTRの打刻時間である午後1時21分を勤務終了時刻としているが、昼休みと一体のものとして、年休開始時刻である午後0時15分を勤務終了時刻として算出した。
記
(以下は、いずれも平成29年のもの)
@ 6月21日〜7月20日 87時間42分
A 5月22日〜6月20日 124時間06分
B 4月22日〜5月21日 86時間02分
C 3月23日〜4月21日 73時間15分
D 2月21日〜3月22日 43時間10分
E 1月22日〜2月20日 62時間05分
ウ 業務の質的過重性の有無について
原告の業務内容は、本来特に過重なものではなく、長時間労働の主な原因は、自ら望んで行っていた部活動指導及び、国際交流委員会での役割分担が効率的でなかったことによる。
(ア) 教科担当業務
原告の教科担当業務についてのアンケート結果や校長ら管理職の業績評価が高かったのは事実であるが、原告は、前任校でも本件高校におけるのと同じ教科を数年間担当していたのであるから、あらためて準備をやり直さなければならないことはないし、少なくとも計画性をもって準備することができたはずである。原告は、平成29年度には、クラス担任を受け持ったことから、担任を受け持たない教員と比べて1週間あたりの授業時間数が少なかったし、原告は専攻2科目に限って担当していたことから、ほかのクラス担任を受け持った教員と比べても教科担当業務の負担は軽減されていた。E校長は、原告が国際交流委員会の主担当者を担ったことから、授業時間についてほかの教員から1時間削った(なお、前年度主担当者だった教員には行っていない措置である。)ものであり、少なくとも、ほかの教員より教科担当業務が過重であったとはいえない。
(イ) クラス担任業務
原告は、クラス担任を受け持つにあたり、上記(ア)のとおり教科担当業務の配慮を受けていたし、原告の種々列挙する業務は、原告だけではなくすべての担任が同じように取り組んでいたものであって、クラス運営等の面において、原告の受け持ちクラスが他のクラスに比べて特に過重な業務であったことを示す証拠は見当たらない。また、原告は平成29年度担任を持つことを希望し、国際交流委員会の主担当者を引き受けた後も辞退しなかったものであり、担任業務を負担に思っていたとは到底考えられない。
(ウ) 部活動の指導等
原告は、平成29年度、ラグビー部主顧問及び卓球部副顧問を受け持っており、部活動指導業務に多くの時間を割いていた。たとえば、業務の過重を訴えていた平成29年6月中旬から7月下旬にかけて、関連業務も含めると、6月17日(土曜日)、同月18日(日曜日)、同月20日(火曜日)、7月1日(土曜日)、同月4日(火曜日)、同月15日(土曜日)から同月24日(月曜日)までの連日、原告は1日あたり数時間以上も活動指導業務に携わっており(甲4の2、乙5・24〜36頁)、同年6月27日の産業医面談後の同月28日には、終日日帰りで東京に行き「ラグビー講習会」を受講している。また、同年7月18日の成績提出締め切りが迫る中(乙12の2)、同月15日午前10時からの国際交流研修説明会の後、主顧問ではない卓球部の練習の付添いをし、午後には顧問ではない硬式野球部の観戦に行っていた。
平成29年度、本件高校のラグビー部部員は一人であり、他校と連携して部活動を行う状況にあったが、原告はほとんど毎週末の活動に参加していた。本件高校では、部活動業務を複数の顧問で分担する複数顧問制をとっており(E校長の証人尋問調書8〜9頁)、副顧問に分担してもらうことは十分可能であったし、連携している7校の中には技術指導ができる教員もいた(同調書9頁、乙11の1、2)ことから、原告がこれほどまでに多数回指導しなければならないということは考えられない。また、原告は、卓球部の部活動指導をこの間4回も行っているが、副顧問が6名もいる中、国際交流委員会業務で多忙な原告が、長時間部活動指導をしなければならない理由は考えられない。原告が過重勤務に苦しんでいるはずの時期に、相変わらず積極的に部活動指導業務を行っていること、原告はもともと社会人ラグビーチームの帯同通訳をしており、ラグビー部の主顧問についても、希望して受け持った経緯も考え併せると、原告は、自ら望んで、本来行う必要のない長時間の時間外勤務に及んでいたものとみられる。
(エ) 国際交流委員会の主担当者としての業務
原告を国際交流委員会の主担当者としたのは、原告がb大学外国語学部を卒業し英検準1級を取得しているだけでなく、大学卒業後社会人ラグビーチームの帯同通訳を経験しており生きた英語に堪能なこと、前年度副担当として携わっていたことを考慮したものであった。原告は、国際交流委員会の主担当者としての業務を辞退することもできたにもかかわらず、自らの判断で快く引き受け(E校長の証人尋問調書7頁)、担任の業務と部活動指導の業務も予定どおり引き受けた。上記ウで述べたとおり、E校長は、原告の負担を考慮し、教科担当業務の受持ち時間数を1時間軽減した。(同調書7頁)
原告は、国際交流委員会の主担当者としての業務が過重であったと主張するが、前任者のH教諭の帳簿上の時間外労働時間数は突出して多いわけではない。この点についてH教諭は、単純に比較できないとしている(甲68)が、あまりにも原告との勤務時間の差が大きい。
原告は、国際交流委員会の主担当者として、例えば、「校内英語研修等」の事前研修については担当の委員(英語科の教員)に任せてしまえたはずであるし、「必要書類作成指導・確認・作成」についても、もっとほかの担当者に分担させるべきであった。
(オ) 生徒指導部の業務
1学年の生徒指導部員は、担任が3名、副担任が2名であり、原告は主任ではなく、当番の曜日、時間帯に対応に当たることで足りた。
エ E校長の注意義務(安全配慮義務)違反の有無について
(ア) 原告の適応障害は、地方公務員災害補償基金が認めるとおり、公務災害であったとしても、平成29年7月20日時点においては、原告の心身の健康状態に深刻な影響があるとE校長ら管理職が認められる状況にあったとは言い難い。
すなわち、原告は、本件発症後の平成29年7月24日、B医師に対し、自ら研修に対する希望を申し述べて「やっていける」と述べ、同月21日付診断書を撤回してもらっている。(甲1・3頁)また、原告は、オーストラリア語学研修中体調不良を訴えたことはなく、業務を順調にこなし、常にはつらつとした様子であった。(乙49・8頁、F教頭の証人尋問調書13頁)同年8月7日に帰国後、原告は、翌日である8月8日午後に約1時間半だけ出勤し、同月9日は年休を取得、休日を挟んで同月14日から同月21日までの5日間夏期特別休暇を取得している。また、原告は、同年8月26日と9月2日(ともに土曜日)には、ラグビーの日本最高峰のトップリーグの公式戦のアシスタントレフリーとして登録されており(乙53・6、7頁)、これらの試合当日、心身共に健康であったことが明らかである。原告は、同年8月28日に2学期が始まって以来、しばらくの間本件クリニックを受診していない。なお、原告は、病気休暇取得中も、アシスタントレフリーをして公式試合に登録している日が相当数ある。本件発症の時点で、原告の心身の健康状態が原告自身の主訴ほどにひどい状態であったとは到底認めがたいし、少なくとも、原告自身が自らの健康管理を適切に行っているとは言いがたい。
校長ら管理職が、原告に対し、当初から明らかに過重な業務を担当させたとか、担当する業務がほかの平均的な業務量の教員に比べて客観的に加重であったとは認められない本件では、原告が担当する各業務が具体的にどのように過重であるかについて、原告自らが管理職に説明しなければ、校長ら管理職は具体的にどのように対応すべきであるかは分からず、適切な対応はできなかったところ、原告は、具体的な軽減策について提案したり求めたりすることはほとんどなかった。
したがって、業務負荷の軽減については、第一義的には原告自身で対応すべきであり、E校長ら管理職の対応には限界があったというべきである。
(イ) E校長は、以下のとおり、注意義務(安全配慮義務)を尽くしていた。
a E校長は、平成29年4月から5月にかけて、退勤時間が遅くなっている原告に対し、「体調は大丈夫ですか。」「仕事の進み具合はどうですか。」「仕事の配分を考え、優先順位をつけて効率的に業務を進めてください。」「何か要望があれば言ってください。」などの声掛けを頻繁に行っていた。(乙48・10頁以下)特に平成29年5月下旬からは、頻繁に声掛けし、国際交流研修準備の進捗状況を定期的に確認した。また、国際交流研修の事前研修・指導については、国際交流委員が協力するよう依頼し、原告に携わらせないようにした。(乙14)
b 原告の、「教育職員時間外実績表」により把握される「時間外等実績」が平成29年4月以降80時間を超過したため、E校長は、適正把握要綱に基づき、勤務時間管理者としてヒアリングを行った。すなわち、平成29年6月1日実施の目標設定面接の中で、原告から提出された自己申告票(甲3の2)の記載に沿って、「100時間までに抑えて過労死を避けたい」という個所を読み上げて確認する中で、仕事の状況や健康状態について質問し(F教頭の証人尋問調書10頁)、原告の身体を労わる言葉をかけ、「仕事の分担、優先順位を決めて効率的にお願いします。」というアドバイスをした。(E校長の証人尋問調書6頁)また、「府立学校における長時間労働者への医師による面接指導実施要綱」(乙22)に基づき、同月27日、産業医(B医師)による面接を実施し、F教頭を通じてその報告を受けた。(F教頭の証人尋問調書11頁、E校長の証人尋問調書13〜14頁)
c E校長は、同日付けの原告からのメール(甲19)と、B医師による面接を受けて、同年6月29日、原告との面談を行った。その際、E校長は、原告からの要望にはできるだけ答え対応しようと考え、ラグビー部の夏合宿の付添い、及びオーストラリア語学研修中に課題生徒が体調不良になったときの対応について協議し、国際交流委員会の主担当者の業務について「しおり」の作成を他の教諭に改めて依頼したことを伝え、次年度国際交流委員会の体制づくりについて人材を集める努力をすると伝えた。しかし、原告は、しおりの作成は自分で行う必要がある旨述べた。しおりについて、どういう記事を掲載するかは別として、ディティールや紙面構成、デザインまで原告自ら作成しなければならないことはないはずであるから、E校長のアドバイスを素直に受け入れ、他の者にまかせるべきであった。
その後もE校長は、国際交流委員会の業務について、できる限り原告の負担を軽減する具体的な配慮策に務めた(E校長の証人尋問調書16、17頁)。また、E校長は、原告からの負担軽減を求める度重なるメール(甲19)のたびに、面接や電話などの対応に務めた(乙48・13〜16頁)。しかし、原告からは、負担軽減策について何の具体的要望もなかった。(原告本人尋問調書58頁)仮に、原告に1月当たり80時間を超える「時間外等実績」があり、または、原告が国際交流委員会の主担当者としての業務等を加重と受け止めていたとしても、まずは、原告自らが担当する各業務について優先順位を付ける等して調整し、時間外労働時間を減らすように努めるか、または、校長ら管理職のヒアリングの中で当該「時間外等実績」に係る主な業務内容について具体的に説明をすべきであり、E校長としては、注意義務(安全配慮義務)を尽くしていたといえる。
(ウ) 以上によれば、E校長ら本件高校の管理職に、注意義務(安全配慮義務)を怠った違法はなかった。
(2) 争点2(損害の発生及び金額)
(原告の主張)
上記被告の安全配慮義務違反により、原告は、適応障害を発症し、平成29年7月21日から平成31年2月7日まで31日間通院を余儀なくされ、以下のとおり合計230万5108円の損害が発生した。
ア 通院治療費 9万5108円(甲72ないし78)
イ 通院慰謝料 200万円(甲72、74、76、77)
なお、慰謝料算定の事情として、原告が、本件発症の翌日から、オーストラリア語学研修に向かい、2週間心身の不調を押し殺しながら20人の生徒を引率したこと、帰国後も業務軽減はなく、その二度の休職を経て復職した後まで、国際交流委員会の業務が軽減されたのみで、週14コマの授業、2年生の担任、生徒会部、ラグビー部主顧問の業務を継続していたこと、平成29年9月19日には、原告が、7月診断書を撤回したことについて「平成30年度当初人事に関する調書」と題する書面(以下「人事調書」という。)で言及したことで、E校長らから詰問されたことなどを考慮すべきである。
ウ 弁護士費用 21万円
(被告の主張)
不知ないし争う。なお、原告は、7月診断書や人事調書の撤回に関し、E校長ら管理職からパワーハラスメントを受けたことはない。(乙48・16〜17、21〜22頁、乙49・6、10〜11頁)原告は、平成29年7月24日、B医師の診察を受けた際、自ら研修に対する希望を申し述べて「やっていける」と述べて7月診断書を撤回してもらい(甲1・3頁)、オーストラリア語学研修中も体調不良を訴えたことはなく、業務を順調にこなし、常にはつらつとした様子であった(乙49・8頁、F教頭の証人尋問調書13頁)。同年8月7日に帰国後、原告は、翌日である同年8月8日午後に約1時間半だけ出勤し、同月9日は年休を取得、休日を挟んで同月14日から同月21日までの5日間夏期特別休暇を取得している。また、原告は、同年8月26日と9月2日(ともに土曜日)には、ラグビーの日本最高峰のトップリーグの公式戦のアシスタントレフリーとして登録されており(乙53・6、7頁)、これらの試合当日、心身共に健康であったことが明らかである。原告は同年8月28日に2学期が始まって以来、しばらくの間、本件クリニックを受診していなかったのは、医師を受診する必要をさほど感じていなかったということができるし、帰国後E校長らに体調不良を訴えたこともない。E校長やF教頭は、原告の勤務状況について学年主任、生活指導部長、首席から、明らかなことがあったら連絡してもらえるようにしていた(F教頭の証人尋問調書15頁)が、とくに体調不良等のサインはなかった。また、原告は、病気休暇取得中も、アシスタントレフリーをして公式試合に登録している日が相当数ある。
なお、「VDT作業従事職員特別健康診断問診票」(甲58)は、ディスプレイを用いた作業に長時間従事する職員の健康診断を念頭に置いたものであって、原告のような教員についてE校長らが内容まで確認をしていなかったとしても注意義務違反等があるとはいえない。
第3 当裁判所の判断
1 前記前提事実並びに後掲各証拠(枝番号を含む)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(1) 原告の時間外勤務時間等
本件発症前6か月間における原告の在校時間及び休日校外で部活動指導等の業務に従事した時間から所定の休憩時間(45分)及び自己研さんその他の業務外の活動を行っていた時間並びに法定労働時間(週40時間)を差し引いた時間(以下「本件時間外勤務時間」という。)は、以下のとおりである。(甲81、乙4ないし6、原告本人尋問調書5、9、36頁、弁論の全趣旨)
ア 平成29年6月21日〜同年7月20日 112時間44分
イ 平成29年5月22日〜同年6月20日 144時間32分
ウ 平成29年4月22日〜同年5月21日 107時間54分
エ 平成29年3月23日〜同年4月21日 95時間28分
オ 平成29年2月21日〜同年3月22日 50時間58分
カ 平成29年1月22日〜同年2月20日 75時間52分
(2) 本件発症前6か月間(平成29年1月22日頃から同年7月20日)の、原告の業務の状況等
ア 平成28年度(平成29年1月22日頃から同年3月31日)の業務の状況等
(ア) 原告は、平成28年度、本件高校において1年生の副担任として担任を補佐するとともに、生徒会部に所属し、国際交流委員会の委員、卓球部の顧問及びラグビー部の副顧問をし、高体連ラグビー専門部専門委員としても活動した。(甲81、弁論の全趣旨)
(イ) 原告の、平成28年度評価・育成シート(一次評価者をF教頭【平成29年3月1日記入】、評価者をE校長【平成29年3月8日記入】)には、以下の記載がある。
「『40人全員が満足する授業・成長する授業』を追及された教科指導、生徒会部の業務、卓球部とラグビー部の部活動指導、それに国際交流の業務等、ありがとうございました。特に、教科指導では、教材研究に夜遅くまで取り組まれていたことが授業アンケートの結果に繋がっていると思います。次年度は、1年担任として、また国際交流委員長として生徒への指導をよろしくお願いいたします。」
(ウ) 授業の準備について
原告は、平成28年度、1年生の世界史A(週18コマ)を担当した。(乙13の2、原告本人尋問調書5頁)原告は、教科書のほか、自ら作成したプリントやふりかえりドリルを用いて生徒の知識の定着を図るなど、授業研究や資料作成に熱心に取り組んでいた。平成28年12月に実施された生徒を対象とする授業アンケートにおいて、原告の授業は、生徒理解、授業計画、教材活用、授業分析の5つの評価軸において、いずれも学校平均を上回っていた。原告の平成28年度自己申告票の進捗状況欄(平成28年9月27日)には、授業力においては、誰にも負けたくないという気持ちを持って努力している旨の記載があり、目標の達成状況欄(平成29年1月24日記入)には、授業アンケート結果がa高校トップとの評価を受けた旨の記載がある。(甲3の1、29、30【ただし、甲29、30は平成29年度作成のもの】、31の1、弁論の全趣旨)
(エ) 校内分掌業務について
原告は、平成28年度、生徒会部に所属していた。生徒会部は、「執行部を中心とした生徒の自主性を促すために、行事・部活動等を通じて指導する。」ことを基本方針とし、文化祭、体育祭の計画、立案、指導、部活動の指導、調整等の業務を行っていた。原告は、平成28年9月に文化祭の主担当者を務めた。(甲43、79・5頁、81、乙8の1)
本件高校には、平成29年4月時点で、休部中の剣道部及びギター部を含めて34の部活動があったが、部活動指導は、生徒の指導方法の一環と位置付けられており、顧問、副顧問は校務分掌として原則全教諭に割り振られ、その割振りは、生徒会部が行うこととなっていた。同割振りは、教員らの希望を踏まえて行われたが、希望者がいなかったり人数に不足が生じた場合、生徒会部の担当者が各教員に就任を依頼することがあった。原告は、卓球のルール等は知らなかったが、平成28年度、同割振りを担当する教員が困っていたことから、卓球部の顧問を引き受けた。(甲41、42、69、79、81、E校長の証人尋問調書12頁)
原告は、平成28年12月22日、「校長・準校長への学校運営に関する提言シート」に、「『顧問』という役職が土日の勤務を著しく増加させていることをふまえると、任命するのは生徒会ではなく、労務管理を行う管理職であるべきだと考えます。断られやすい生徒会の若手教員が顧問の割振りをすれば、結局若手や一部の教員で抱え込むことになり、過労死につながってしまいます。」などと記載して提出した。(甲69)
(オ) 部活動の顧問等としての業務
原告は、平成28年度、卓球部の主顧問及びラグビー部の副顧問に就任していた。(甲81・5頁)原告の平成28年度自己申告票の「目標の達成状況」欄(平成29年1月24日記入)には、部活動について、「盆も土日も年末も休みはほぼ無かったが、部員が卓球に打ち込める環境は維持した。ホームページも更新し、学校のアピールにつながっていると思う。」「ラグビー部員の活動もサポートできた。副顧問だが、専門の立場とあって、部員は私を頼ってきた。その気持ちになんとか応えている。」旨、今後の課題として、「土日の部活動付添いを断りがちな教員も、なんとか説得して関わらせるようにすること」などの記載があった。(甲3の1)
(カ) 国際交流委員会の業務について
a 本件高校では、オーストラリア所在の姉妹校であるe高との間で、生徒が隔年で行き来し、訪問先の授業に参加したりホームステイをしたりする取組を行っており、原告は、平成28年度及び平成29年度、国際交流委員として同取組を担当した。平成28年度は、e高の生徒と引率の教員が本件高校を訪問し、生徒は本件高校のPTA等の家庭に、教員は本件高校の教員等の家庭に、ホームステイをすることとなっていた。平成28年度の国際交流委員会の主担当者はH教諭であった。(甲81)
b H教諭は、平成28年9月24日付けで「e高来校時の一件について」と題する書面を作成している。同書面には、@e高の生徒の受入れにあたり、H教諭としては、引率の教員のホームステイ先は、昨年度e高を訪問しホームステイさせてもらったE校長とH教諭ほか1名の教員で対応すべきであると考えていたところ、校長、教頭とも受入れをせず、H教諭と事務長が1名ずつ引き受けたが、E校長は、今年度赴任した原告に残り1名のホームステイを引き受けるよう依頼したこと、原告はいったん引き受けたが、H教諭は、原告と話す中で、部活(卓球部)や高体連ラグビー専門部の仕事がある中でホームステイを受入れることを負担に感じていることに気づき、H教諭において、2名のホームステイを引き受けるよう申し出たこと、しかし、E校長は、「(ホームステイの)その気になってたで。」と原告の意思とは全く正反対のことをH教諭に言ったため、H教諭としては、E校長は自分の発言が若手教員に対してほぼ強制であることを理解していない、拒否できないことを管理職が若手職員に言うのはパワハラであると感じたこと、Ae高から付添いとして来日した男性がウイルス性胃腸炎にり患し、本件高校の教室の床に倒れて鼻血を出したまま動けない状態になり、救急車で病院に運び込まれて入院するなどしたが、病院への送り迎えや見舞、病院での通訳や自宅での病人の世話を、H教諭が土曜日曜も含め個人で負担することとなり、E校長は土曜日曜に何もせず、F教頭も業務上の配慮をしなかったなどとして非難する内容が記載されている。なお、同書面は、平成28年度当時、本件高校には提出されておらず、平成28年度の国際交流委員会の報告書には、授業参加については、多くの先生方に協力をいただいたこと、職員のホストファミリーについては、今年は1名が緊急入院したため、かなりの負担であったので、今後は、職員同士のホームステイはやめて、休日の対応もなくしていく方がいいと思われることなどが記載されている。(甲46、52、E校長の証人尋問調書10頁、弁論の全趣旨)
c 原告の平成28年度自己申告票の進捗状況(平成28年9月27日記入)欄には、国際交流委員会の業務について、「誰もやりたがらなくても誰かがやらなければならない仕事は自分がやる」という姿勢で取り組んでいる旨の記載がある。(甲3の1)
d E校長は、原告がb大学外国語学部を卒業して英検準1級を取得していること、社会人ラグビーチームの帯同通訳をしていた経験から生きた英語を活用できること、前年度も国際交流委員を務めた経験があることから、原告について平成29年度の国際交流委員会の主担当者にふさわしいと考えていた。原告は、E校長から打診を受けて上記主担当者になることを了承していたが、H教諭の下について、「アジアスタディーツアー」の準備や引率をし、9月には文化祭の主担当者をすると共に、e高から来日する生徒の受入れ業務をこなし、さらに平成29年度オーストラリア語学研修のための計画が開始するに至ったこと、平成28年10月ないし11月頃、H教諭が平成28年度いっぱいで早期退職することを知ったことなどから、前任者の助力なしで翌年度の主担当者をすることに強い不安を感じた。原告が、E校長に同不安を訴えたところ、E校長は、「そんなこと言ってたらいつまでたっても一人前になれない。」「自分も同じような経験をしたが、自身の成長につながった。良い機会と捉えてください。」などと述べた。(甲81、乙48・4頁)
e H教諭は、平成28年12月に、平成29年3月末までで退職する旨の退職届を提出した。(F教頭の証人尋問調書4頁、弁論の全趣旨)
f 原告は、上記(イ)のとおり平成28年12月12日に提出した「校長・准校長への学校運営に関する提言シート」に、「なぜ国際交流の主担を私にするのかという理由を教えて下さい。来年度、担任を持つ可能性が高い、主顧問も持つ可能性が高い、ベテランのように教材研究の蓄えがあるわけでもない、今年の段階で産業医の面談を義務付けられるほど超過勤務している、英語科ではなく社会科の私を主担当者にする理由を知りたいです。」と記載していた。また、原告は、上記自己申告票の「目標の達成状況」欄(平成29年1月24日記入)には、国際交流等学校運営に関する今後の課題として、「担任、部活動主顧問、分掌、国際交流を担当することになるが、過労死しないように超過勤務を110時間までに抑えたい。」と記載していた。(甲3の1、甲69、甲81)
g 平成29年2月及び同年3月、原告は、e高の担当教員とメールでやりとりをし、ホームステイの日数や現地観光の行き先などについて相談し、同年3月頃からは旅行会社担当者ともメールのやりとりを始めた。(甲49)
(キ) 平成29年度の担任としての業務の準備
原告は、平成29年度に1年5組の担任となったため、同年3月頃は、新入生を迎え入れる準備を行う必要があった。(甲37)
イ 平成29年度(平成29年4月1日から同年7月20日まで)の業務の状況等
原告は、平成29年度、世界史の教科を担当するとともに、1年5組の担任を務めた。また、ラグビー部顧問、卓球部副顧問、国際交流委員会の主担当者としての業務を行い、生徒指導部に所属した。加えて、平成28年度から引き続いて高体連ラグビー専門部専門委員として活動した。原告は、学校長に宛てた日本ラグビーフットボール協会の要請を受けて、平成29年6月28日には東京都で行われたアシスタントレフリーのワークショップに参加したこともあった。(甲81、乙8の2、乙16)
(ア) 授業及びその準備について
原告は、平成29年度、1年生の世界史A及び3年生の世界史Bの授業を担当した。クラス担任を務めたため、授業数は、平成28年度より4コマ少ない、週合計14コマが割り当てられた。(甲81、乙13、原告本人尋問調書5頁)原告は、平成28年度(上記ア(ウ))から引き続き、自作の「プリント」や「ふりかえりドリル」を利用した授業を行い、授業研究や資料作成に熱心に取り組んだ。平成29年7月に実施された生徒を対象とする授業アンケートにおいて、原告の授業は、「教材活用」、「授業展開【先生の声や話し方が聞き取りやすく、わかりやすい。】」、「授業分析1【先生が生徒の意見や要望を取り入れ、授業改善に生かしている。】」、「生徒意識2【授業内容に興味・関心を持つことができたと感じている。】」において、いずれも学校平均を上回っていた。E校長は、平成29年作成の「授業力」評価票において、原告の「授業力」について、「教材や授業内容、指導方法の工夫」があるなどとして評価していた。(甲29、30、31の2、甲35)
原告は、平成29年6月、教育実習生の学習指導案の作成指導等を行った。(甲33、34)同指導は、各教科ごとに教員らの間で担当者を決め、持ち回りで行うものであった。(甲33、34、弁論の全趣旨)また、同年7月4日及び同月7日には、期末考査があり、原告は試験問題を作成した。(甲32の1、2)
(イ) 担任としての業務
原告は、平成29年度、1年5組の担任となった。クラスの生徒数は40名であり、週1時間のロングホームルームや毎日の授業終了後のショートホームルーム、掃除、週1時間の担任会議のほか、クラス運営や受け持ちの生徒への指導、諸対応のための業務、事務仕事等を担うことになった。日中の仕事をもつ保護者への連絡を所定勤務時間外に行ったり、生徒への呼出し等を休憩時間等に行ったりすることもあった。原告のクラスには、食物アレルギーを抱える生徒がおり、アナフィラキシーショックを起こす危険があった。また、同年5月頃、それまで友人たちと弁当を食べていた生徒が一人で食事をする姿が目に付き、面談等の結果、保護者に連絡をとって大阪府教育センターを活用することになった。その他、同年6月5日から同月16日には、保護者懇談があり、38家庭の保護者と面談した。(甲16、81、乙12の2)
(ウ) ラグビー部の顧問、卓球部の副顧問としての業務
原告は、前任校でもラグビーでの指導経験があり、平成29年度のラグビー部の顧問を務めることになった。また、原告は、同年度、卓球部の副顧問も務めた。本件高校では、複数顧問制がとられており、同年度のラグビー部には、3人の副顧問がいた。本件高校のラグビー部に所属する生徒は1人であった。原告は、安全上の観点から同生徒に一人で活動することを認めておらず、平日の練習に付き添い、ランニングやウェイトトレーニング等を一緒に行うことがあった。また、本件高校のほか、部員不足の6校と連携して合同チームを組み、土日等に練習を行う協定があり、原告は技術指導担当者として同練習に参加した。なお、同年6月1日付けの「学校間連携による運動部活動に関する協定書」には、活動時間を土曜日及び日曜日の9時から12時とすること、技術指導に当たる学校の指導者は、他校の生徒を指導する場合でも、自校の生徒に対する場合と同様の安全配慮義務を負うこと、指導を他校の指導者に委ねる場合、顧問は事前に自校の生徒の健康状態等指導上必要な情報を指導者に連絡することなどが定められていたが、原告は、原則として毎回同練習に参加することとしていた。(甲31、42、81、乙10、11の1、2)
(エ) 国際交流委員会の主担当者としての業務
原告は、平成29年度、国際交流委員会の委員長として、主担当者を務めた。なお、前任者であるH教諭は、同年3月末までで退職しており、原告は、H教諭にメールで問い合わせるなどしつつ業務を進めた。(甲17の1、3、4)
オーストラリア語学研修に関する本件発症までの業務の概要は、以下のとおりである。
a 平成29年4月の業務
平成29年4月には、国際交流委員会における役割分担を決め、生徒の募集や金額の設定、参加希望者説明会の実施(同月29日)、滞在中のプログラムなどについてのe高との調整、保護者説明会等があった。
原告は、オーストラリア語学研修について、@総務を担当するほか、A会計をI教諭とともに担当し、B必要書類指導、確認、作成をJ教諭、K教諭とともに担当することとなった。なお、C校内英語研修はL教諭、M教諭、D「ECC外語専門学校グローバル体験」をN教諭が担当することとなった。(甲20、47、81、乙14、弁論の全趣旨)
生徒の募集については抽選で行われることになっており、例年ホストファミリーを探すのに苦労していることを知っていた原告は、平成30年度にホストファミリーとなることを承諾してくれる家庭を優先することを考えていたが、平成27年のオーストラリア語学研修の際、抽選に漏れた当時1年生の生徒らに対し、H教諭が独断で、3年生になった際に優先的に参加させると約束していたことがわかった。原告は悩んだ末、同生徒らを1人1人昼休みや放課後に呼び出し、事情を説明した上で本人の意向を確認した。同生徒らは3年生になっており、受験勉強との兼ね合いから参加を希望しない生徒がいたため、抽選計画に支障は生じなかった。最終的に、希望者がちょうど20名であったため、抽選は行われなかった。(甲17の1、甲81)
金額の設定について、ホテル代や航空券代、観光代については旅行会社の見積もり(甲44)があったが、e高との遠足費用や交流費用等は原告が算定しなければならず、前任者であるH教諭が退職してしまったこともあって困難を感じた。また、本件高校が渡豪する際、e高が来日する際よりも多くの日数ホームステイを依頼することとなっていたため、e高の負担を埋め合わせるための費用負担をどこまでするかについて、関係者間に意見の相違があったことから、原告はH教諭にメールでアドバイスを受けるなどしつつ調整に当たることとなり、時間と手間を取られた。滞在中のプログラムについては、ホームステイとホテル泊の日数をどう割り振るか、費用負担と受入れ先の負担軽減との兼ね合いが悩ましかった。(甲17の4、17の9、甲49、81)
b 平成29年5月の業務
(a) 平成29年5月には、研修参加者の抽選に関する調整や、現地での取り組み内容についての調整、旅行会社やe高担当者との打ち合わせ等があった。(甲47)原告は、ホームステイの受入れ先についてe高教員担当者とメールでやりとりをしたほか、国際交流委員会で出た意見等をとりまとめて、現地遠足の内容や現地授業の参加の度合いなどプログラムの細部をつめるための調整を行った。(甲17の1、48、49、81)
同月9日頃、課題生徒が参加を希望したため、原告は、参加が可能かの検討や、関係各所との調整に追われた。原告は、20名もの生徒を2、3名の教員で海外に連れていくことから、生徒の安全確保のため、特定の生徒に教員がかかりきりになることは避けなければならないと考えて参加に懸念を示したが、E校長は、最終的に、「断ることはできない」との判断を示し、参加の可否や参加時の配慮等について主治医の意見を聞いた上でF教頭が上記研修に同行することとした。(甲17の1、45、81)
(b) 原告の、平成29年度の自己申告票には、「設定目標」(平成29年5月15日記入)欄に、時間外労働について、「土日の校外での部活動がカウントされていないが、その分、記録上の超過勤務だけでも100時間までに抑え、過労死を避けたい。」旨の記載があった。(甲3の2)
(c) このころ、原告は、E校長に対し、以下のメールを送信した。(甲48)E校長は、これらのメールを受けて、原告に対し、「大丈夫か、休めるときに休みや。」などの声掛けをした。(原告本人尋問調書13頁)
@ 平成29年5月22日午後11時17分
E校長先生、心身共にボロボロです。
L先生のパスポート取得に関して下記2点納得しかねます。
・申請代が自己負担であること
・申請にあたり年休を取らなければならないこと
明日抗議させていただきます。
A 平成29年5月26日午後8時54分
教頭先生を派遣するとおっしゃられた段階でフライト・ホテル+1名分はおさえてあるべきだと思います。フライトの金額がどうなるか分かりませんが、結局断念という結果だけはないように要望します。また、課題生徒の件についても結論ありきで考えておられたように思いますが、保健室・教育相談・人推委との連携がなかったことは問題だと思います。(中略)非常に不信感を募らせています。
c 平成29年6月1日、本件高校の校長室で、原告の目標設定面談があり、原告はE校長に対し、「体調が悪いです。いっぱいいっぱいです。」などと伝えた。
d 平成29年6、7月の業務
(a) 平成29年6月には、国際交流委員会におけるオーストラリア語学研修の準備として、パスポートの提出や参加対象者に対する説明会(6月24日)、保護者説明会、旅行代金の振込み、返金時の取扱いについての本件高校内部での調整、事前研修(オーストラリアの歴史や文化、課題連絡についてのもの)、事前課題提出、添削、旅行会社やe高、事前研修を担当するECC外語専門学校との打ち合わせ等が予定されていた。(甲17の5、6、21、47、81)
オーストラリア語学研修の準備として、同年7月には、12日に事前研修(現地情報、グループ分け、出し物計画)、13日にしおりの推敲のための会議、14日に事前研修(英会話・ECC外語専門学校)、15日に保護者同伴の最終説明会(ホームステイ先決定)、18日に事前研修(英会話)があり、同月20日に結団式があった。(甲21、22、47、81)
原告は、事前研修等は担当せず、パスポートの取得などに関する必要書類、指導、確認、作成等は、J教諭らと協力、確認しながら行った。(原告本人尋問調書41ないし43頁)
原告は、旅行会社やe高と打ち合わせつつ、e高での英語授業の内容、現地での授業参加の詳細、予算残額の取り扱いや現地遠足の内容の詳細の調整、現地で生徒に渡すしおり(乙15)の作成等の業務にあたった。しおりの作成について、E校長は、別の教諭に依頼しようとしたが、原告は、情報を集約するしおりの作成は、主担当者である自分にしかできない仕事だと考えており、別の教諭への依頼を断った。(甲47、48、49、81)
(b) F教頭は、平成29年6月23日、e高担当教員とメールでやりとりをし、課題生徒の診断内容や欠席が多いことなどを伝え、同担当教員の質問に答えて課題生徒の状況や、体調が悪化してホームステイ継続が困難な状況となった場合はF教頭の判断でホテル泊に切り替える旨を説明した。(乙39)
(c) 原告は、平成29年6月27日、長時間労働があったとして、本件高校の産業医であるB医師の面接指導を受けた。(乙17)。
(d) このころ、原告は、E校長に宛てて以下の内容のメールを送信した。(甲19)
@ 平成29年6月27日午後10時55分
E校長先生、先日も申し上げたように適正な労務管理をしてください。あまりにも偏りすぎています。断らない若手を徹底的に使うにしても限度を考えていただかないと、このままでは本当に死んでしまう。なぜ運動部の主顧問でもなく土日しっかり休める人間や教材研究の蓄えがたっぷりある人間よりも、土日もなく日々の教材研究に追われている立場の人間にプラスαの仕事がどんどんふりかかるのでしょうか。。。。。もう限界です。精神も崩壊寸前です。春から何度もお伝えしている体調不良も悪くなる一方で慢性化しています。家庭も犠牲にしています。病院に行きたくても行く時間もない。国際交流前任者がいない つぶれる(甲19)
A 平成29年7月13日午後11時03分
しおり(これから微調整・修正します)レターケースに入れました。
不謹慎かもしれませんが、電通の社員よりも働いています。いつか本当に過労死するのではないかと考えると怖いです。体も精神もボロボロです。こちらがクラスも成績も片手間になり国際交流のことを進めているのに、なぜ英語科の人たちが悠々と成績を付けられているのか。明日の教科会議も火曜日の授業もどう乗り切ればいいのか分かりません。押しつぶされます。
B 同月15日午後8時25分
「体大事にしてや」と昨日電話でおっしゃられましたが、できることならしています。そんな余裕もないからSOSを出しているのです。国際交流主担当は企画で決めたとおっしゃられましたが、「私を主担で」とおっしゃられた段階でまだ私は管理職以外の企画のメンバーと一言も会話したことはありませんでした。いったい企画のメンバーはなにを判断材料に決められたのでしょうか。あまりに適当すぎます。Oも、Pも、Qも、一言も会話したことのない人間をどうして推せるのか。もう誰も信用できません。成績も授業も間に合わない。オーストラリアに行く前に死んでしまう。
(3) 本件発症後の経緯
ア 原告は、同年7月24日(月曜日)、E校長に対し、7月診断書を提出した。(甲1、57)原告が、自分はこういう状態なのでオーストラリア語学研修から帰ってきたら休ませてくれるように伝えると、E校長は、F教頭とR事務長を交えて話をし、原告に対し、オーストラリア語学研修に行かせることはできないと言った。原告は、ずっと主担当者として取りまとめてきた自分が行かないと、オーストラリア語学研修が無事に成立しないのではないかと考えて動揺した。原告は、同日中に、E校長、F教頭を同行して本件クリニックに赴き、7月診断書をB医師に返却した。B医師の診療録には、「診断書撤回とする。本人も研修に対する希望有り。やっていけるとのこと…。」との記載があった。(甲1、原告本人尋問調書20・21頁、弁論の全趣旨)
イ 原告は、平成29年7月24日午後7時20分、E校長に対し、以下のメールを送信した。
「E校長先生
先ほどは日付も考慮せず診断書を提出して申し訳ありませんでした。最後まで見届けて、20人しっかりつれて帰ってきます。
ただし、語学研修がなければ、診断書は取り下げずにそのまま休職を希望していたであろう体調と精神状態だということはご配慮いただきたく存じます。」(乙30)
ウ 原告は、平成29年7月25日から同年8月7日朝、オーストラリア語学研修に同行し、生徒の引率等にあたった。(甲70、乙15)
エ 平成29年8月7日に帰国後、原告は、翌日である同年8月8日午後に約1時間半だけ出勤し、同月9日は年休を取得、同月10日から同月13日までは休日であり、同月14日から同月19日までの5日間夏期特別休暇を取得、同月19日、同月20日は休日であり、同月21日から出勤した。(乙26、40の1、2、弁論の全趣旨)
オ 原告は、平成29年9月2日、VDT作業従事職員特別健康診断問診票に、「5月頃から自殺願望があります。どうやっても疲れがとれないです。夜駅のホームで『今飛び込めば全て楽になれるのでは…。』と何度も考えてしまいます。」と記載した。(甲58)
カ 原告は、平成29年9月19日、人事調書を提出した。同人事調書において、原告は、健康状態等を記載する欄に、「慢性疲労症候群(1カ月就労不可の診断書が出たが返却して勤務を続けた)」と記載した。同記載を受けて、E校長は、同月20日、校長室において、F教頭、R事務長同席の下、原告と面談した。その後、原告は、同記載を「過労による慢性疲労状態」と書き換えた。(弁論の全趣旨)
原告は、平成29年9月29日、渡辺クリニックを受診したが、その際、「9月19日、校長、教頭、学長に『慢性疲労症候群で勤務していた』との報告は消すようにと言われショックがあった。イライラしたり、落ち込んだり、悲しいようなイライラするような。」などと話した。(甲2)
(4) 原告の通院及び治療費等(合計9万5108円)
原告は、本件発症に係る適応障害に関し、平成29年7月21日から平成31年2月7日までの間に29日間通院をし、この間治療費等として、以下の金額を支出した(甲72、74、76、77)
ア 原告は、本件クリニックに対し、平成29年7月21日に治療費及び文書料として6050円、同年9月25日に文書料として2000円、同年11月29日に治療費及び文書料として2380円を支払った。(甲72)
イ 原告は、平成29年9月25日、本件クリニックから交付された診断書を本件高校に送付するのに50円を要した。(甲73)
ウ 原告は、平成29年9月29日から平成31年2月7日までの間、横山・渡辺クリニックに通院し、この間の診療費として同クリニックに対し、合計3万8880円を支払い(甲74)、平成30年1月5日から平成31年2月7日までの間に、つばさ薬局に対して医療費として合計3万7960円、平成30年11月29日にはヤスダ薬局に対し、医療費として1800円を支払った。(甲75)
エ 原告は、箕面市立病院に対し、平成30年2月13日及び同年3月13日、「外来診療費及び文書料」として3338円を支払った。(甲76)
オ 原告は、平成30年3月30日、坂元クリニックに対し、診療費として2650円を支払った。(甲77)
(5) 本件ガイドライン等
文部科学省は、本件発症の後である平成31年1月25日付けで、「公立学校の教師の勤務時間の上限に関するガイドライン」(以下「本件ガイドライン」という。)を作成している。
本件ガイドラインは、義務教育諸学校等の教育職員の勤務時間の上限の目安時間について、(@)1か月の在校等時間の総時間から条例等で定められた勤務時間の総時間を減じた時間が、45時間を超えないようにすること。(A)1年間の在校等時間の総時間から条例で定められた勤務時間の総時間を減じた時間が360時間を超えないようにすることを原則とし、特例的な扱いとして、@児童生徒等に係る臨時的な特別の事情により勤務せざるを得ない場合についても、1年間の在校等総時間から条例等で定められた勤務時間の総時間を減じた時間が720時間を超えないようにすること、この場合においては、1か月の在校等時間の総時間から条例等で定められた勤務時間の総時間を減じた時間が45時間を超える月は、1年間に6月までとすること、A1か月の在校等時間の総時間から条例等で定められた勤務時間の総時間を減じた時間が100時間未満であるとともに、連続する複数月(2か月、4か月、5か月、6か月)のそれぞれの期間について、各月の在校等時間の総時間から条例等で定められた各月の勤務時間の総時間を減じた時間の1か月当たりの平均が、80時間を超えないようにすることとされた。
本件ガイドラインは、上記「勤務時間」の考え方について、教師の専門職としての専門性や職務の特徴を十分に考慮しつつ、「超勤4項目」以外の業務が長時間化している実態も踏まえ、こうした業務を行う時間を含めて「勤務時間」を適切に把握するためのものと位置付けられた上で、@教師等が校内に在校している在校時間を基本とし、A自己研鑽の時間その他業務外の時間については、自己申告に基づいて除くものとし、B校外での勤務についても、職務として行う研修の参加や児童生徒等の引率等の職務に従事している時間については、時間外勤務命令に基づくもの以外も含めて外形的に把握し、対象として合算し、また、C各地方公共団体で定める方法によるテレワーク等によるものについても合算すること、D休憩時間を除くこととした。(甲9)
2 事実認定の補足説明
(1) 上記1認定事実(1)(原告の時間外勤務時間等)について、本件時間外勤務時間は、以下の方法で算定した。
ア OTRの出勤打刻時間から退勤打刻時間までの時間(乙4)を基礎とし、前記前提事実(5)エ記載の「特殊勤務手当実績簿」に記載された時間(土日や休日に部活や補講の指導等の業務を行った時間及び「旅行命令簿兼精算内訳」に記載された時間【部活動の指導等で校外に出張した時間等】)を加味して算定した時間から、前記前提事実(4)ア記載の所定の休憩時間(45分)及び自己研さんその他の業務外の活動を行っていた時間を差し引いた時間から週40時間を差し引いた「本件時間外勤務時間」は、別紙のとおりである。
ただし、別紙は、原告準備書面(9)添付の別紙勤務時間表について、下記(ア)、(イ)aのとおり、誤記を修正したほか、下記(イ)bについて自己研さんその他の業務外の活動を行っていた時間として本件時間外勤務時間から差し引き、修正したものである。(甲65、81、乙4ないし6、原告本人尋問調書、弁論の全趣旨)
(ア) 平成29年6月14日の終業時刻が22時59分とあるのは、22時39分の誤記である。また、同月18日の勤務開始時刻が8時30分とあるのは、8時00分の誤記である。【原告準備書面1・20頁】したがって、平成29年6月20日ないし同年5月22日の「時間外勤務時間数」欄の記載は、「144:32」となる。)
(イ)a 平成29年7月4日の勤務開始時刻が8時26分とあるが、8時28分の誤記である。【原告準備書面1・20頁】
b 平成29年7月15日(土曜日)の勤務について、原告は特殊勤務実績簿には9時から15時半まで卓球部の付添いをした旨記載していた(乙5)が、午前9時25分に出勤した後、午前10時には、国際交流委員会の保護者説明会に出席し、午後3時30分以降は、自らが顧問をしていない硬式野球部の甲子園の予選の応援のため万博球場に赴いていたことが認められるから、午後8時49分に退勤しているものの、午後3時30分以降については自己研さんその他の業務外の活動を行っていた時間であると認められる。(乙4、原告本人尋問調書46頁)
c したがって、平成29年6月21日から同年7月20日までの「時間外勤務時間数」欄の記載は、「112時間44分」となる。
イ 「本件時間外勤務時間」は、いわゆる早出残業分(始業時間より早く出勤した場合の、始業時間までの時間)を含むものとして算定した。その理由は、適正把握要綱によれば、常勤教育職員の時間外等実績(常勤職員が勤務公署において、正規の勤務時間以外の時間帯に行った業務の時間)については、OTRの打刻時間を基礎として把握することが予定されており(6条)、本件発症後に発出されたものではあるものの、本件ガイドラインにおいても、教育職員の勤務時間の上限の目安時間については在校等時間から休憩時間及び自己研さんその他の業務外の活動を行っていた時間を差し引いた時間を基本として把握するとされているところ、本件においては、証拠(甲81)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、出勤時刻から午前8時30分の始業時間までの間に、授業の準備、生徒への対応、保護者との連絡等の業務に従事していたことが認められることによる。
ウ 上記アの算定にあたり、休憩時間の前後に有給を取得している場合(たとえば原告は、平成29年3月6日について、「11時40分から12時30分」と「13時15分から15時25分」に分けて年休を取得している。また、同月15日は、「12時15分から12時30分」と「13時15分から17時」に分けて年休を取得している。)、12時30分から13時15分は、所定の休憩時間であることから同時間を除いて有給を取得したものと解するのが合理的であるから、所定の休憩時間についても差し引くこととした。
エ 原告は、平成29年5月13日(土曜日)午前11時45分にOTRを打刻したが、退勤時にOTRの打刻をしていない。(弁論の全趣旨)原告は、パソコンのファイル更新記録(甲15の4、5、甲17の1)により、退勤時間を17時59分であると主張するが、少なくとも同退勤時間までの在校を被告が具体的に覚知し得たと認めるに足りる証拠はない。また、原告は、平成29年4月16日、ラグビー部の公式戦のためd大学キャンパスに9時から13時まで出張したと主張するが、出張届の提出を失念したといい、被告が覚知し得たと認められない。したがって、これらの時間については、注意義務の発生の端緒としての「本件時間外勤務時間」として考慮しない。
(2) 上記1認定事実(2)イ(エ)c(平成29年6月1日目標設定面談でのやりとり)について、原告は、E校長に対し、「体調が悪いです。いっぱいいっぱいです。」などと伝えたと述べている(甲81・16頁)ところ、E校長が、同面談を、適正把握要綱8条所定のヒアリング(前記前提事実(4)エ(オ))を兼ねるものとして実施し、原告に対し、「体調は大丈夫ですか。」などと聞いた旨述べていること(乙48・10頁)、上記1認定事実(2)イ(エ)b(b)及び同(c)@のとおり、原告が、同年5月以降、E校長らに、業務の負担や心身の不調について訴えていた状況と整合し、信用できる。
3 争点1(被告の注意義務〔安全配慮義務〕違反の有無)について
(1) 校長が負う注意義務(安全配慮義務)の内容について
労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続 するなどして、疲労や心理的負荷が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険のあることは、周知のところであり、使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当である。また、使用者に代わって労働者に対し、業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、使用者の右注意義務の内容に従って、その権限を行使すべきであるといえる(最高裁平成10年(オ)第217号、第218号同12年3月24日第二小法廷判決・民集54巻3号1155頁参照)。そして、この理は、地方公共団体と、その設置する学校に勤務する地方公務員との間においても別異に解すべき理由はない(最高裁平成23年(受)第9号、同22年7月12日第三小法廷判決・集民237号179頁参照)。
そうすると、原告が勤務する府立学校である本件高校の校長は、原告ら教育職員に対し、労働時間の管理の中で、その勤務内容、態様が生命や健康を害するような状態であることを認識、予見し得た場合には、事務の分配等を適正にするなどして勤務により健康を害することがないよう配慮すべき義務(安全配慮義務)を負うものと解するのが相当である。
(2) 業務の量的過重性の有無について
ア 本件発症前6か月における本件時間外勤務時間
前記前提事実(5)ウ、前記認定事実(5)によれば、被告においては、常勤教育職員の勤務時間の適正な把握のための手続等として適正把握要綱が定められ、同要綱によれば、校長が勤務時間管理者とされ(3条)、常勤教育職員の時間外等実績(常勤職員が勤務公署において、正規の勤務時間以外の時間帯に行った業務の時間)については、OTRの打刻時間を基礎として把握することが予定され(6条)、勤務時間管理者は、1月当たりの時間外等実績が80時間を超える常勤教育職員に対し、ヒアリング等を実施し、当該時間外等実績に係る主な業務内容等について把握するものとされている(8条1項)。そうすると、本件高校の校長は、OTRの打刻時間を基礎として教育職員の時間外等実績を把握し、1月当たりの時間外等実績が80時間を超える場合には、その業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等について注意を要するものとされていたということができる。
そして、前記認定事実(1)のとおり、原告の本件発症前6か月における在校時間及び休日校外で部活動指導等の業務に従事した時間から法定労働時間(週40時間)を差し引いた時間(本件時間外勤務時間)は、本件発症前1か月が約112時間、発症前2か月が約144時間と、本件発症前2か月間が概ね1か月当たり120時間程度であり、本件発症前6か月間の本件時間外勤務時間の平均が1か月当たり約98時間と概ね100時間程度となるものであったことが認められる。
そして、前記2(1)の事実認定の補足説明のとおり、本件時間外勤務時間の算定においては、OTRの出勤打刻時間から退勤打刻時間までの時間から、所定の休憩時間(45分)及び原告が業務外の活動を行っていたと認められる時間を控除したものであるところ、他に原告が在校中に、自己研さんその他の業務外の活動を行っていた事実を具体的に窺わせる証拠はないことからすると、原告は、本件時間外勤務時間については、業務に従事していたものと認めるのが相当である。
そうすると、本件時間外勤務時間は、本件発症前2か月間が概ね1か月当たり120時間程度であり、本件発症前6か月間の本件時間外勤務時間の平均が1か月当たり概ね100時間程度となるような長時間に及んでいたことは、原告の心身健康を害する程度の強度の心理的負荷であったと評価するのが相当である。
イ 被告の主張について
(ア) 被告は、教育職員の勤務は、本質的には「自主性、自発性、創造性」を有しており、特に公立学校の教育職員については、時間外勤務を命じることができる場合は、「公立の義務教育諸学校等の教育職員を正規の勤務時間を超えて勤務させる場合等の基準を定める政令」により規定される「超勤4項目」に限られるところ、原告の時間外勤務は、少なくともE校長からの時間外勤務命令に基づくものではなく、労働基準法上の労働時間と同視することはできないから、本件時間外勤務時間をもって業務の量的過重性を評価するのは相当でない旨主張する。
しかし、前記前提事実(5)のウのとおり、適正把握要綱は、常勤教育職員の「時間外等実績」を把握するにあたって、超勤4項目に限らず、OTRの打刻による出退勤の記録等を基礎とし、1月当たりの時間外等実績が80時間を超える常勤教育職員に対してヒアリング等を実施することとしている。そして、前記認定事実(5)によれば、本件発症後に発出されたものではあるものの、本件ガイドラインは、「超勤4項目」以外の業務を行う時間を含めて「勤務時間」を適切に把握するためのものと位置付けられた上で、教育職員の勤務時間の上限の目安時間については、在校等時間から休憩時間及び自己研さんその他の業務外の活動を行っていた時間を差し引いた時間を基本として把握するものとされ、特別の事情に基づく特例的な扱いの場合であっても、1か月の在校等時間の総時間から条例等で定められた勤務時間の総時間を減じた時間が100時間未満であるとともに、連続する複数月(2か月、4か月、5か月、6か月)のそれぞれの期間について、各月の在校等時間の総時間から条例等で定められた各月の勤務時間の総時間を減じた時間の1か月当たりの平均が、80時間を超えないようにすることとされている。上記適正把握要綱の内容に加えて、本件ガイドラインが発出された趣旨や、その背景にある考え方をみても、本件高校において、勤務時間管理者である校長が、教育職員の業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積してその心身の健康を損なうことがないよう注意する義務(安全配慮義務)の履行の判断に際しては、本件時間外勤務時間をもって業務の量的過重性を評価するのが相当であり、本件時間外勤務時間が、校長による時間外勤務命令に基づくものではなく、労働基準法上の労働時間と同視することができないことをもって、左右されるものではないというべきである。
したがって、被告の上記主張を採用することはできない。
(イ) 被告は、原告が本件時間外勤務時間のうちどれだけの時間を業務に充てていたかわからないなどと主張し、@原告が在校中に行っていた業務の内容を記載した書面(甲4、50)が不正確である、A例えば、平成29年5月6日午前11時15分から午後3時42分等、OTRの打刻時間から在校が認められる時間であっても、特殊勤務手当実績簿に記載がなかったり、勤務内容が不明な時間等については、勤務時間として認めない取扱いをすべきである旨主張する。
しかし、上記@については、上記書面について、原告が、日々の勤務の内容を後で思い返す過程で記憶違い等が生じるのは無理からぬ点があり、上記書面が正確性を欠くからといって、前記アの認定判断が左右されるものでもない。また、上記Aについては、前記前提事実(5)ア、イのとおり、教育職員である原告に対しては、給特法の規定により特殊勤務手当等の時間外勤務手当が支給される場合は限られていたことから、原告が時間外に公務を行った場合に、必ず特殊勤務手当実績簿に記載しなければならないものではない。そして、原告は在校時間中基本的には業務に従事していたものとみるべきことは、前記アの認定判断のとおりである。
したがって、被告の上記主張を採用することはできない。
(3) 業務の質的過重性の有無について
ア 前記前提事実(1)イ、前記認定事実(1)、(2)アイによれば、原告は、本件高校に赴任するまでの教員歴が4年、本件高校に赴任してから2年目の若手教員であったこと、世界史担当教諭として授業準備に熱心に取り組み、平成28年度中には生徒会部に所属したほか卓球部の主顧問及びラグビー部の副顧問としても熱意をもって活動し、さらに国際交流委員会の委員として平成29年2月、3月は、オーストラリア語学研修の準備を始めていたこと、平成29年3月にE校長を評価者として作成された原告の平成28年度評価・育成シートには、上記原告の精勤をねぎらい、「特に教科指導では、教材研究に夜遅くまで取り組まれていたことが授業アンケートの結果に繋がっていると思います。」等の評価が記載されていること、原告は、平成29年度にも引き続き熱心に授業準備に取り組み、ラグビー部の主顧問、卓球部の副顧問として、平日の練習の付添いや、土日の合同練習の指導等に当たっていたことが認められる。
加えて、前記認定事実(2)イによれば、原告は、平成29年度にはクラス担任を務めた上、国際交流委員会の主担当者として、オーストラリア語学研修の準備に当たったこと、同研修は、20人の生徒を引率してオーストラリアにある姉妹校(e高)を訪問させ、e高の関係者宅にホームステイをさせるというもので、原告は主担当者として参加希望者の募集や抽選、滞在中の日程やプログラムの決定、費用の設定、しおりの作成等を取り仕切り、生徒らを安全に引率し、費用面を考慮しつつより有益な研修とするために種々の調整を要したことが窺えること、本件発症前3か月間の本件時間外在校時間が長時間に及んでいる時期がオーストラリア語学研修の準備が本格化した時期と重なっていることなどからすれば、原告はこれら業務を所定労働時間外に行わざるを得なかったものと認められる。
したがって、原告は、客観的にみて、質的にも加重な業務に従事していたものと評価するのが相当である。
イ 被告の主張について
(ア) 被告は、@原告の教科担当、クラス担任、部活動の指導、校務分掌等の公務がほかの教員に比べて特に負担の重いものではなく、本来長時間の時間外労働を必要とするような過重なものではなかった、A国際交流委員会の主担当の前任者であるH教諭の平成27年度における時間外労働時間はそれほど多くなかったから、上記主担当者としての業務がそれほど負担の大きいものではなかった、BE校長は、原告に国際交流委員会の主担当者を任せるにあたって、授業時間を1時間軽減するという、前任者の際にはない配慮をした旨主張する。
しかし、上記@については、前記前提事実(1)イ、前記認定事実(2)ア、イによれば、原告は、本件高校に赴任するまでの教員歴が4年、本件高校に赴任してから2年目の若手教員であり、授業準備に熱心に取組んでいたほか、平成29年度にはクラス担任を務めた上で、部活動の指導(ラグビー部顧問及び卓球部副顧問)を担当し、繁忙な状況にあったことに加えて、国際交流委員会の主担当者を務めていたことが認められるところ、原告は、もともと繁忙な状況にあったことに加えて国際交流委員会の主担当者としての業務を行っていたことにより、これらの業務を所定労働時間外に行わざるを得なかったものと認められるから、原告の業務は質的にも過重なものであったと認められる。加えて、証拠(乙51の5、証人G)及び弁論の全趣旨によれば、本件高校において、平成29年度に時間外労働勤務が1月当たり80時間を超えた教職員は18人いたと認められる等、他の教諭等の中にも、長時間労働をしていた者がいたことが認められる。
また、上記A及びBについては、証拠(甲68、乙48)及び弁論の全趣旨によれば、国際交流委員会の主担当の前任者であったH教諭は、本件高校に赴任する前に既に30年以上英語教員としての経験を有し、オーストラリアでの大学院での生活経験もあるなど、豊富な教員歴と海外経験を有していた上に、クラス担任は持たず、女子バレー部の副顧問を担当するにとどまっていたことが認められるから、経験も浅く、クラス担任を持ち、ラグビー部の顧問と卓球部の副顧問を兼務していた原告とは、経験においても、業務内容についても、国際交流委員会の主担当としての業務負担の程度は、大きく異なっていたというべきであり、単純に前任者と時間外労働時間を比較することは相当でないし、原告が授業時間を1時間軽減されていたからといって、単純に原告が前任者よりも手厚い業務上の配慮を受けたということもできない。かえって、E校長は、平成29年2月ころ、原告が担任をもつことを希望したため、国際交流委員会の主担当者は引き受けてもらえないのではないかと危惧していたことが認められ、E校長としても、クラス担任と国際交流委員会の主担当者との両立は負担が重いと認識していたことが窺える。
したがって、被告の上記主張は採用できない。
(イ) 被告は、原告の時間外労働の多くが、部活動指導のためのものであったところ、同指導は、原告が自ら望んで行っていたものであると主張する。
しかし、前記前提事実(5)エ、オ、前記認定事実(2)ア(イ)(エ)によれば、本件高校において、部活動指導は、生徒の指導方法の一環と位置付けられて、顧問、副顧問は校務分掌として原則全教諭に割り振られ、その活動は、特殊勤務手当や旅費の支給の対象であり、人事評価の対象ともなっていることが認められるから、部活動指導が業務であることは明らかである。
また、前記前提事実(1)イ、前記認定事実(2)ア(イ)、(オ)によれば、原告が部活動指導に多くの時間を割くこととなった背景として、原告には大学卒業後ラグビーチームの通訳として勤務していた経験があり、公式戦のアシスタントレフリーを務める(乙53)など、ラグビーに対する思い入れや指導者としての適格性があったことや、部員に頼られ、原告も、その気持ちに応えたいと考えていたなどの事情があることは窺えるものの、このような事情を踏まえても、原告が行っていた、部活動の付添いや合同練習の指導等の業務が不必要であったと認めることはできない。そして、原告は、平成28年度において、自己申告票の「目標の達成状況」欄に「盆も土日も年末も休みはほぼ無かった」などと部活動の指導のための長時間労働が存することを示す記載をしているのに対し、E校長らは、平成29年3月作成の原告の評価・育成シートにおいて、原告による卓球部やラグビー部の指導に感謝し、これを歓迎するような記載をしていたことからすれば、このような原告の部活動指導については、E校長も業務として是認していたというべきであるから、上記被告の主張を採用することはできない。
(ウ) 被告は、オーストラリア語学研修について、現地での活動についてはe高側が行うことになっていたことや、e高担当者の知識・経験も豊富であったことなどから、本件高校側に大きな負担はないなどと主張し、E校長もこれに沿う供述をする(乙48・5頁)が、前記認定事実(2)イ(エ)のとおり、原告は、20名の高校生と引率の教員の安全を確保し、限られた時間と費用の中で生徒に有益な経験をさせるために種々の調整等を要求しているのであり、証拠上窺える業務量は軽視できず、同供述は採用できない。
(エ) 被告は、国際交流委員会主担当者の業務は、業務の分担を 適切に行うことであり、E校長は原告に同委員会の業務すべてを行うように命じていたわけではなく、原告に主担当者としてのマネジメント力を期待していた、などと主張する。
しかし、国際交流委員会の業務については、前記認定事実(2)ア(カ)bのとおり、前任者のH教諭も、主担当者にかかる負担が大きいことについて不満を抱いていたことが窺える。そして、証拠(甲47、原告本人尋問【43ないし44頁】)及び弁論の全趣旨によれば、本件発症後の平成30年3月7日の実施の職員会議(国際交流会議)議事録においても、「これまでの国際交流会議は主担当者がほぼすべての業務を担っていて、その他国際交流委員を含め全教職員と情報共有ができていなかったが、定期的に会議を開き情報共有できた点は平成29年度の改善点と言える。」などと総括されていることが認められるのであって、従前から主担当者に負担がかかりやすい構造になっていたことが窺える。そして、前記前提事実(1)イ、前記認定事実(1)(2)ア(カ)f、同(2)イ(エ)b(c)、c、d(d)のとおり、教員としての経験が浅い若手教員である原告が、業務の負担や、国際交流委員会の主担当者とされたこと自体についての不安や不満を繰り返し訴え、E校長に労務管理を求めている状況や、精神的に追い詰められていることが窺えるメールの内容等からすれば、E校長にとって、原告が、自らの力で適切で効率的な役割分担と協働体制をとることで自己の負担を軽減することや、業務の分担等による負担軽減を求める具体的な提案をすることが難しいことは明らかであったといえる。
したがって、上記被告の主張を採用することはできない。
(4) E校長の注意義務(安全配慮義務)違反の有無について
ア 注意義務(安全配慮義務)の内容について
前記前提事実(5)ウ、エ、オ、前記認定事実(1)によれば、本件時間外勤務時間は、本件高校の校務文書から把握できるものであり、E校長は、被告における勤務時間管理者として、本件時間外勤務時間を把握すべき義務を負っていたものと認められる。そして、証拠(乙48・10頁)及び弁論の全趣旨によれば、E校長は、平成29年4月から同年5月にかけて、新学期である上、国際交流委員会関連業務も立て込んでいることが原因で原告の退勤時間が遅くなっていることを把握してその体調を気遣っており、また、遅くとも平成29年6月1日の目標設定面談の際までには、原告の1月当たりの時間外等実績が80時間を超えたことを知って、同面談の際に、適正把握要綱の定めるヒアリングも行っていたことが認められる。
加えて、前記認定事実(2)イ(エ)bによれば、原告は、平成29年5月15日に記入し提出した自己申告票に、自らの時間外労働について、「土日の校外での部活動がカウントされていないが、その分、記録上の超過勤務だけでも100時間までに抑え、過労死を避けたい。」旨記載し、同月22日には、E校長に対し、「心身共にボロボロです。」などと記載したメールを送信したほか、上記同年6月1日の目標設定面談においても、「体調が悪いです。いっぱいいっぱいです。」などとE校長に伝えていたことが認められる。
これらの事情によれば、E校長としては、平成29年5月中旬頃から、遅くとも同年6月1日までの間には、原告の長時間労働が生命や健康を害するような状態であることを認識、予見し、あるいは認識、予見すべきであったから、その労働時間を適正に把握した上で、事務の分配等を適正にするなどして勤務により健康を害することがないよう配慮すべき注意義務を負っていたものと認められる。
イ 注意義務(安全配慮義務)違反の有無について
(ア) 被告は、E校長のした対応として、以下の@ないしGを挙げ、E校長には注意義務(安全配慮義務)違反がない旨主張し、E校長もこれに沿う供述をする。
@ 平成29年4月から5月にかけて、退勤時間が遅くなっている原告に対し、「体調は大丈夫ですか」「仕事の進み具合はどうですか。」「仕事の配分を考え、優先順位をつけて効率的に業務を進めてください。」「何か要望があれば言ってください。」などの声掛けをした。
A 同年5月下旬頃からは頻繁に声掛けし、オーストラリア語学研修の業務の進捗状況を定期的に確認した上、事前研修・指導については、ほかの国際交流委員が協力するように依頼し、原告に携わらせないこととした(第1回事前研修については、F教頭からアボリジニの映画鑑賞にしてはどうかという提案をしてもらい、原告の了承を得た。)
B 課題生徒の対応について、原告に負担をかけないように、F教頭に指示をして、課題生徒の保護者宛文書や参加同意書を作成してもらった。
C 平成29年6月1日実施の目標設定面接の際、適正把握要綱8条所定のヒアリングも行うこととし、原告から提出された自己申告票の「100時間までに抑えて過労死を避けたい」という個所を読み上げて確認する中で、仕事の状況や健康状態について質問し、原告の身体を労わる言葉をかけ、「仕事の分担、優先順位を決めて効率的にお願いします。」というアドバイスをした。
D 同月27日、産業医による面接を実施し、F教頭を通じてその報告を受けた。
E 同月29日、原告との面談を行い、原告の要望に沿うよう、ラグビー部の夏合宿の付添い、オーストラリア語学研修中に課題生徒が体調不良になったときの対応について協議し、オーストラリア語学研修のしおりの作成をほかの教諭に改めて依頼したことを伝え、次年度の国際交流委員会の体制づくりについて人材を集める努力をすると伝えた。(しおりの作成について、原告は、自分で行う必要がある旨述べて業務負担の軽減を断った。)
F その後も国際交流委員会の業務について、できる限り原告の負担を軽減する具体的な配慮策に務めた。
G 原告のメール等に対応し、面接や声掛けをした。
(イ) しかし、上記@、C、D、Gの声掛けや面接等については前記認定事実(2)イ(エ)b(b)及び(c)、(エ)c、(エ)d(d)によれば、原告は、かねてから業務の負担感や心身の健康状態への危険を訴え、E校長からの声掛けに対しても、「仕事は順調ではなく、体調は悪い」、「労務管理をしてほしい」などと明確に述べていたのであるから、E校長としては、声掛けや面談等を行うだけでなく、原告の業務負担を改善するための具体的な措置を講じる必要があったというべきであり、声掛けや面談等を行っただけでは注意義務を尽くしていたとはいえない。
また、上記A、B、Fについては、前記認定事実(2)イ(エ)aCDのとおり、事前研修については、もともと原告以外の委員が担当することとなっていたものであるし、E校長が行ったという原告に対する配慮とは、E校長の供述によっても、原告に対して仕事に優先順位をつけて、国際交流の業務を役割分担して進めて欲しい旨アドバイスするにとどまり、原告の業務量自体を減らすものではなかったことが認められるから、原告について、既に割り振られた過重な業務負担の解消のために有効な配慮がされたとはいえない。
さらに、上記Eについては、被告は、E校長が、オーストラリア語学研修のしおりの作成について他の教諭にまかせることで業務負担の軽減を図ろうとしたところ、原告がこれを断った旨主張する。しかし、証拠(乙15、25、原告本人)によれば、原告は、しおりの表紙のデザインなどは、平成27年度のしおりを踏襲していることが認められることに加え、しおりの内容については、同研修に関する情報を集約したものであって、主担当者として研修に関する業務を取り仕切っていた原告にしか作成できない旨の原告の説明は合理的であるから、しおりの作成の分担の申出についても、原告の業務による過重状態の解消のために有効な配慮であったと評価することはできない。
(ウ) 前記アの認定判断のとおり、E校長は、平成29年5月中旬頃以降遅くとも同年6月1日までには、原告の長時間労働が生命や健康を害するような状態であることを認識、予見し、あるいは認識、予見し得たことから、その労働時間を適正に把握した上で、事務の分配等を適正にするなどして勤務により健康を害することがないよう配慮すべき注意義務を負っていたものと認められる。
にもかかわらず、前記認定事実(2)イ(エ)d(d)のとおり、E校長は、同年6月1日以降も、原告から、同月27日には、「適正な労務管理をしてください。あまりにも偏りすぎている。」、「このままでは死んでしまう。」、「もう限界です。精神も崩壊寸前です。春から何度もお伝えしている体調不良も悪くなる一方で慢性化しています。」、「病院に行きたくても行く時間もない。」、「つぶれる。」、同年7月13日には、「いつか本当に過労死するのではないかと考えると怖いです。体も精神もボロボロです。」、「明日の教科会議も火曜日の授業もどう乗り切ればいいのか分かりません。」、「押しつぶされます。」、同月15日には、「『体大事にしてや。』と昨日電話でおっしゃられましたが、できることならしています。そんな余裕もないからSOSを出しているのです。」、「成績も授業も間に合わない。オーストラリアに行く前に死んでしまう。」など、追い詰められた精神状態を窺わせるメールを受信しながら、漫然と身体を気遣い休むようになどの声掛けなどをするのみで抜本的な業務負担軽減策を講じなかった結果、原告は本件発症に至ったものと認められるから、E校長には注意義務(安全配慮義務)違反が認められる。
ウ 被告の主張について
(ア) 被告は、E校長としては、原告に対し、優先順位を付けて効率的な業務分担をするようアドバイスをしていたのであり、原告は適切で効率的な役割分担と協働体制をとることで自らの負担を軽減できたはずであるとか、原告はE校長らに対して業務負担軽減を求めるのであれば具体的な提案をすべきであり、そのような提案がなければ管理職として適切に動くことはできないなどと主張する。
しかし、E校長が、原告に対して仕事に優先順位をつけて、国際交流の業務を役割分担して進めて欲しい旨アドバイスしていたことが、原告の業務量自体を減らすものではなく、原告の過重な業務負担の解消のために有効な配慮とは言えなかったことは、前記イの認定判断のとおりである。また、国際交流委員会の業務について、原告が自ら他の教員らに分担を求めることが困難であったことについては、前記イの認定判断のとおりであるし、部活動指導等についても、前記認定事実(2)ア(エ)(オ)のとおり、原告が、かねて公の場で、部活動指導等を自分たち若手の職員等が抱え込み、過労死につながるなどの意見を表明して、管理職による割振りをすべきだという提言をしたり、自らの人事評価に関する自己申告票に、「土日の部活動付添いを断りがちな教員も、なんとか説得して関わらせるようにすること」が今後の課題である旨の提言をしたりしていたことからすれば、原告としては、部活動指導等についても、自ら本件高校や他校の教職員らに対して分担を求めることは困難であると考え、管理職であるE校長に対し、分担の軽減を含めた具体的な改善策を求めていたとみるべきである。
このような場合、管理職であるE校長こそが、上記注意義務の一環として、原告に対し、具体的な業務の負担軽減のための改善策を講じる必要があったというべきであるから、単にマネジメント力の発揮を原告に期待し、効率的な業務分担を求めるといった抽象的な指示を繰り返すばかりでは、注意義務を尽くしたということはできない。
(イ) 他に、被告は、@教諭である原告の業務の自主性・創造性から、業務の内容についても自ら調整すべきであって管理職が踏み込むことは難しい、A原告は、語学研修の引率をこなした上、帰国後や病気期間中にラグビーのアシスタントレフリーに登録していたことから原告自身の心身の状態が原告が主張するほどに深刻な状況ではなく、原告が自らの健康管理を適切に行っていなかった旨主張する。
しかし、上記@については、教育職員である原告の業務の自主性・創造性を尊重すべきことと、当該職員が客観的に心身の健康を害するおそれのある過重な業務に従事して、精神的に追い詰められた様子を示し、労務管理を求めている際にこれに応える義務があることとは別の問題であるというべきである。また、上記Aについては、前記前提事実(2)のとおり、原告は、平成29年7月20日頃、遅くとも同月21日までに適応障害を発症したことが認められ、前記(2)、(3)の認定判断のとおり、原告は量的にも質的にも過重な業務によって適応障害を発症したことが認められるところ、原告が本件発症後、オーストラリア語学研修の引率を行ったことは、それまで同研修の準備を取り仕切ってきた責任感等によるものと評価することができるし、また、原告が帰国後や病気期間中にラグビーのアシスタントレフリーに登録していたことなど、被告の種々主張する内容は、適応障害と診断された原告の訴える健康被害の内容と、必ずしも矛盾するものとまではいえない。
したがって、被告の上記主張を採用することはできない。
(5) 小括
以上によれば、E校長には、注意義務(安全配慮義務)違反があったものと認められるから、被告は、国家賠償法1条1項による損害賠償責任を負うものと認められる。そうすると、同額の支払を求める債務不履行責任(安全配慮義務違反)については、判断する必要がないというべきである。
4 争点2(損害の発生及び金額)について
本件発症前6か月の原告の業務が量的に過重なものであり、質的にも過重なものであったことは、前記3(1)、(2)の認定判断のとおりであり、原告について、本件発症当時、業務以外に精神疾患の原因となり得るような心理的負荷があったなどの事情は窺えないから、本件発症は、原告の公務に内在する危険が現実化したものと評価すべきであり、E校長の注意義務違反と本件発症には相当因果関係が認められる。
そして、本件発症と相当因果関係を有する損害は、以下のとおり(合計230万5108円)である。
(1) 通院治療費等(9万5108円)
前記認定事実(4)のとおり、本件発症と相当因果関係を有する通院治療費等は、文書作成費用を含め、9万5108円であると認められる。
(2) 通院慰謝料(200万円)
前記前提事実(2)、(3)、前記認定事実(3)イないしオ、同(4)によれば、原告は、本件発症後、平成29年7月25日から同年8月7日まで、オーストラリア語学研修に同行して生徒の引率等にあたり、帰国後、年休や特別休暇を取得し、同月21日から出勤したが、同年9月2日のVDT作業従事職員特別健康診断問診票には、同年5月から自殺願望があり、どうやっても疲れがとれない旨を記載していたこと、同月25日には、本件クリニックを受診して慢性疲労症候群の診断を受け、同日から同年12月17日まで病気休暇を平成30年2月6日から同年3月31日までの間は病気休暇及び病気休職を取得するなどし、その後職場復帰したものの、平成29年7月21日から本件訴訟提起の前である平成31年2月7日までの間に29日間(なお、原告は、平成30年2月5日及び3月12日に、横山・渡辺クリニックでそれぞれ2通の診療費領収書【甲74の12、13】の発行を受けている。)通院を余儀なくされたことが認められる。このように、本件発症が過重な業務に起因する適応障害であることに加え、上記の経緯等からすれば、上記通院は、本件発症と相当因果関係を有するというべきであり、その他本件に関する一切の事情を考慮すれば、同通院に関する慰謝料は、200万円と認めるのが相当である。なお、原告が、同帰国後や病気休暇取得中にラグビーのアシスタントレフリーをして公式試合に登録している日がある(乙53)など、被告の種々主張する事情は、同判断を左右するものではない。
(3) 弁護士費用(21万円)
本件発症と相当因果関係を有する弁護士費用は、前記(1)及び(2)の損害合計(209万5108円)の約1割である21万円であると認められる。
5 その余の被告の主張も、前記認定判断を左右するものではない。
6 まとめ
以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告は、被告に対し、国家賠償法1条1項に基づき、230万5108円及びこれに対する、違法行為の後である平成29年7月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払義務を負うものと認められる。
第4 結論
以上のとおり、原告の請求は理由があるからこれを認容し、主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第18民事部
(裁判長裁判官 横田典子 裁判官 中山周子 裁判官小草啓紀は、異動により署名押印できない。裁判長裁判官 横田典子)