裁判年月日 令和 5年 9月28日
裁判所名 大阪地裁
裁判区分 判決
事件番号 平31(ワ)1533号
事件名 損害賠償請求事件
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
被告らは、原告に対し、連帯して、3770万3617円及びこれに対する平成31年3月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は、大阪市立特別支援学校で理療科教諭として勤務していた視覚障害を有する原告が、@同校の大阪府立支援学校への移管(大阪市立特別支援学校の廃止及び大阪府立支援学校の設置をいい、以下「本件移管」という。)に伴い大阪府教育委員会(以下「府教委」という。)が実施した平成27年の採用選考において、〈ア〉大阪市教育委員会(以下「市教委」という。)が原告を府教委に推薦しなかったのは違法である、〈イ〉府教委が市教委に原告を推薦しないよう求めたのは違法である、Aその後に原告が異動した大阪市立高等学校における市教委又は校長の原告に対する対応が障害者の雇用の促進等に関する法律(以下「障害者雇用促進法」という。)36条の3の定める合理的配慮提供義務に違反し違法である旨を主張して、国家賠償法(以下「国賠法」という。)1条1項に基づき、被告らに対し、連帯して、3770万3617円の損害賠償金(慰謝料200万円、逸失利益3227万6016円及び弁護士費用342万7601円の合計)及びこれに対する平成31年3月6日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで平成29年法律第44号による改正前の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1 前提事実等(証拠等を掲記しない事実は当事者間に争いがない。)
(1) 当事者
ア 原告
(ア) 原告は、昭和44年○月生まれの男性である。
(イ) 原告は、緑内障による進行性眼疾患のため、左眼の視力はなく、右眼の視力(矯正視力)は0.2程度である。原告の視覚障害は、「視野障害」及び「夜盲(昼間の視力には異常がないが、夜や暗い場所では見にくくなる)」であり、このうち「視野障害」は、「求心性視野狭窄」であり、両眼中心視野角度は約5度である。身体障害者手帳の障害等級は1種2級である。(甲73、74、76、107、原告本人、弁論の全趣旨)
(ウ) 原告は、a大学理療科教員養成施設を卒業し、特別支援学校自立教科教諭第1種免許(理療)を取得した後、平成6年4月、大阪市立b学校(平成21年に「大阪市立b1支援学校」に校名変更。以下「本件支援学校」という。)の理療科教諭として採用され、平成28年3月まで本件支援学校に勤務し、同年4月に昼夜間単位制普通校である大阪市立c高等学校(以下「本件高校」という。)への異動を命じられ、令和4年3月31日まで本件高校の実習助手として勤務した。
その後、原告は、大阪市立高等学校の廃止及び大阪府立高等学校の設置に伴い、府教委が実施した令和3年の「大阪市立高等学校等の教職員を対象とする大阪府立学校長、教員、実習教員採用選考」(以下「令和3年採用選考」という。)に応募して被告大阪府に採用され、令和4年4月1日以降も、上記移管後の大阪府立c1高等学校に実習助手として勤務している。
(以上につき、甲18、88、101、弁論の全趣旨)
イ 被告ら
(ア) 被告大阪府
被告大阪府は、府教委を設置する普通地方公共団体である。
(イ) 被告大阪市
被告大阪市は、市教委を設置する普通地方公共団体である。
(ウ) 本件高校の校長
原告在勤中における本件高校の校長は、平成28年4月から平成29年3月までがC校長(以下「C校長」という。)であり、平成29年4月から令和4年3月までがD校長(以下「D校長」という。)である。(甲26・3枚目、丙12、証人D)
なお、D校長には視覚障害があるが、本件高校には視覚障害を有する生徒や教諭はほとんど在籍していなかった。(丙11)
(2) 本件移管
ア 本件支援学校の廃止
被告大阪府は、平成26年10月3日、大阪市立学校設置条例(昭和39年大阪市条例第57号)中の「特別支援学校」の規定を削る旨を定めた同条例の一部を改正する条例(平成26年大阪市条例第132号)を公布し、その改正条例の施行期日を平成28年4月1日と定めた。また、大阪市立特別支援学校学則を廃止する規則(平成28年3月11日大阪市教育委員会規則第4号)を平成28年4月1日から施行し、大阪市立特別支援学校学則(平成20年大阪市教育委員会規則第37号)を廃止した。
以上の条例・規則の改正等により、本件支援学校を含む大阪市立特別支援学校は、いずれも平成28年3月31日をもって廃止された。
イ 大阪府立d支援学校の設置
被告大阪府は、大阪市立特別支援学校の廃止に伴い、それらの学校施設を用いて大阪府立支援学校を設置するため、平成26年10月31日、大阪府立学校条例の一部を改正する条例(平成26年大阪府条例第169号)を公布し、同条例3条において大阪府立d支援学校を含む府立支援学校の新たな設置について定めた。そして、当該改正条例の附則で定める当該改正条例3条の規定の施行期日を定める規則を制定し、その施行期日を平成28年1月1日と定めた。
以上の条例の改正等により、大阪市立特別支援学校の廃止に伴って、それら特別支援学校の学校施設を用いた大阪府立d支援学校を含む大阪府立支援学校が平成28年1月1日に設置された。
(上記ア、イにつき、乙2の1〜3、3の1・2、弁論の全趣旨)
(3) 本件移管に伴う採用選考等
ア 市教委と府教委の協議
市教委と府教委は、平成26年10月以降、本件移管に伴う教員配置や採用選考の実施について協議を進めた。(弁論の全趣旨)
イ 採用選考
府教委は、本件移管に伴い、大阪市立特別支援学校に勤務する教育職員を対象に大阪府立学校に勤務を希望する者を募集するため、「大阪市立特別支援学校の教育職員を対象とする大阪府公立学校長、教員、実習助手及び寄宿舎指導員採用選考」(以下「本件採用選考」という。)を行うこととし、平成27年7月17日、その案内文書を発出した。
本件採用選考においては、対象者の「年齢・資格要件等」として、@同月1日現在、大阪市立特別支援学校に在籍し、平成28年3月31日まで在職予定の者、A平成27年7月1日現在、分限休職中又は停職処分中でない者、B昭和31年4月2日以降に出生していることのほかに、C「市教委が推薦する者」との要件を全て満たすことが定められていた。
(以上につき、甲3、丙5)
ウ 市教委の推薦基準の策定
市教委と府教委の間で協議が行われ、平成27年7月14日、最終的に以下のとおり市教委の推薦基準(以下「本件推薦基準」といい、特に下記(イ)の「推薦しない者」の基準を指すときは「本件「推薦しない者」の基準」という。)が定められた。(丙2、3、弁論の全趣旨)
(ア) 市教委の推薦について
上記イの資格要件のC「市教委が推薦する者」について、推薦基準は次の3点を満たすものとする。
a 職務を遂行しうる知識、技能等を有すること
b 人物性行がその職にふさわしいこと及び当該職務に適格性を有し、これに堪え得る者
c 当該職務を遂行しうる身体状況であること
(イ) 推薦しない者について
平成27年7月1日以前1年以内において懲戒処分を受けた者のうち、当該非違行為の内容が、児童・生徒への教育指導上不適切な指導の場合又は公務員としての根本に関わる場合については、推薦基準(ア)bに抵触することから、推薦しないものとする。
(ウ) 基準日以降に申込対象外の者と同様と認められることになった者
原則として推薦を取り消すものとする。なお、合格発表後においては、推薦取消しによる合格取消しとなることがある。
(4) 原告に対する懲戒処分等
ア 非違行為の発覚
本件支援学校の校長は、平成27年5月上旬、原告の生徒に対する非違行為(以下「本件非違行為」という。)があったとの報告を受け、事実関係を確認した上、市教委に対し、本件非違行為を報告した。(弁論の全趣旨)
イ 本件非違行為に係る事実関係の調査の実施
市教委は、本件非違行為に係る事実関係の調査を開始し、平成27年7月9日及び同月10日に本件支援学校の関係者らから、同月29日に原告本人から、それぞれ聴き取り調査を実施した。(丙8、弁論の全趣旨)
ウ 顛末書の提出
原告は、平成27年8月4日、市教委に対し、おおむね下記内容の事実経過を記載するとともに、生徒に不快な思いをさせたり驚かせたりしたことについて反省している旨を記載した顛末書(以下「本件顛末書」という。)を提出した。(丙9)
(ア) 平成24年度の東洋医学一般に関して
症状を聞きデモンストレーション的に治療を行い授業に興味関心を持たせる意図で行いましたが、その際に生徒への説明及び同意が不十分な状態で行ってしまいました。
また、経穴の学習の時に模型での学習は分かりにくいと考え、生徒の身体では押さえにくい部位を生徒の手を取り私の身体で経穴の位置を押さえる学習に重きを置きました。その際、生徒の同意を十分得ないまま行ってしまいました。
(イ) 平成26年度の指圧実技に関して
授業中にその場の雰囲気を壊す失言をしてしまいました。
(ウ) 平成27年度の鍼灸実技に関して
授業中に声掛けを忘れたまま衝立を越え、施術対象部位の肩甲間部の皮膚及び筋肉の触診を行ってしまいました。数年ぶりの鍼灸実技とはいえ、臨床実践の感覚で声掛けをせずに行ってしまいました。
エ 本件非違行為の認定
市教委は、平成27年8月25日、本件非違行為を認定し、原告に対し、本件非違行為が地公法33条に違反するとして、地公法29条1項各号に基づき、「向う3月間1月につき給料及び地域手当の合計額の10分の1を減ずる」旨の懲戒処分を行うことを内部で決めた。(甲6)
オ 市教委の原告に対する懲戒処分
市教委は、平成27年8月27日、原告に対し、「向う3月間1月につき給料及び地域手当の合計額の10分の1を減ずる」旨の懲戒処分(以下「本件懲戒処分」という。)をするとともに、処分事由説明書(丙6。以下「本件処分事由説明書」という。)を交付した。
本件処分事由説明書には、処分事由として、「あなたは、平成27年4月21日、b1支援学校高等部専攻科理療科(以下「理療科」という。)の鍼灸実技の授業において、■の露出した背中に、事前に声をかけることなく不必要に手で触れ、不快感を与えた。また平成24年度及び26年度にも、授業中に、生徒の年齢等について不適切な発言を行ったり、事前に十分な説明をすることなく女子生徒の身体に触れるなどした。」と記載されている(以下、平成27年4月21日の行為を「平成27年度の行為」、平成24年度の行為を「平成24年度の行為」、平成26年度の行為を「平成26年度の行為」といい、これらの行為を併せて「本件各行為」という。)。
原告は、本件懲戒処分について審査請求及び抗告訴訟の提起をせず(第9回弁論準備手続調書)、本件懲戒処分は確定した。
(以上につき、甲4、丙6、弁論の全趣旨)
(5) 原告に関する採用選考
ア 本件採用選考への応募
原告は、所定の提出期限である平成27年8月19日までに、本件支援学校の学校長に対し、採用選考申込書を提出し、本件採用選考に応募した。(弁論の全趣旨)
イ 市教委による原告を府教委に推薦しない旨の決定
市教委は、平成27年8月26日、本件非違行為につき、「非違行為の内容が、児童・生徒への教育指導上不適切な指導の場合」であり「人物性行がその職にふさわしいこと及び当該職務に適格性を有し、これに耐え得る者」との推薦基準を満たさないと判断し、本件採用選考において原告を府教委に推薦しない旨の決定(以下「本件決定」という。)をし、翌27日、原告に対し、本件懲戒処分を受けたことを理由として原告を本件採用選考において推薦しないことを通知した。これを受けて、原告は、市教委の人事担当者と協議した上で、本件採用選考への応募を取り下げる意向を示し、市教委は、原告に対し、提出された採用選考申込書を返却した。このため、市教委から府教委に対して選考書類(採用選考申込書及び市教委推薦書)は送付されず、被告大阪府において原告に係る採用選考は行われなかった。
(以上につき、甲68、101、弁論の全趣旨)
(6) 原告の本件高校への異動に至る経過
ア 原告の保有する教員免許が「盲学校特殊教科教諭1種免許状(理療)」のみであり、同免許に基づき勤務できるのは特別支援学校しかなく、特別支援学校が被告大阪市から被告大阪府に移管されれば、原告が分限免職となる可能性があった。このため、被告大阪市において同免許のみでも勤務できる具体的な職種を検討したところ、実習助手であれば勤務できることを確認した。
しかし、被告大阪市は、当時、教諭から実習助手に転任できる制度が存在しなかったことから、原告が平成28年4月に教諭から実習助手に転任できるよう「平成28年度大阪市公立学校実習助手選任選考要綱」(丙7)を作成した。
イ 市教委は、原告に対し、実習助手への転任について説明及び提案したところ、原告は、これに応じる意向を示し、平成28年2月25日付けで、市教委に対し、「大阪市立公立学校実習助手転任選考申込書」を提出した。
ウ 市教委は、平成28年3月8日、本件支援学校の校長宛てに、原告が大阪市立公立学校実習助手への転任選考に合格した旨を通知した。
エ 市教委は、その後、原告に対し、本件高校への異動を命じ、原告は、平成28年4月1日以降、本件高校において実習助手として勤務した。
(上記ア〜エにつき、丙7、弁論の全趣旨)
(7) 本件高校の施設の状況
本件高校の校内の配置図は、別紙1のとおりであり、職員室の配置図は、別紙2のとおりである。(弁論の全趣旨)
(8) 本件訴訟の提起等
原告は、平成31年2月21日、当庁に本件訴訟を提起し、同年3月5日、被告らに対し、訴状がそれぞれ送達された(当裁判所に顕著な事実)。
(9) 関係法令等の定め
別紙3「関係法令等の定め」のとおり。なお、以下では、同別紙で定義した略称を用いる。
2 争点
(1) 本件採用選考において市教委が原告を推薦しなかったことが国賠法1条1項上違法であるか(争点1)
(2) 府教委が本件採用選考において市教委に対して原告を推薦しないよう求めたか及びかかる行為が国賠法1条1項上違法であるか(争点2)
(3) 本件高校における市教委又は校長の原告に対する対応が国賠法1条1項上違法であるか(争点3)
(4) 原告の損害額(争点4)
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点1(本件採用選考において市教委が原告を推薦しなかったことが国賠法1条1項上違法であるか)について
(原告の主張)
ア 被告大阪市が障害者雇用促進法36条の3に基づく合理的配慮提供義務(以下、同条の3に基づく義務を、単に「合理的配慮提供義務」という。)を負っていたこと
(ア) 市教委が原告に対して本件採用選考において府教委に推薦しない旨の本件決定を伝えたのは障害者雇用促進法36条の3の施行日よりも前であるが、下記a〜dの各事情に鑑みれば、本件決定については、条理上、同条の3の趣旨が妥当し、市教委には合理的配慮提供義務があったと解すべきである。
a 本件採用選考は、本件移管に伴う諸々の準備の一環として行われた。
b 本件採用選考において、市教委が推薦した教員は平成28年4月1日付けで府教委に採用され、市教委が推薦しなかった教員は同日付けで特別支援学校教員の職を失う不利益を受ける。
c 合理的配慮指針(障害者雇用促進法36条の5参照)は、上記施行日の1年以上前である平成27年3月25日付けで告示されていた。
d 原告は、市教委から本件決定を伝えられてから本件提訴に至るまで、原告が所属する教職員組合を通じて、市教委に対し、本件移管後の本件支援学校において引き続き理療科教諭として勤務できるよう求める要請を続けていた。
(イ) 原告は、特別支援学校において理療(あん摩・マッサージ・指圧、はり、きゅう)を教育する教員養成を目的とするa大学理療科教員養成施設を卒業後、平成6年4月に本件支援学校の理療科教諭として採用され、平成28年3月まで22年間にわたり本件支援学校の理療科教諭として理療教育に精励し、同分野における高度の専門性を有していた。
被告大阪市は、合理的配慮提供義務の一環として、本件採用選考において、特別支援学校理療科教諭としての高度の専門性を有する原告が被告大阪府に採用されるよう原告を推薦すべき法的義務を負っていたにもかかわらず、これを怠った。
イ 本件推薦基準が無効であること
(ア) 本件推薦基準が違憲かつ違法であること
本件採用選考においては、「受験資格」として、地公法16条及び学教法9条に該当しないことが定められているところ、本件推薦基準は、地方公務員及び教員の適格性の審査基準を定めるという同一の規制目的であるにもかかわらず、地公法16条及び学教法9条の規制を上回る規制を内容とするものであり、矛盾抵触するものであるから、憲法94条に違反し、違憲かつ違法である。
また、市教委と府教委が合意して本件推薦基準を定めたことにより、受験資格はあるが、本件推薦基準を満たさないために、採用選考を受験することができない場合があるのは、幸福追求権としての公務就任権(憲法13条)及び職業選択の自由(憲法22条)に対する公権力による制限である。このような基本的人権に対する制限は法律によってのみ行うことができるから、本件推薦基準は憲法41条に違反する。
したがって、本件推薦基準は、憲法13条、22条1項、41条及び94条に違反して違憲、違法であり、その瑕疵は重大かつ明白であって、本件推薦基準は無効であるから、本件決定は違法、無効である。
(イ) 本件「推薦しない者」の基準が合理的でなかったことが令和3年採用選考における「推薦しない者」の基準によって裏付けられたこと
府教委と市教委は、令和3年採用選考における「推薦しない者」の基準について「直近3年間(平成30年度以降)で停職処分を受けた者」とすることで合意した。その一方で、府教委は、直近3年間に限らず、過去に懲戒処分を受けたことがある者については、その全員に対し、面接を実施することを決定し、個別に面接を実施し採否を決定する方式を採用した。原告は、令和3年採用選考に応募し、個別に面接を受けた結果、採用された。
このように、本件「推薦しない者」の基準は、令和3年採用選考における「推薦しない者」の基準と対比して厳格に過ぎるものであり、合理的なものでなかったことが裏付けられた。
ウ 本件懲戒処分が無効であること
以下に述べるとおり、本件懲戒処分には重大かつ明白な瑕疵があるから、本件懲戒処分は無効であり、本件推薦基準の適用に当たって本件懲戒処分を考慮することはできない。
(ア) 処分事由が特定されていないこと
本件処分事由説明書に掲げられた懲戒処分対象行為のうち平成24年度の行為と平成26年度の行為については、具体的な日時や発言内容、授業中の行為か否か、触れた身体の部位等についての記載が一切なく、全く特定されていない。
(イ) 理由の記載が不十分であること
本件処分事由説明書には、懲戒処分の根拠条文(地公法29条1項各号)と事実関係の記載があるが、地公法29条1項各号の処分要件はいずれも抽象的である上、これらに該当する場合にいずれの処分をするかが処分権者の裁量に委ねられているから、被告大阪市において定められている懲戒処分の指針を参照しても、どのような事実が認定された結果、当該処分がされたのか直ちに分からない。
また、本件懲戒処分に至る経過において、原告は、重要な事実関係及びその法的評価について争い、それが複数に及んでいた。
さらに、本件懲戒処分に至る過程において、被告大阪市の平成27年第20回教育委員会会議は、市教委事務局の原案のうち処分量定を減給1か月から減給3か月に改めて可決したが、処分量定が重くなった理由が全く不明である。
これらの事情を勘案すれば、本件懲戒処分に至るまでに市教委が原告に対して事情聴取を行い、原告が市教委に対して本件顛末書を提出していたなどの事情を考慮しても、原告が本件処分事由説明書の記載によって処分の原因となった事実を当然に知り得たとはいえず、本件処分事由説明書の記載は、地公法49条1項の趣旨に照らすと、不十分である。
(ウ) 本件懲戒処分が事実誤認に基づくものであること
原告は、平成27年4月21日、鍼灸実技の授業において、「不必要に」生徒の背中に触れたのではなく、施術対象部位の肩甲間部の皮膚及び筋肉の触診をしたものである。皮膚の触診をした目的は、施術対象者の皮膚が荒れている場合には風邪をひいている等体調がよくないことを知ることができることを指導するためであり、筋肉の触診をした目的は、施術対象部位である肩甲間部が肺に近く、誤って鍼を深く刺しすぎた場合には外傷性気胸を起こすおそれがあり、これを防止するためには筋肉の厚みと安全深度を知る必要があることを指導するためである。
市教委は、原告が事情聴取でそのことを説明し、本件顛末書にも記載したにもかかわらず、これを無視して、根拠なく原告が「不必要に」生徒の背中に触れたとの事実認定をしたものであり、甚だしい事実誤認がある。
(エ) 本件懲戒処分は、懲戒処分に関する指針の解釈適用を誤るものであり、裁量権の逸脱・濫用に当たること
被告大阪市は、懲戒処分に関する指針を定めているところ、本件処分事由説明書に記載された事実関係は同指針の定めるセクシュアル・ハラスメントの行為類型に該当しないだけでなく、その他の標準例にも該当しない。このことは、「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指針」(平成18年厚生労働省告示第615号。以下「厚労省指針」という。)に照らしても明らかである。
それにもかかわらず、被告大阪市は、原告を一方的に責め立て、根拠もなく、原告の言動をセクシュアル・ハラスメントと決めつけたものであり、懲戒処分に関する指針の解釈適用を誤るものであって、本件懲戒処分には裁量権の逸脱・濫用があるる。
エ まとめ
以上によれば、本件採用選考において市教委が原告を府教委に推薦しなかったことは、国賠法1条1項上違法である。
(被告大阪市の主張)
ア 被告大阪市には合理的配慮提供義務違反がないこと
(ア) 障害者雇用促進法36条の3の施行日は、平成28年4月1日であり、それよりも前の本件決定には適用されない。
原告は、前記の原告の主張ア(ア)のa〜dの各事情を根拠として、同条の3の趣旨が妥当し、市教委に合理的配慮提供義務があったと主張するが、その根拠が不明である。
この点を措くとしても、障害者雇用促進法は、合理的配慮を提供すべき場面を募集・採用時と採用後とで明確に区別している。採用に関する本件決定が採用後における合理的配慮提供義務を定めた同条の3に違反する余地はない。
(イ) 市教委は、本件非違行為が児童・生徒への教育指導上不適切な指導に該当するものと判断し、本件推薦基準に従って本件決定をしたにすぎない。本件決定は、原告の障害を理由とするものではなく、原告が障害を理由に不利益を被ったわけではないから、障害者雇用促進法の趣旨は妥当しない。
(ウ) したがって、仮に本件決定時に施行前の同法が適用され、あるいは、条理上同法の趣旨が妥当するとしても、市教委は、合理的配慮提供義務を負わない。
イ 本件推薦基準が有効であること
(ア) 憲法94条違反の主張について
a 本件推薦基準は、市教委と府教委との間の協議で定められた単なる採用基準にすぎず、憲法94条にいう「条例」には当たらない。
b 学教法9条は、条件を満たさない者について原則として採用しないという消極的条件としての欠格事由を定めたものであるのに対し、本件推薦基準は、被告大阪府が特別支援学校の移管に伴い教職員を採用するための積極的条件を定めたものであり、両者の趣旨・目的は全く異なる。
学教法9条の趣旨・目的は、教員として不適格であることが明らかな者を教育現場から排除することであり、それ以外の者が教員として採用されることを保障するものではない。本件推薦基準は、同条の意図する目的・効果を何ら阻害するものではないから、同条には抵触しない。
c したがって、本件推薦基準は憲法94条に違反しない。
(イ) 憲法13条、22条1項及び41条違反の主張について
憲法13条及び22条1項は、地方公共団体に対し、欠格事由に該当しない者全てに対して採用選考を受験するための機会を保障する義務を課すものではない。地方公共団体は、法律に定められた欠格事由とは別に、当該地方公共団体にとって必要な人材を確保するための合理的な採用基準を設けることが許容されるから、本件推薦基準は憲法13条及び22条1項に違反しない。
また、本件推薦基準は、本件移管に伴い被告大阪府において必要な人材を確保するための採用基準にすぎず、何ら国民一般の基本的人権を制約するものではないから、憲法41条に違反しない。
ウ 本件懲戒処分が適法であることについて
(ア) 処分事由が特定され、理由記載が十分であること
原告は、平成27年7月29日、本件各行為について詳細な事実確認のための事情聴取を受け、本件各行為に関して何ら聞き返すことなく回答し、そのわずか6日後に本件顛末書を作成している。そして、本件処分事由説明書の交付日は、その約4週間後である。以上の経緯からすれば、原告は、平成24年度の行為及び平成26年度の行為がどのような内容を指すのかを十分認識していたといえる。
したがって、処分事由は特定されており、本件処分事由説明書の記載は十分かつ適切なものである。
(イ) 事実誤認がないこと
原告は、平成27年4月21日の鍼灸実技の授業において、事前に何ら声を掛けることなく、女子生徒の露出した背中に一、二分間も触れ続け、当該生徒に対し、「肌が荒れている。風邪気味ではないか。」と発言した。かかる行為態様からすれば、原告の行為が触診の指導のためであったとは考え難く、平成27年度の行為について「不必要に」触れたとの評価は合理的であるから、何ら事実誤認はない。
(ウ) 裁量権の逸脱・濫用の主張について
本件非違行為は、その行為態様からして懲戒処分に関する指針の定めるセクシュアル・ハラスメントや厚労省指針の定める性的言動の定義に該当する。
被告大阪市が原告を含む各教員に対して周知している「教職員による幼児・児童・生徒に対するセクシュアル・ハラスメントを防止するためのガイドライン」(丙10。以下「ガイドライン」という。)では、セクシュアル・ハラスメントの判断基準として、本人の訴えや第三者からみて看過できない程度の具体的な被害や不利益が生じていること、あるいは、生じようとしていることが基準であり、基本的には、被害を受けた本人の感じ方(嫌だと思うこと)が判断基準として重要であると定めており、このことは、懲戒処分に関する指針や厚労省指針とも矛盾しない。
本件において、平成27年度の行為及び平成24年度の行為の被害生徒が不快な思いをしたと感じており、平成26年度の行為についても、年齢や体格等に関する質問を受け又は言及された生徒や発言を聞いていた他の生徒が不快に感じるものである。
したがって、本件非違行為は、いずれもセクシュアル・ハラスメントに当てはまり、市職員基本条例及び懲戒処分に関する指針の解釈適用に誤りはないから、本件懲戒処分に裁量権の逸脱・濫用はない。
(エ) これらのことからすると、本件懲戒処分は適法である。
エ まとめ
以上によれば、本件採用選考において市教委が原告を推薦しなかったことは、国賠法1条1項上違法であるとはいえない。
(2) 争点2(府教委が本件採用選考において市教委に対して原告を推薦しないよう求めたか及びかかる行為が国賠法1条1項上違法であるか)について
(原告の主張)
ア 被告大阪府は、障害者雇用促進法36条の2に基づく合理的配慮提供義務として、原告の障害特性や原告が被告大阪府に採用されない場合に被る不利益の内容や大きさ等について十分に考慮し、特段の事情のない限り、原告を採用する義務を負っていた。しかるに、府教委は、本件採用選考において、原告の応募について市教委と協議し、市教委に対し、原告を推薦しないよう求め、市教委に原告を推薦することを断念させた。かかる府教委の対応は、上記義務に違反し、国賠法1条1項上違法である。
イ なお、府教委が市教委に対して本件採用選考において原告を推薦しないよう求めたのは同条の2の施行日よりも前であるが、府教委が市教委に対して本件採用選考において原告を推薦しないよう求め、市教委がこれに応じて原告を推薦しなかった一連の行為については、条理上、同条の2及び同条の3の趣旨が妥当するから、府教委には同条の2に基づく合理的配慮提供義務があったと解すべきである。
(被告大阪府の主張)
ア 府教委が市教委に対して原告を推薦しないよう求めた事実はない。
イ 原告が市教委から推薦されなかったのは、本件非違行為が本件推薦基準を満たさないと判断されたからにすぎず、府教委が市教委に対して原告を推薦しないよう求めたものことによるものではない。
ウ 本件採用選考は、障害者雇用促進法36条の2の施行期日である平成28年4月1日よりも前に行われており、府教委の対応が同法違反とはならない。
(3) 争点3(本件高校における市教委又は校長の原告に対する対応が国賠法1条1項上違法であるか)について
(原告の主張)
ア 合理的配慮提供義務の法的性質
平成25年の障害者雇用促進法の改正の経緯及び趣旨に鑑みれば、地方公共団体は、同法の施行と同時に、その雇用する地方公務員に対し、全面的に、合理的配慮提供義務を負うに至ったというべきである。そして、同法36条の3の制定経緯、趣旨目的、法的枠組み等を検討すれば、同条の3は私法的効力を有するものと解すべきである。
イ 採用後の合理的配慮の手続
以下に述べるとおり、市教委は、原告に対し、合理的配慮指針の定める手続を全く履践しなかったから、被告大阪市には、合理的配慮提供義務違反があり、これは国賠法1条1項上違法である。
(ア) 市教委は、原告が障害者であることを本件高校への異動前に把握していたにもかかわらず、異動時までに原告に対して職場において支障となっている事情の有無を確認しなかった。
(イ) 市教委は、必要に応じて定期的に本件高校において原告に支障となっている事情の有無を確認すべきであったにもかかわらず、これをしなかった。
(ウ) 市教委は、本件高校において原告に支障となっている事情があれば、その改善のために原告が希望する措置の内容を確認すべきであったにもかかわらず、これを確認しなかった。
(エ) 市教委は、原告に対する合理的配慮の提供が必要であることを確認した場合は、合理的配慮としてどのような措置を講じるかについて原告と話合いをすべきであったにもかかわらず、これをしなかった。
(オ) 市教委は、原告との話合いを踏まえ、その意向を十分に尊重しつつ、具体的にどのような措置を講じるかを検討し、講じることとした措置の内容又は原告から申出のあった具体的措置が過重な負担に当たると判断した場合には、当該措置を実施できないことを原告に伝え、また、当該措置の実施に一定の時間がかかる場合には、その旨を原告に伝えるべきであったにもかかわらず、これをしなかった。
(カ) 市教委は、講じることとした措置の内容等を原告に伝える際、原告からの求めに応じて当該措置を講じることとした理由又は当該措置を実施できない理由を説明すべきであったにもかかわらず、これをしなかった。
ウ 採用後の合理的配慮の内容
以下に述べるとおり、市教委は、原告に対し、採用後の合理的配慮として、下記各措置を講じるべきであったにもかかわらず、これを講じなかったから、被告大阪市には、合理的配慮提供義務違反がある。
(ア) 設備面について
a パソコンについて
(a) 校務支援パソコン
T 原告は、昇給と密接に関連する勤務評定や年休申請、年末調整等の多数の事務的作業を校務支援パソコンを使用して行わなければならなかった。原告は、2019年度分目標管理シート(甲25)及び要望書(甲32、33、43)においてその旨を要望していたから、市教委又は校長は、校務支援パソコンに点字ディスプレイを導入すべきであったのに、かかる措置を講じなかった。
U 国は、地方公共団体における障害者の就労を進めるため、必要な施設や設備の設置、整備等に要する経費に対して地方交付税措置を講じることとしているから(甲77、78)、前記Tの措置が予算の観点から困難であるとはいえない。
V 「公務部門における障害者雇用マニュアル」(甲17、89)に照らすと、音声ソフトが導入されていれば足りるとするのは、誤りである。
(b) 情報処理実習室のパソコン
T 本件高校の情報処理実習室に設置されたパソコンは17インチ程度の画面であり、原告にとっては、画面が小さく、文字や画像等が非常に見えにくく、指導に際して生徒の後方から画面を見るのは困難であった。原告は、平成29年度自己申告票(甲23)、平成30年度の目標管理シート(甲24)及び2019年度の目標管理シート(甲25)において、その旨を要望していたから、市教委又は校長は、同室のパソコン画面を大型化(21インチ程度)又は音声ソフトを導入すべきであったのに、かかる措置を講じなかった。
U 令和4年4月1日に本件高校が被告大阪市から被告大阪府に移管されることに伴い、同年3月中に情報処理実習室の全てのパソコンが入れ替えられ、その際、原告が要望する21インチ程度の画面のパソコンを選択すれば解決していた。
また、現在、市販されているパソコン画面は、21インチ以上で横16:縦9の画面サイズのものが主流であり、かつ、その販売価格についても、画面サイズによる価格差が小さくなっており、代表的なパソコンメーカーのオンラインストアサイトにおいても、17インチの企業向けスクエアモニターの販売価格の方が高くなっている。
したがって、多額の費用を要することは上記Tの措置を講じない理由とはならない。
b 照明について
(a) 常時点灯又はセンサー式照明の設置について
T 本件高校においては、数年前から節電のため玄関や廊下の照明を消すことが日常的に行われており、原告は、視野が狭く、暗いと見えづらいため、歩行について非常に恐怖を感じていた。このため、市教委又は校長は、本件高校の玄関や廊下の照明を常時点灯するか、あるいは、少なくともセンサー式照明を備え付けるべきであったのに、かかる措置を講じなかった。
U 本件高校の玄関付近は、昼間は南向きで明るいが、原告は夜盲であり、「暗順応」が悪い(明るいところから暗いところに入った場合に目が慣れるのに時間が掛かる)ことから、外が明るい分だけ玄関及び玄関ホールが暗く感じられる。その反面、夜間は、外の通りは街灯で明るいが、玄関照明の影が玄関の外二、三メートル付近にできるため、暗く危険な場所がある。
V 節電が社会的要請であるとしても、障害者である労働者に対する使用者の合理的配慮提供義務は社会的要請にとどまらない法的義務である。市教委又は校長は、常時点灯やセンサー式照明の設置に係る具体的な費用について何ら検討していないから、合理的配慮提供義務違反を免れない。
(b) LED照明への取換えについて
市教委又は校長は、本件高校の照明がより明るくなるようにLEDに取り換えるべきであったのに、令和2年8月末まで、かかる措置を講じなかった。
c 玄関や校内の歩行ルートの安全について
(a) 点字ブロックの設置について
T 本件高校の玄関の外に点字ブロックが一部設置されているが、この点字ブロックの誘導に従って進むと、使用されていない玄関ドアにぶつかる。また、玄関から職員室に至る通路にも点字ブロックは設置されておらず、イベント開催時に混雑する玄関ホール付近における安全な歩行ルートが確保されていない。原告は、2019年度の目標管理シート(甲25)及び要望書(甲32、33)において、その旨を訴えていた。このため、市教委又は校長は、実際に使用されている玄関ドアにつながる通路及び玄関から職員室への通路に点字ブロックを設置すべきであったのに、かかる措置を講じなかった。
U 点字ブロックには既存のタイルの上に貼り付けるタイプのものもある。原告は、現在使用されている玄関ドアにつながる通路への点字ブロックの設置を要望したのであり、従来設置されている点字ブロックを剥離して撤去するよう要望していないから、必ずしもタイルを剥離する必要はなく、膨大な費用を要するものではない。
したがって、膨大な費用を要することは、前記Tの措置を講じない理由とはならない。
(b) カラーコーンの設置等について
市教委又は校長は、段差や危険箇所に原告の視認しやすい色のカラーコーンを設置する、テープを張る、大きな貼り紙をすべきであったのに、これらの措置を講じなかった。
危険な障害物については、人が近づくとセンサーで感知して警告音や音声を発する装置もあり、被告大阪市においてカラーコーンで不十分というのであれば、市教委又は校長はこのような支援装置の導入についても検討すべきであった。
d 障害物について
原告は、平成30年度の目標管理シート(甲24)、2019年度の目標管理シート(甲25)、令和2年2月3日の期末面談及び要望書(甲32、33)において、原告の校内の通路の安全確保を要望していたから、市教委又は校長は、その安全確保をすべきであったにもかかわらず、以下に述べるとおり、これを怠った。
(a) 廊下
しばしば荷物を積んだワゴンやキャスター付きの椅子などの大きな障害物が放置されている。特に玄関付近は障害物が多数あり、教職員と生徒が通路で立ち話をしたり、生徒が床に座り込んだりしていることが多い。
また、学校行事時には、通常は物が置かれていない場所に物が置かれていることがある。そのため、物が置かれている時間帯とともに、事前に原告に知らせ、注意喚起する必要がある。
(b) 職員室の通路
職員室内の通路の幅(机と机の間の距離)は70〜80cmであるが、しばしばキャスター付きの袖机が通路にはみ出した状態で放置されており、その結果、通路の幅が50cm程度に狭まっている。また、通路に荷物を置いたり、通路の真ん中で立ち話をしたり、各個人のレターケースの前でしゃがみ込んで書類の配布や取出しをしている教職員もいる。そのため、原告の安全な通行に支障を来している。
(c) 更衣室のロッカー
しばしば更衣室のロッカーに鍵を差したまま放置している教職員がおり、視覚障害のため壁面であるロッカーに沿って歩行する原告にとっては非常に危険である。
(イ) 運営面について
a 担当科目について
原告は、平成29年自己申告票(甲23)及び要望書(甲32、33)において、担当科目について要望したから、市教委又は校長は、原告の担当科目について配慮すべきであったのに、以下に述べるとおり、これを怠った。
(a) 全般
T 原告は、担当授業を細かい文字が多い表計算のプログラミング等ではなく、比較的文字の大きいワープロソフトの指導を中心に変更することや、画像処理系の写真や空間的配置を伴う科目の担当を避けること等を要望したが、D校長は、「実習助手として担当する実習科目は決まっており配慮することはできない、視覚障害で指導することができなくてもかまわない、それが合理的配慮だ。」などと答えるのみであった。
U 原告は、商業科主任から「校長から担当科目の配慮の指示は来ていない。指示のないものは行えない。」と言われ、健常者と同様の授業担当とされた。
V 原告は、同僚の実習助手と共同で事務作業を行う際、視野狭窄のため視線を動かしての照合作業などは難しいことを説明し、取り組みやすい仕事内容に変更してもらいたい旨要望したが、同人から「あなたは、視覚障害といってもパソコンの画面が見えてそうだから、事務作業に何も問題はないと認識している。」と言われた。
(b) 各年度の担当科目について
T 平成29年度
通常の商業科実習助手の担当時間に加え、事前に何の相談もなく、車椅子の生徒の支援担当を割り当てられたが、当該支援業務は、原告にとって危険であり、かつ、負担の重いものであった。
U 平成30年度
原告が上記Tの支援業務の負担が過重であることを訴えた結果、担当授業時間数が軽減され、車椅子の生徒の支援を担当する日とトイレ介助を担当する日が分けられた。しかし、原告は、当該生徒の支援を担当する日には、授業の終わる5分前に教室を離れ、別の教室にいる当該生徒の支援に駆け付けるという、通常考えられないような業務態様を求められ、依然として負担が大きかった。
V 平成31(令和元)年度
車椅子の生徒が卒業し、かつ、支援専任の実習助手が赴任したため、原告は、支援担当を割り当てられず、商業科実習授業のみを担当することとなった。
W 令和2年度
担当科目は商業科の実習助手2名の間で決定しているが、もう1人の実習助手が原告より先輩であるため、事実上、もう1人の意向によって担当科目が決められており、原告の意向が考慮されることはなかった。令和2年度は、もう1人の実習助手が昼間の電子商取引の授業を担当したくないと言ったことから、原告が当該授業を担当せざるを得なかった。当該授業は、生徒の人数が多く、かつ、原告には極めて見えにくい小画面のダブレットを使用するため、原告の肉体的・精神的苦痛は相当大きかった。
b 学校行事等について
原告は、平成29年度の自己申告票(甲23)及び要望書(甲32、33)において、学校行事について要望したから、市教委又は校長は、原告に対する学校行事等の役割分担について配慮すべきであったのに、以下に述べるとおり、視覚障害者への理解のないまま、学校行事等の役割分担を原告に機械的に割り当てた。
(a) スポーツ大会
T 原告は、機械的に「レクリエーション卓球」の受付担当を割り振られた。しかし、受付名簿の文字の大きさについては、16ポイントのゴシック体とすることが望ましいにもかかわらず、何ら配慮がされていなかったため、原告は、来訪者の名前を探すのに手間取ることが多く、来場者と名簿とを照合するのに非常に困難を来した。
U 令和2年度のスポーツ大会では、原告の担当は、事前の話合いもなく、パターゴルフに変更された。当日、原告には球拾いの仕事が割り当てられ、球を拾うのに長時間を要し、また、球を拾いに行く際に衝突する危険もあった。
(b) 平成29年度の水族館(海遊館)への校外学習
原告は、機械的に車椅子の生徒の支援(介助)担当を割り当てられ、館内が暗いため、足下や障害物が見えにくく、非常に怖い思いをした。
(c) 平成30年度のエルおおさか(大阪市立労働会館)での映画観賞会
原告は、機械的に車椅子の生徒の支援(介助)担当を割り当てられ、館内が暗く、入退場時及びトイレ使用時等において、足下や障害物が見えにくく、非常に怖い思いをした。
(d) 令和2年度のひらかたパークへの校外学習について
D校長と学年主任の協議により、原告は、参加しないこととされたが、事前に原告の意向が確認されることはなく、校外学習の要綱が配布された後に、D校長から「参加しないでよいか。」と確認された。
c 配布物について
(a) 点字化について
T 原告は、2019年度目標管理シート(甲25)及び要望書(甲32、33)において、点字化を要望していたから、市教委又は校長は、点字プリンターを備え付け、配布物を点字化して原告に配布するべきであったにもかかわらず、かかる措置を講じなかった。
U 点字プリンターは、学校向けに本体価格18万円(税別)で販売されている等、普及に向けた取組みが進んでおり、予算上の措置からすると高額な機器ではないから、予算を要することは、上記Tの措置を講じない理由とはならない。
(b) 16ポイント・ゴシック体の活字化について
市教委又は校長は、配布物について、16ポイント・ゴシック体で印刷した書面を原告に配布すべきであったのに、かかる措置を講じず、かえって読みづらい単に拡大コピーしただけの書面を配布したにすぎなかった。
d 掲示物について
原告は、令和2年4月10日、D校長からの聴き取りに対し、掲示物を個別に配布してほしいとの希望を述べ、校長もこれに応じる旨約束したから、原告に対して掲示物を個別に配布すべきであったにもかかわらず、かかる措置を講じず、掲示物のごく一部しか個別に配布しなかった。
(ウ) その他について
a 担当者の設置について
合理的配慮指針においては、「障害種別にかかわらず、障害者が円滑に職務を遂行するために、業務指導や相談に関し担当者を定めること」を合理的配慮の具体的事例として挙げており、職制上の上司ではなく、障害者の合理的配慮についてある程度の専門知識を備えた相談担当者を決める必要がある。このため、市教委又は校長は、障害種別にかかわらず、原告が円滑に職務を遂行するために、業務指導や相談に関し担当者を定めるべきであったにもかかわらず、かかる措置を講じなかった。
b 他の職員への説明について
市教委又は校長は、原告のプライバシーに配慮した上で、原告の本件高校における他の教職員に対し、原告の障害の内容や必要な配慮等を説明すべきであったにもかかわらず、かかる措置を講じなかった。
本件高校においては、校長から他の教職員に対し、原告の障害の内容や必要な配慮等についての説明がされたことは一度もなく、原告は、自ら申し出て、令和3年4月1日の職員集会において、他の教職員に対し、自らの障害の内容及び必要な配慮について説明をした。
(被告大阪市の主張)
ア 事業主が障害者雇用促進法を遵守する義務は公法上の義務であり、直ちに労働者に対する私法上の義務を構成するものではない。
イ 合理的配慮提供義務の目的は、他の労働者との均等な待遇確保や能力の有効な発揮にあるから、合理的配慮の提供がなかったことによって均等な待遇確保や能力の有効な発揮という目的を達成することができなかった場合又はこれらの目的の達成のために原告に過大な負担が生じていた場合に初めて国家賠償をもって慰謝すべき程度の精神的損害が発生したと評価されるべきである。
ウ 障害者雇用促進法36条の3の趣旨に照らせば、本件高校における市教委又は校長の対応が違法であるか否かを判断するに当たっては、以下の点に着目すべきである。
(ア) 事業主に合理的配慮提供義務が課されるのは、障害のある労働者が円滑な職務の遂行の支障となると感じるという主観的事情によるものではなく、労働者の有する障害が実際に円滑な職務の遂行の支障となるという客観的具体的事情が認められることが前提である。
(イ) 事業主に合理的配慮の提供が義務付けられるのは、障害のある労働者自身の努力や工夫によっても支障が改善できないことが前提であり、障害により円滑な職務の遂行が阻害されているとしても、原告がある程度の努力や工夫を払えば解消できるものであれば、配慮の必要性はないし、仮に配慮が必要であるとしても、原告が主張するとおりの方法ではない簡易な方法で相当とすべき場合もあり得る。
(ウ) 合理的配慮指針によれば、採用後における合理的配慮については、@事業主の職場において支障となっている事情の有無等の確認、A合理的配慮に係る措置の内容に関する話合い、B合理的配慮の確定(当該労働者に対して合理的配慮の提供ができない理由等の説明も含む。)という流れで合理的配慮を提供するものとされている。
したがって、合理的配慮提供義務の具体的な内容については、障害を持つ労働者と事業主との話合いを踏まえ実情に応じて決めるべきものである。事業主が講じるべき義務の有無やその内容については、当該労働者との話合いにおいて当該措置が必要とされていたか否かが考慮要素とされるべきである。
(エ) 障害者雇用促進法36条の3ただし書の定めのとおり、「過重な負担」であれば事業主は当該措置を講じる義務を負わない。そして、合理的配慮指針によれば、「過重な負担」であるか否かは事業活動への影響の程度、実現困難度、費用・負担の程度、企業の規模、企業の財務状況、公的支援の有無などの要素に従って判断することとされている。障害のある労働者を雇用する事業主は、限られた資金の中でどのような措置を講じるかを検討することになるが、当該措置を講じる必要性が高くなければ、限られた資金から当該措置の費用を捻出することは事業主にとって実現困難で負担感が大きく、措置の必要性の程度と費用を含む実施のための負担との比較によって「過重な負担」であるか否かは異なる。
被告大阪市のような地方自治体が運営する学校においては、障害を持つ個々の労働者の特性に配慮して予算が決まるわけではなく、当該学校に割り当てられる予算はあらかじめ前年度中に明確に決められていることから、そもそも予定外の支出を伴う対応を取ることが難しく、場合によっては議会の議決が必要になる等手続上も負担が大きい点についても考慮が必要である。
エ 採用後の合理的配慮の手続について
(ア) 原告の主張イ(ア)について
被告大阪市は、大阪市立公立学校実習助手転任選考のための面談をしており、通勤や業務などに関する原告の事情についてヒアリングをしている上、平成28年3月16日に行われたC校長による内示面談においても、原告本人の障害の状態や可能な事務作業等の確認をしている。
(イ) 原告の主張イ(イ)から(カ)について
本件高校の校長は、原告との間で面談を行い、原告の要望を踏まえて種々の合理的配慮をし、必要な説明等もしている。
(ウ) 仮に被告大阪市の対応に手続的瑕疵が存するとしても、原告に対する必要な合理的配慮が実際にされていたのであれば、これら手続的瑕疵のみを理由として原告に損害が生ずることは考えられない。
オ 本件高校における合理的配慮について
(ア) 設備面について
a パソコンについて
(a) 校務支援パソコン
T 実習助手にはそもそも校務支援パソコンを貸与されないのであるから、障害のない労働者との公平性を確保する上で、原告に対して通常よりも画面が大きな校務支援パソコンを提供することや点字ディスプレイを導入することは、客観的に必要と考えられる範囲に含まれない。そして、校務支援パソコンに音声ソフトが導入されているから、原告は、大きな画面や点字ディスプレイがなくても必要な作業をすることができる。
U 原告から校長に対し、平成28年3月16日の内示面談を除き、校務支援パソコンに関する要望が述べられたことはなかった。
(b) 情報処理実習室のパソコン
T 視覚障害を有する生徒や教諭がほとんど在籍していない本件高校において、情報処理実習室のパソコン画面を大型化したり音声ソフトや画面読みソフトを導入したりする必要性は低い上、対象となるパソコンは150台あり、これらの措置を講じるには多額の費用を要するから、被告にとって明らかに過重な負担となる。
U D校長は、原告から、情報処理実習室のパソコンについて、画面の大型化(21インチ程度)を要望されたことはなかった。
b 照明について
原告が本件高校に着任した当時、使用電力や経費の削減のため、公の施設において節電することは社会的要請となっており、これは本件高校においても異ならず、基本的に校内の電灯を常時点灯したままにしておくことはできない。D校長は、原告に対し、費用や環境への配慮から常時校内の照明を点灯させておくことはできない旨を説明し、平成29年度の定期面談の際に暗いと感じるようであれば自由に点灯させても構わない旨を伝えている。
本件高校の玄関は南向きで日中は日差しが直接入るし、周囲に街灯が複数あることから夜間においても一定の明るさは保たれており、玄関が他に比べて特に危険性が高いとは考えられない。もっとも、本件高校では、原告の要望を踏まえて、令和元年春頃から職員室に通じる廊下の照明を常時点灯するようにし、令和2年度からは、玄関ホールの照明については半分を常時点灯させており、D校長の指示により、原告より早い時間に出勤することが多い校長や管理作業員が原告の出勤時間帯には玄関や廊下の照明を点灯するように配慮している。
加えて、予算の制約上、校内における全ての照明を一挙にLEDに変更することはできないが、順次校内の照明をLEDに交換しており、原告の要望を踏まえて、令和2年8月25日には玄関付近の照明を優先的にLEDに取り換えた。
c 玄関や校内の歩行ルートについて
(a) 点字ブロックの設置等について
T 本件高校においては、玄関の自動ドアに生徒や職員証による認証システムを設置しているところ、費用面から2つあるドアの両方には設置できず、多くの生徒が通学してくる大通りに近く、使用人数の多いドアのみに設置することとなった。そのため、認証システムの設置されていない方のドア(点字ブロックが続くドア)は使用不可とせざるを得なかった。
U 本件高校においては、玄関ホールの突き当りから職員室までは一直線であり、歩行ルートが分かりやすい構造になっている上、通路幅は広いことなどから、安全な歩行ルートが確保されている。
V 点字ブロックは、タイルに密着させて設置されており、タイルを傷つけずに点字ブロックをタイルから剥離することはできないため、点字ブロックを撤去するにはタイルそのものを撤去しなければならない。現在設置している点字ブロックを剥離し、認証システムを設置しているドアまで新たに点字ブロックを設置するためには、玄関に設置されているタイル自体を全て剥離しなければならず、膨大な費用を要するのであり、現実的ではない。
(b) カラーコーンの設置等について
本件高校はバリアフリー構造となっており、階段を除いて段差がほとんどなく、通路も広いし、階段には手すりが設置されている。したがって、原告が主張するような措置(段差や危険個所に視認しやすい色のカラーコーンを設置する、テープを貼る、大きな貼り紙をする、点字ブロックを設置する等)を講じる必要性はない。
d 校内の障害物について
(a) 廊下
原告が提出する写真(甲60、61)は、文化祭期間中に撮影されたものであり、通常の校内の様子とは全く異なる。日常的に歩行の障害になるような教職員や生徒はおらず、仮にそのような状況があれば、原告が自ら視覚障害があることを教職員や生徒に伝えることによって改善できるし、白杖を使用することも考えられる。
(b) 職員室内の通路
職員室のスペースには限りがあることから、職員室の床上に全く物を置かないことや現状よりも余裕をもって机等を配置することは物理的に困難である。職員室内の原告の席は、通行しやすいように職員室の入口から一直線上の位置に配置する配慮をしている。
本件高校の教職員は、原告の傍を通る際には注意して通行するなど、実際に日頃から原告に十分に配慮して行動している。
実際の通路幅は原告が主張するよりも広い。原告が提出する職員室の写真(甲38、39)は、原告が通常通行する職員室の入口から原告の席までの通路を撮影したものではない。
(c) 更衣室のロッカーの鍵
更衣室のロッカーの鍵を鍵穴に差したままにしても、扉から手前に出る部分は数cm程度にすぎないし、ロッカーに沿って歩行する際に手の高さを鍵穴の高さからずらすことは容易であり、原告が主張するような支障が生じるとは考え難い。
D校長は、原告に対し、更衣の際には準備室を使用することを認めており、その旨も伝えている。
(イ) 運営面について
a 担当科目について
(a) 全般
T 原告の担当科目は、原告を含む商業科全員の合意の下で決定しており、D校長が、原告に対し、配慮できない旨を発言した事実はない。
U 商業科主任が、原告に対し、D校長から担当科目の配慮の指示は来ていないなどと発言した事実はない。
V 同僚の実習助手が、原告に対し、視覚障害といってもパソコンの画面が見えてそうだから、事務作業に何も問題はないと認識している旨を発言した事実はない。
(b) 各年度の担当科目について
本件高校においては、各年度の担当科目について、原告に対する合理的配慮として、以下の対応を行っている。
T 平成29年度
D校長は、同年度中の面談の際、原告から、介助担当を外れたいとの相談を受けなかった。
U 平成30年度
D校長は、原告から、授業の援助とトイレの介助の両方を担うのは負担が大きいとの話があったため、原告の担当する授業数を減らしたうえで、授業の援助とトイレ介助の担当の日を分ける配慮をした。
V 平成31(令和元)年度
D校長は、原告から介助については通路が狭くて危険であり、担当を外れたいとの要望があったため、原告を介助担当から外し、授業のみの担当とした。
W 令和2年度
D校長は、原告からタブレット授業が苦手であり担当を外れたい、夜間の授業の担当を外れたいとの要望を受けたが、いずれも担当しないとの要望を実現することは現実的に困難であったことから、夜間の授業についてのみ別の実習助手が担当することとした。
b 学校行事について
(a) スポーツ大会
T スポーツ大会における教員の担当は主に審判と受付のいずれかであるところ、激しい動きを伴うスポーツの審判は視覚障害を有する原告には負担が大きく困難であることは明らかであり、D校長は、むしろ原告の障害に配慮してより負担の小さい受付を担当してもらうことにしたものである。実際に原告が担当した卓球の受付業務が停滞・混乱した事実はない。
U D校長は、原告の要望を受け、令和2年度のスポーツ大会ではパターゴルフを担当してもらったが、パターゴルフの場合、競技の性質上、ボールが飛んでくることはなく、基本的に生徒自身がボールを拾うため、職員の業務はボール拾いではなく、監督であって、危険な業務ではない。
(b) 平成29年度の水族館(海遊館)での校外学習
原告は、平成29年度に車椅子を使用する生徒の介助補助を担当していたことから、D校長は、校外学習においても原告に当該生徒の介助補助担当として付き添ってもらうこととしたものである。加えて、校外学習において教員の担当する役割は事前に行われる会議で共有されることとなっており、同年度の校外学習においても、事前に会議で共有されていたが、原告から役割変更の申出はなかった。
(c) 平成30年度のエルおおさか(大阪市立労働会館)での映画鑑賞会
D校長は、当該映画鑑賞会において、当初、原告に受付及び生徒のトイレ介助の2つを担当してもらう予定であったが、事前に原告から2つの担当は負担が大きい旨の要望があったことから、原告が当該年度においても車椅子の生徒の介助補助員を担当していたとの事情を考慮し、トイレ介助のみを担当してもらうことにした。原告から事前に変更を求める旨の要望はなく、事後に不平や不満の申出もなかった。
(d) 令和2年度のひらかたパークでの校外学習
必ずしも実習助手は校外学習に同行することにはなっておらず、教員だけでは人手が不足する場合に同行を求めている。D校長は、人手が足りていた上記校外学習について原告に同行を依頼しなかったにすぎない。
c 配布物について
本件高校を含む公立高校には、配布物を点字化する作業ができる職員は在籍しておらず、多数の配布物を点字化する作業を外部に委託することは時間的にも費用面からも不可能であるし、点字プリンターについても個別に購入することは予算上困難である。
D校長は、要望書(甲32、33)の提出を受け、令和2年4月10日、原告と面談し、現場の負担を考えると各部署が原告のために文字のポイントを大きくした資料を作成し直すことは困難であることを説明し、事前に渡す資料を原告自身で拡大コピーしてもらいたいと伝えたところ、原告からは特段の対応は不要であるとの回答を得た。
d 掲示物について
D校長は、原告からの要望を受けて、各担当者に対し、掲示物が発生するたびに原告に個別配布するよう指示している。なお、D校長は、令和2年4月10日の面談を除き、原告から、掲示物に関して要望を受けたことはなかった。
(ウ) その他について
a 担当者の設置について
担当教科に関しては教科主任が、事務分掌に関しては分掌部長が原告の相談を受けることは職制上自明のことである。視覚障害を持つD校長は、原告に対していつでも相談するよう伝えており、原告についてのみ相談を受ける担当者を特別に定める必要性は認められないし、これまで求められたこともなかった。
b 他の職員に対する説明について
C校長は、原告が本件高校に配属された平成28年度に原告に対して障害を他の職員に伝えても構わないかを確認したところ、原告は自分で説明する旨を述べ、実際に説明をしていた。原告は、平成29年度も同様に説明していたため、D校長は原告の意向を尊重し、自ら積極的に説明することを控えたにすぎない。
本件高校においては原告に対する合理的配慮として種々の措置を講じているところ、かかる措置には他の職員の理解や協力が必要不可欠であり、D校長らは他の職員らに対し理解や協力を求めているし、他の職員らも原告の障害について十分理解し、配慮している。
(4) 争点4(原告の損害額)について
(原告の主張)
ア 慰謝料 合計200万円
(ア) 原告は、22年の長きにわたり、本件支援学校において理療科教諭としての職務に従事し、専門性を高めてきたにもかかわらず、被告らの前記(1)及び(2)の義務違反行為により、教諭から実習助手へと身分が変動し、職務内容の全く異なる専門性を生かすことのできない職種・職場への異動を余儀なくされた。これにより原告が受けた精神的苦痛に対する慰謝料は100万円を下らない。
(イ) 原告は、被告大阪市の前記(3)の義務違反行為により、日々危険にさらされ、職務の円滑な遂行を妨げられ、更なる視覚機能の低下に苦しめられている。これにより原告が受けた精神的苦痛に対する慰謝料は100万円を下らない。
イ 逸失利益 3227万6016円
原告は、本件移管後の大阪府立d支援学校の理療科教諭として採用されなかった結果、収入が顕著に減少した。原告が平成28年4月1日付けで同教諭として採用されていれば同月から令和12年3月末の定年退職時までに得られたであろう給与、賞与及び退職金との差額が逸失利益となる。
@ 平成28年4月1日から平成31年1月末まで
別表1と別表2の差額459万7030円
A 平成31年2月1日から定年退職時まで
別表3と別表4の差額2767万8986円
B @Aの合計3227万6016円
ウ 弁護士費用 342万7601円
本件訴訟の弁護士費用は、上記ア及びイの合計額の1割が相当である。
エ 合計 3770万3617円
(被告大阪市の主張)
争う。
(被告大阪府の主張)
争う。
第3 争点に対する判断
1 認定事実
前提事実等、後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(1) 原告が本件高校に異動するに至った経緯
原告は、平成6年4月、被告大阪市に理療科教諭として採用され、平成28年3月まで本件支援学校で勤務した。
もっとも、平成28年3月31日をもって本件支援学校を含む大阪市立支援学校が廃止され、同年1月1日、その施設を用いて大阪府立支援学校が設置されることになった(本件移管)。
本件移管に伴い、大阪市立特別支援学校の教職員を対象とする大阪府公立学校の教員等への採用選考(本件採用選考)が実施されることになり、原告もこれに応募した。本件採用選考において、「年齢・資格要件等」として、市教委の推薦が必要であった。
ところが、平成27年5月上旬頃、原告の生徒に対する非違行為が発覚し、その後、市教委による調査がなされ、原告は、同年8月4日、市教委に対し、おおむね本件非違行為の内容を認める旨の顛末書を提出した。
市教委は、同年8月27日付けで原告に対して本件懲戒処分をなし、これを理由に本件採用選考に推薦しないこととし(本件決定)、原告に対し、その旨を伝えた。
このため、原告は、本件採用選考への応募を取り下げた。市教委は、原告が分限免職になることを回避するため、教諭から実習助手に転任できる制度を整え、原告もこれに応じる意向を示したことから、実習助手選任選考を実施し、原告がこれに合格したことから、原告に対し、本件高校への異動を命じ、原告は、平成28年4月1日以降、本件高校で実習助手として勤務した。
(以上につき、前提事実等(2)〜(6))
(2) 原告の本件高校への異動前後の本件高校とのやり取り等
ア 原告は、平成28年2月10日、実習助手転任選考の説明に来た市教委の人事担当者と面談した。
イ 原告は、本件支援学校の管理職を通じて、校務支援パソコンの貸与を要望しようとしたが、同管理職からは直接本件高校に要望するように言われた。
ウ 原告は、平成28年3月16日、C校長と内示面談をした。C校長は、原告に対し、配布資料の文字が読めるかどうかを確認するとともに、赴任後に全介助の重度障害の生徒の担当を予定していること、その生徒が痰の吸引を必要とするため痰の吸引の外部講習に参加するように伝えた。これに対して、原告は、C校長に対し、校務支援パソコンの貸与を受けたい旨を要望した。
エ 原告は、本件高校に赴任して約1週間後、本件高校の管理職から、校務支援パソコンの配置及び音声ソフト(視覚障害者用)の導入を要望する旨の「具申書」を提出するように言われ、これをC校長に提出した。
原告は、赴任から約1か月後、音声ソフトの導入された校務支援パソコンの貸与を受けた。
(上記ア〜エにつき、甲101、丙11、原告本人、証人D、弁論の全趣旨)
(3) 原告の本件高校における職務内容等
原告は、教職員組合からの申入れもあり、平成28年度は、前記(2)ウの全介助の重度障害の生徒ではなく、トイレ介助を中心とする車椅子を使用する生徒の支援業務を担当し、年度途中から、支援のない時間に商業科実習授業に参加し、平成29年度以降は、上記と同様の支援業務(週4時間)及び商業科実習授業(週10時間)を担当し、平成31(令和元)年以降は、商業科実習授業(週14時間)のみを担当した。
商業科実習授業では、教諭が授業の運営と全体の指導をし、実習助手である原告が教室内を巡回して生徒の状況を把握し、遅れている生徒などに対する指導をし、教諭を補助するというものであり、実習教室の鍵の開閉や準備、清掃などの管理も行っていた。
原告の勤務時間は、@午前10時45分から午後7時15分、又はA午後0時45分から午後9時15分までである。
(以上につき、甲101、丙11、弁論の全趣旨)
(4) 原告の要望等
ア 校長との面談
原告は、平成28年度のC校長との期末面談において、「次年度の仕事について」(甲101・別紙2)を提出し、情報処理実習室のパソコン画面の大型化及び音声ソフトの導入を要望した。
D校長は、平成29年度以降、原告からの要望事項等を確認するため、下記イの自己申告票等を踏まえて、原告との間で、年3回の定期面談のほか、適宜面談をしていた。
D校長は、原告から視覚障害に関する要望があった際、できるかできないかを回答し、できない場合にはその理由を説明していた。
(以上につき、甲24、25、91、101、105、106、丙11、12、証人D、原告本人、弁論の全趣旨)
イ 自己申告票への記載
(ア) 原告は、平成29年1月26日、平成28年度の自己申告票(甲22)に、【今後の課題】として、「商業科の実習科目の指導にあたり、文字の少ない情報処理は何とか対応できるが、プログラムなど多数の小さい文字を扱うビジネス情報、さらに画像ソフトなどを用いる電子商取引では見え辛さのため指導の困難を感じた。生徒用パソコンへの音声ソフトの導入など行う必要がある。」と記載した(甲22)。
(イ) 原告は、平成29年度の自己申告票(甲23)に、同年9月8日には、@【進捗状況及び課題】として、「実習科目の指導の補助は、悪い視力ながら指導を行えている。パソコン画面の拡大化または音声化により、さらに充実した指導が行える。」、同年12月25日には、A【今後の課題】として、「パソコン画面をはっきり確認できればより正確に指導が行える。そのため画面の拡大化や音声化が必要である。」「校外学習の支援はどうにかこなせたが、水族館は暗くて見えず、一歩間違えば大ケガをする危険があった。」、平成30年3月頃には、B【今後習得したい知識・技能及び今後取り組みたいこと】として、「商業科の仕事分担の話し合いを拒否され押し付けられ、一方的に普通の人と作業能率が同じと決めつけられて視覚障害による事務作業の困難さも否定され仕事の負担を押し付けられる。教科に所属すると障害に応じた合理的配慮を求めるのは難しい状況ではないのだろうか。」と記載した(甲23、弁論の全趣旨)。
ウ 目標管理シートへの記載
(ア) 原告は、平成31年3月頃、平成30年度分の目標管理シート(甲24)の被評価者自由記入欄に、「合理的配慮により実習室のパソコン画面を大きいものにする、または画面読みソフトの導入により、生徒の作業状況がよりはっきりわかり、適切な指導が行えたのではないか。」「合理的配慮により職員資料の点字配布および支援パソコンのピンディスプレイ導入で、連絡事項を適切に知ることができたのではないか。」「学校行事などの分担も合理的配慮により、適したところに配置されることで能力を発揮できたのではないか。」「校舎内の照明を明るくする、通路上に物を置かないなど危険な状況を改善することにより、安全でかつ効率的に職務を行えたのではないか。」と記載した(甲24、弁論の全趣旨)。
(イ) 原告は、令和2年3月頃、2019年度分の目標管理シート(甲25)の被評価者自由記入欄に、「合理的配慮により情報処理実習室のパソコン画面を大きいものにする、または画面読みソフトの導入を望む。それにより生徒の作業状況がよりはっきりわかり、適切な指導がいっそう行える。」「合理的配慮により配布資料の点字配布および支援パソコンの点字ディスプレイの導入を望む。これにより連絡事項がより正確に把握できるのではないか。」「学校行事の分担も合理的配慮により、危険を回避し、より能力が発揮できる分担を望む。」「校舎内の照明をより明るく、点字ブロックの敷設、廊下やロッカーなど通路に荷物を置かないようにして安全な職場環境を望む。」と記載した(甲25、弁論の全趣旨)。
エ 要望書の提出
(ア) 原告は、令和2年4月1日、D校長に対し、@配布物の点字化と16ポイント・ゴシック体の活字化、A点字ディスプレイ及び点字プリンターの設置、B商業科パソコン室のパソコンへの音声合成ソフトの導入又は画面の拡大設置、C担当科目の決定に際しての合理的配慮、D玄関の点字ブロックの正しい敷設及び玄関から職員室までの点字ブロックの敷設、E校内施設及び通路の危険物の撤去と安全確保について要望する旨の要望書(以下「本件要望書@」という。)を提出した(甲32、33)。
(イ) 原告が加入するe教職員組合は、令和2年10月30日、市教委教育長に対し、@玄関及び職員室付近に誘導ブロックを正しく敷設し、安全な歩行通路を確保すること、A玄関、職員室及び更衣室の通路に予告なく物が置かれるため、そのような突然の障害物がないようにすること、B商業科実習のパソコン指導を行うためパソコン画面の大型化若しくは画面読みソフトの導入、C担当科目の決定に当たり視覚障害に十分に配慮した対応を行うこと、D学校行事に当たり、事前の説明と同意の上で視覚障害の安全に配慮した役割分担を行うこと、E活字と点字の両方での文書の配布及び原告からの提出の対応を行うこと、F校務支援パソコンに点字ソフト、点字ディスプレイ及び点字プリンターの配置を要望する旨の要望書(以下「本件要望書A」といい、本件要望書@と併せて「本件各要望書」という。)を提出した(甲43)。
(ウ) なお、作成日付として「令和元年6月 日」との記載がある原告の市教委教育長宛て要望書(甲31)は未提出である。(原告本人、弁論の全趣旨)
(5) 本件高校における対応等
ア 設備面について
(ア) パソコンについて
a 校務支援パソコン
本件高校において、校務支援用のパソコンは、教諭のみに貸与され、実習助手には貸与されていなかったが、前記(2)ウのとおり、平成28年3月16日の内示面談において、原告が校務支援パソコンの貸与を要望したため、原告が赴任して1か月後には、原告に対して校務支援パソコンが貸与され、これに音声ソフトが導入された。
当該パソコンの画面の大きさは、他の教諭に貸与されていたのと同じ約15インチであり、本件支援学校において原告を含む教諭に貸与されていたパソコン画面の大きさと同程度であった。
また、原告が導入を要望していた点字ディスプレイの価格は約20万円であり、D校長は、時期が定かではないものの、原告との面談の際、当該パソコンの点字ディスプレイの導入が予算の観点から困難である旨を伝えた。
(以上につき、甲91、101、丙11、12、原告本人、弁論の全趣旨)
b 情報処理実習室のパソコン
本件高校には5つの情報処理実習室があり、これらの部屋には生徒が使用する実習用のパソコンが約150台設置されている。当該パソコンの画面の大きさは約17インチであり、音声ソフトは導入されていない。また、当該パソコンは、リース物件であり、リース期間中に取り換えると違約金が発生することとされていた。
D校長は、時期が定かではないものの、原告との面談の際、原告が要望していた当該パソコンの画面の大型化及び音声ソフトの導入が予算の観点から困難である旨を伝えたが、令和4年4月の本件高校の被告大阪市から被告大阪府への移管に伴い、同年3月中に当該パソコン全てが入れ替えられ、その際、D校長が具申書を提出したことにより、当該パソコンの画面が約17インチから約21インチに大型化された。なお、音声ソフトの価格はおおむね数万円程度である。
(以上につき、甲91、101、丙11、12、証人D、原告本人、弁論の全趣旨)
(イ) 照明について
a 本件高校の玄関は南向きで、日中は日差しが直接入ることなどから、比較的明るい状態が保たれており、夜間についても、周囲に街灯が複数あって一定の明るさは保たれていた。
b D校長は、平成29年度の定期面談の際、原告に対し、玄関ホールの照明を自由に点灯させても構わない旨を伝えた。玄関ホールの照明スイッチは、校外から玄関を入ったすぐ右手(約9メートル)にある。
c 原告は、退勤時、職員室の自席付近から白杖を使用して帰るときもあったが、使用しないで帰ることもあった。また、原告は、外出時に本件高校の玄関を小走りで出ることもあった。
d 原告は、平成30年1月23日午後6時40分頃、夕食購入のため外出し、その帰りに本件高校の玄関を入った際、1階玄関ホールの柱の側面に右顔面を強打し、頸椎捻挫の傷害を負い、公務災害認定請求をした。原告は、災害発生状況報告書(甲28)に、「重度の視覚障害で極端に見える範囲が狭く、薄暗いと見えにくい状態である。当日も節電のため照明が消された状態であり、右に曲がる位置がわかりづらく少し手前で曲がったため柱の側面に激突した。」と記載した。
原告は、上記事故の前後にも夕食購入のため外出し、その帰りに本件高校の玄関を通行することがあったが、そのときには玄関ホールの柱に衝突することはなかった。
e 本件高校においては、従前、環境への配慮や経費の節減の観点から、節電のために校舎内の照明は常時点灯されなかったが、原告からの要望を受け、令和元年春頃以降、玄関ホールから職員室に通じる廊下の照明が常時点灯され、令和2年度からは、玄関ホールの照明の半分、令和3年度からは、玄関ホールの全ての照明が常時点灯された。また、本件高校の照明は玄関付近から優先的に順次LEDに交換されることになり令和2年8月25日、玄関付近の照明がLEDに交換された。
(上記a〜eにつき、甲27〜30、44、46、91、丙11、12、証人D、原告本人、弁論の全趣旨)
(ウ) 校内の歩行ルートについて
a 本件高校の玄関ドアには点字ブロックが続くドアと続かないドアがあったが、開校時に点字ブロックが続かないドアに認証システムが設置され、その後、セキュリティの観点から、点字ブロックが続く玄関ドアは締め切られた。
b 原告は、遅くとも本件要望書@において、玄関の点字ブロックの正しい敷設及び玄関から職員室への点字ブロックの敷設を要望した。
原告は、当初、玄関の点字ブロックにつき、既存の点字ブロックを剥離して日常使用されている玄関ドアに続く通路に設置し直すことを要望していたところ、D校長は、令和2年7月22日の面談において、原告に対し、玄関の点字ブロックは移設できない旨を伝えた。
D校長は、原告に対し、令和3年1月31日の面談において、玄関から職員室への点字ブロックを設置する予算の確保ができたことから、上記のように点字ブロックを設置する旨を伝え、同年7月27日の面談において、玄関の点字ブロックにつき、既存のタイルに貼り付ける方法でよいかを確認したところ、原告がそれで構わない旨を回答したので、そのように敷設する方向で取り組むこととした。
原告は、同年9月28日及び同年10月22日の面談において、D校長に対し、校舎内の通路全部に点字ブロックを設置するよう要望した。これに対し、D校長は、「教職員の中には、高齢の生徒(聴講生)が躓いたり危険があるのではないかと危惧する者がいる。」と述べ、かかる措置をとることは実現困難であるとの認識を示した。
原告は、令和4年10月31日、大阪府障がい者生活相談員に対し、「合理的配慮の申し出について」と題する書面(乙15の1)を提出し、本件高校の校舎内の点字ブロックの設置及び日常使用されている玄関ドアに続く点字ブロックの設置を要望した。
c 玄関前の点字ブロックについて、既存の点字ブロックを撤去した上で新たに敷設する場合の費用は81万円程度であり、既存の点字ブロックをそのままにして新たに敷設する場合の費用は43万円から50万円程度である(乙16・2頁参照)。
(上記a〜cにつき、甲32、33、91、乙15の1、16、丙11、12、弁論の全趣旨)
(エ) 障害物について
a 廊下
本件高校の校舎内の廊下には予告なく物が置かれることがあった。
原告は、本件高校の校舎内において、白杖を使用せず、出勤時には、電車が混雑していないとして白杖を使用せず、退勤時には、電車が混雑していることから、乗車する際や乗換え時に白杖を使用していたが、それ以外には使用していなかった。
(甲40〜42、45、46、55〜61、91〜100、原告本人、弁論の全趣旨)
b 職員室内の通路
職員室内の座席配置は、校務分掌部長が行っている。
原告の職員室内の座席は、令和3年3月まで職員室の入口から一直線に進んだ場所にあったが、同年4月に座席替えがあり、職員室の入口から一直線に進んだ場所から机と机の間の通路を右に約1m程度入った場所になった(別紙2の「原告」と記載された場所)。原告は、令和3年2月5日の面談において、D校長に対し、座席の後ろを人が通行することが少なく、落ち着いて仕事ができる奥の座席を希望する旨を伝えていたが、最終的にその場所は通行し難いとしてこれを希望しなかった。
職員室内の通路幅は約150〜200cmあり、キャスター付きの袖机が常時はみ出している状態ではなかった。
(甲38、39、62、63、91、丙11、12、15の1・2、弁論の全趣旨)
c 更衣室のロッカーの鍵
本件高校の1階には原告を含む職員らの更衣室があり、更衣ロッカーが並べて置かれていたが、鍵穴に鍵が差されたままの状態であることがあった。更衣室には簡易な応接セットが置かれているが、更衣ロッカーと応接セットの間の通路には一定の幅がある。
D校長は、令和3年3月22日の面談時までに、原告のための更衣室として6階準備室を用意し、その使用を許可した。
(甲58、65〜67、91、105、106、丙11、12、16の1・2、証人D、弁論の全趣旨)
イ 運営面について
(ア) 担当科目
本件高校において、各教員の担当科目は商業科全員の合意により決定されていた。
a 平成29年度の担当科目
原告が特段の要望を出したことはなかった。
b 平成30年度の担当科目
D校長は、平成29年度の期末面談において、原告から授業の援助とトイレ介助の両方を行うのは負担が大きいとの話があったため、平成30年度から原告の担当する授業数を減らした上で授業の援助とトイレ介助の担当曜日を分けた。
c 平成31(令和元)年度の担当科目
D校長は、原告から、介助は通路が狭くて危険であることから担当を外れたいとの要望があったため、原告を介助担当から外し、授業のみの担当とした。
d 令和2年度の担当科目
D校長は、原告からタブレット授業及び夜間授業の担当から外れたいとの要望があったが、いずれの担当も外れることは教員の数から困難であったことから、原告に対し、いずれの授業の担当を外れたいか確認したところ、夜間授業の担当を外れたい旨の回答があったことから、夜間授業の担当を別の実習助手の担当とした。
(上記a〜dにつき、甲91、丙11、弁論の全趣旨)
(イ) 学校行事
本件高校において、学校行事における役割分担は職員会議で決定されている。
a スポーツ大会
令和元年度のスポーツ大会の教員の担当には主に審判と受付とがあったところ、D校長は、原告により負担の少ないレクリエーション卓球の受付担当を割り当てた。
原告は、令和2年度のスポーツ大会で受付担当を変更してほしいと要望し、同年度のスポーツ大会ではパターゴルフの担当を割り当てられたが、事前に担当の変更を要望したことはなかった。もっとも、原告は、同大会後にボール拾いよりは受付の方がよかった旨を述べた。
b 平成29年度の水族館(海遊館)の校外学習
D校長は、原告が同年度に車椅子を使用する生徒の介助補助員を担当していたことから、同年度の校外学習においても同生徒の介助補助担当として付き添ってもらうこととしたが、原告が事前に担当の変更を要望したことはなかった。
c 平成30年度のエルおおさかの映画鑑賞会
D校長は、当初、原告に受付及び生徒のトイレ介助を担当してもらうことを考えていたが、原告から2つの担当を受け持つのは負担が大きいとの要望があったことから、原告をトイレ介助のみの担当とした。
d 令和2年度のひらかたパークの校外学習
D校長は、事前に原告の意向を確認せずに、原告に対して上記校外学習への同行を依頼しないこととし、その後、原告に対して同行しないことでよいかを確認したところ、原告はそれでよい旨を述べた。
(上記a〜dにつき、甲91、105、106、丙11、12、弁論の全趣旨)
(ウ) 配布物について
a 原告は、本件各要望書において、配布物の点字化及び16ポイント・ゴシック体の活字化を要望した。
b 本件高校において職員資料を点字化することのできる職員はおらず、外部委託は困難であり、他の職員が点字プリンターを操作するためにはその操作方法を習得する必要があった。
D校長は、時期が定かではないものの、原告と面談をした際、他の職員がその操作方法を習得する必要があることや予算の観点から点字プリンターの導入が困難である旨を伝えた。なお、点字プリンターの価格は約18万円である。
c 職員資料を16ポイント・ゴシック体の活字にするには、当該資料を一括変換するだけでは足りず、別途原告のために資料を作成する必要があった。
D校長は、令和2年4月10日の面談において、原告に対し、現場の負担を考慮すると原告のために文字のポイントを大きくした資料を作成し直すことは困難であることを説明し、事前に渡す資料を原告自身で拡大コピーしてほしい旨を伝えたところ、原告は、特段の対応は不要である旨を回答した。
(上記a〜cにつき、甲32、33、43、91、丙11、12、原告本人、弁論の全趣旨)
(エ) 掲示物について
原告は、令和2年4月10日の面談において、D校長から、点字に関して要望書に記載した以外で困っていることはないかを問われたことから、D校長に対し、「掲示物が貼られている位置が遠すぎて、目を近づけて読むことができない。原告に対しては掲示物を個別に配布してほしい。」と要望した。これを受けて、D校長は、各担当者に対し、原告に対して掲示物を個別配布するよう指示した。それ以降、原告は、本件要望書Aを含め、配布物の個別配布に関して要望を出したことはうかがわれない。(甲91、丙11、12、証人D、弁論の全趣旨)
ウ その他について
(ア) 担当者の設置について
本件高校において、原告からの相談を受ける特別の担当者は設置さなかったが、職制上、担当教科に関する相談は教科主任が、校務分掌については分掌部長が原告からの相談を受けることとされており、D校長も、原告に対し、何かあればいつでも相談するように伝えていた。(丙11、12、弁論の全趣旨)
(イ) 他の職員等に対する説明
D校長は、他の職員等に対して自らの視覚障害の話をするか否かを原告に委ねていた。原告は、平成28年4月初め及び平成29年4月初めの職員会議において、自らの視覚障害の話をし、平成30年から令和2年までは、職員会議で自らの視覚障害について話をしたことはなかったが、令和3年4月15日の職員会議において、自らの視覚障害について話をした。(甲76、91、105、106、丙11、証人D、弁論の全趣旨)
(6) 令和3年採用選考
府教委は、令和3年6月10日、令和4年の大阪市立高等学校の廃止及び大阪府立高等学校の設置に伴い、大阪市立高等学校等に勤務する教職員を対象に、令和3年採用選考を実施した。
令和3年採用選考においても、本件採用選考と同様、「年齢・資格要件等」として、「市教委が推薦する者」との要件を満たすことが定められていた。
また、過去に、刑事罰や、国家公務員法、地公法、就業規則に基づく懲戒、制裁の処分を受けたことがなく、かつ、文部科学省が提供する「官報情報検索ツール」により教員免許状が失効・取上げとなった事実がないことが確認できた者については、面接考査を免除することとされた。
(以上につき、甲88、弁論の全趣旨)
2 争点1(本件採用選考において市教委が原告を推薦しなかったことが国賠法1条1項上違法であるか)について
(1) 本件採用選考において市教委が原告を推薦しなかったことが合理的配慮提供義務に違反するとの主張について
原告は、障害者雇用促進法36条の3を根拠として、被告大阪市が本件採用選考において原告を推薦すべき職務上の法的義務を負っていた旨を主張する。
しかしながら、同条の3は、事業主について障害者である労働者の採用後の合理的配慮提供義務を定めたものであり(合理的配慮指針第4の1(2)参照)、障害者でない労働者との均等な待遇の確保や障害者である労働者の有する能力の有効な発揮の支障となっている事情の改善が問題となる場面において適用されるものである。これに対し、市教委が原告を推薦するか否かは、本件採用選考という新たな採用の局面に関するものであり、原告は本件採用選考において本件推薦基準に該当しないとして推薦されなかったにすぎず、均等待遇の確保や職場環境の改善が問題となる局面ではない。そうすると、市教委は、採用後の合理的配慮提供義務を定めた同条の3により、本件採用選考において原告を推薦すべき義務を負っていたということはできない。
加えて、前提事実等(8)のとおり、同条の3は、平成28年4月1日に施行されており、本件採用選考当時には施行されていなかったから、これを合理的配慮提供義務の発生根拠とすることはできない。
したがって、原告の上記主張は採用することができない。
(2) 本件推薦基準が憲法13条、22条1項、41条及び94条に違反するとの主張について
ア 憲法13条、22条1項及び41条違反の主張について
(ア) 憲法13条及び22条違反の主張について
a 本件推薦基準は、市教委が推薦する者について、@職務を遂行し得る知識、技能等を有すること、A人物性行がその職にふさわしいこと及び当該職務に適格性を有し、これに堪え得る者、B当該職務を遂行し得る身体状況であることとし、「平成27年7月1日以前1年以内において懲戒処分を受けた者のうち、当該非違行為の内容が、児童・生徒への教育指導上不適切な指導の場合又は公務員としての根本に関わる場合」については、Aに抵触することから、推薦しないとするものである(前提事実等(3)イ)。
このように、本件推薦基準において推薦しないこととされている者は、児童・生徒への教育指導上不適切な指導又は公務員としての根本に関わるような非違行為に及んで懲戒処分を受けた者であり、当該者については教員としての適格性を欠くと判断されてもやむを得ないものといえるし、懲戒処分を受けた時期についても1年以内という期間制限を設けており、それが不相当に長期にわたるものとはいえないから、本件「推薦しない者」の基準は、適格性を欠く教員を採用選考から除外するための必要かつ合理的なものということができる。
b この点に関し、原告は、令和3年採用選考において、「市教委が推薦しない者」の基準を「直近3年間(平成30年度以降)で停職処分を受けた者」に限定するとともに、応募者のうち過去に懲戒処分を受けたことがある者全員を対象として個別に面接を実施し採否を決定する方式が採用されたことをもって本件推薦基準の不合理性が裏付けられたと主張する。
しかしながら、推薦基準は、採用する者の合理的な裁量において、採用選考ごとに定められるものであり、ある採用選考において一定の基準を設けたからといって、これと異なる同種の採用選考の基準が直ちに不合理であるということはできず、たとえ本件「推薦しない者」の基準と令和3年採用選考における「市教委が推薦しない者」の基準が異なるとしても、そのことをもって直ちに本件「推薦しない者」の基準の不合理性が基礎付けられることにはならないから、原告の上記主張は採用することができない。
c 以上によれば、本件採用選考において本件推薦基準を設けた上、これに該当する者のみを推薦することは、憲法13条の幸福追求権又は憲法22条1項の職業選択の自由に対する必要かつ合理的な制限というべきであるから、これらの条項に違反するものではないというべきである。
(イ) 憲法41条違反の主張について
上記(ア)aのとおり、本件推薦基準は、本件採用選考に当たり、能力や適格性の観点から一定の要件に該当する者を推薦しないとするものである。
この点、消極要件である欠格事由については、特例を設けることが条例に留保されているが(地公法16条)、能力や適格性の観点から設けられる積極要件について、地公法は、採用選考について、「当該選考に係る職の属する職制上の段階の標準的な職に係る標準職務遂行能力及び当該選考に係る職についての適性を有するかどうかを正確に判定することをもってその目的とする」と規定するのみであり(地公法21条の2第1項)、特段の留保を設けておらず、個別の採用選考において応募者の能力や適格性をどのように判定するかやその基準について定めた規定も見当たらないことからすると、これらの事項を任命権者に委ねる趣旨であると解される。
そうすると、能力や適格性の観点から設けられる積極要件は必ずしも条例によって定める必要はなく、この理は本件推薦基準についても妥当するから、本件推薦基準は憲法41条に違反するものではない。
イ 憲法94条違反の主張について
本件採用選考において本件推薦基準を設け、これに該当する者のみを推薦することが地公法16条及び学教法9条各号に違反するかどうかは、それぞれの趣旨、目的、内容及び効果を比較し、両者の間に矛盾抵触があるかどうかによって決するのが相当である(最高裁昭和50年9月10日大法廷判決・刑集29巻8号489頁参照)。
これを本件についてみるに、地公法16条及び学教法9条各号は、地方公務員又は校長及び教員のいわゆる欠格事由(消極要件)を定めたものであるのに対し、本件推薦基準は、本件採用選考に当たって、能力や適格性の観点から一定の要件に該当する者については推薦の基準を満たさないとしてこれを推薦しないとするものであり、欠格事由(消極要件)を加重するものではなく、教員の採用選考に当たって一定の能力や適格性を有していることを求めるものである(積極要件)。このように、両者は、その趣旨を異にし、法による規制の目的と効果を何ら阻害するものではなく、かえって、地公法は、公務員として任用されるべき者が一定の能力や適格性を備えていることを求めていることからすると(地公法15条、21条の2第1項参照)、能力や適格性の観点から一定の積極要件を設けることを許容しているものと解される。
そうすると、本件推薦基準は、地公法16条及び学教法9条各号と矛盾抵触するものではないから、憲法94条に違反するものではない。
(3) 本件懲戒処分に重大かつ明白な瑕疵があり無効であるといえるか
そもそも原告が主張する本件懲戒処分の瑕疵は、それをもって重大かつ明白なものということはできないから、この点に関する原告の主張は失当であるが、以下では、念のために、原告が主張する瑕疵について検討する。
ア 処分事由の不特定及び理由不備の主張について
地公法49条1項は、懲戒その他の不利益処分を行う場合には、当該職員に対し処分の事由を記載した説明書を交付しなければならない旨を定めており、その趣旨は、処分権者の判断の慎重と合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、当該職員に処分事由を教示し、処分に不服があるときは不服申立てが可能であることを通知することにあるものと解される。このような趣旨に加え、原告は、平成27年7月29日、本件非違行為に係る事実関係の調査の一環として市教委から事情聴取を受け(前提事実等(4)イ)、その際、本件各行為の具体的内容について聴取された(丙8)上に、同年8月4日、府教委に対し、本件各行為を反省している旨の本件顛末書を提出しており(前提事実等(4)ウ)、本件各行為の内容を十分に認識していたと考えられることからすると、本件処分事由説明書には、処分の対象となった行為その他の事実の簡明な指摘と処分の根拠となった法条を記載すれば必要かつ十分であるというべきである。すなわち、本件処分事由説明書の記載内容は前提事実等(4)オのとおりであるところ、平成27年度の行為については、具体的な日、場面(鍼灸実技の授業)、対象者及び行為態様(露出した背中に、事前に声を掛けることなく手で触れた)が記載されていること、平成24年度の行為及び平成26年度の行為についても、具体的な日や発言内容の特定、身体の接触部位の記載はないものの、時期(平成24年度、平成26年度)及び場面(授業中)が記載されているほか、行為態様(生徒の年齢等について不適切な発言を行う、女子生徒の身体に触れる)の記載もあること、これらの行為がどの法条に違反するかも記載されていることに照らすと、処分の対象となった行為の簡明な指摘と処分の根拠となった法条が記載されているといえるから、本件処分事由説明書の処分事由の特定や理由の記載が不十分であるとはいえない。
イ 事実誤認の主張について
原告は、平成27年度の行為につき、施術対象者の皮膚が荒れている場合には風邪をひいている等体調が良くないことを知ることができることを指導するため、施術対象部位の肩甲間部の皮膚及び筋肉の触診をしたのであり、「不必要に」当該生徒の背中に触れたものではないとして、本件懲戒処分には事実誤認があると主張する。
この点、証拠(丙8、9)によれば、原告は、平成27年4月21日の鍼灸実技の授業中、別の生徒とペアで施術をしていた当該生徒のベッドの傍らに近づき、練習台となっていた当該生徒に対し、事前に声を掛けることなくその背中(左肩甲骨と背骨の間)を触り、1〜2分程度触った後、「肌が荒れている。風邪気味ではないか。」という趣旨のことを発言したことが認められる。
このように、原告は、当該生徒の背中を触る際に事前に声を掛けておらず、触っている間も指導のための発言があったとは認められないこと、触った後の「肌が荒れている。風邪気味ではないか。」との発言を指導のための発言とみることはできないこと、そもそも1〜2分もの間殊更上記部位を触る必要性があったことはうかがわれず、口頭での指導が可能であったとみることができることからすると、原告に上記のような指導目的があったとは認め難く、ほかにこれを認めるに足りる的確な証拠はない。このような平成27年度の行為の行為態様に照らすと、原告は「不必要に」当該生徒の背中に触れたものというべきであり、不必要に異性の身体に触れることがセクシュアル・ハラスメントに当たることは、懲戒処分に関する指針や厚労省指針に照らしても明らかであるから、本件懲戒処分に何ら事実誤認はない。
したがって、原告の上記主張は採用することができない。
ウ 裁量権の逸脱・濫用の主張について
地方公務員に対する懲戒処分について、懲戒権者は、懲戒事由に該当すると認められる行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響等のほか、当該公務員の上記行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等、諸般の事情を総合的に考慮して、懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきかを決定する裁量権を有しており、その判断は、それが社会通念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したと認められる場合に限り、違法であると判断すべきものと解される(最高裁昭和52年12月20日第三小法廷判決・民集31巻7号1101頁、最高裁平成2年1月18日第一小法廷判決・民集44巻1号1頁)。
これを本件についてみると、証拠(丙8)及び弁論の全趣旨によれば、@原告は、平成24年度、授業中に、〈ア〉女子生徒の鎖骨のすぐ下の部位を触って当該女子生徒から強く嫌がられたこと、〈イ〉事前の説明なく女子生徒の下腹部を自ら触る又は当該女子生徒の手を持って触らせたこと、〈ウ〉ツボを教えるためとして女子生徒の手を持って自らの鼠径部を触らせたことがあったこと、Aこのように授業中に事前の説明なく女子生徒の身体に触ることが繰り返しあったことから、同年6月頃授業の進め方について苦情があり、理療科長及び主任教諭から注意指導を受けるとともに、当該女子生徒本人に謝罪するなどしたこと、B原告は、平成26年度、〈ア〉前期又は夏休み中の補習の指圧の授業中、生徒を練習台として臀部の指圧をしていた際、「この中で一番の年上の人は誰ですか。」「次は誰が年上ですか。」「年齢を重ねるとお尻が垂れてくる。」と発言し、〈イ〉夏休みの補習の指圧の授業中、「お腹の肉は、胸にはなりませんよ。」と発言し、〈ウ〉指圧の授業中に「この中で一番、体重が重いのは誰ですか。」と発言したこと、C原告は、平成27年3月下旬及び同年4月9日にも、理療科長らから、生徒がセクハラだと感じれば、その行為は指導対象になる、言動には細心の注意を払い、必要以上に女子生徒に近づかないよう指示を受けていたことが認められる。
本件各行為が懲戒処分に関する指針や厚労省指針に照らしてセクシュアル・ハラスメントに当たることは明らかであるところ、かかる行為の性質及び内容、特に、@平成24年度の行為と平成27年度の行為は、事前に声掛けや説明なく女子生徒の身体を触るという点で共通性がみられ、言葉によるものではなく身体的接触を伴う点で女子生徒が感じた性的不快感は大きかったと考えられること、A原告は、平成24年度の行為により当時の理療科長及び主任教諭から注意を受け、さらには、上記のとおり、理療科長らから、生徒に対するセクハラ行為について注意喚起され、必要以上に女子生徒に近づかないように指示を受けていたにもかかわらず、平成27年度の行為に及んでいることに照らすと、本件各行為に対して相当の非難は免れないというべきであり、本件懲戒処分(給料及び地域手当の合計額の10分の1につき減給3月)が社会通念上著しく妥当を欠くとはいえず、その処分量定について与えられた裁量権の逸脱・濫用があったとはいえないから、これが違法であるとはいえない。
エ まとめ
以上によれば、本件懲戒処分は適法であり、およそ重大かつ明白な瑕疵があるとはいえないから、無効という余地はない。
(4) 小括
以上の次第であるから、本件採用選考において市教委が原告を推薦しなかったことが国賠法1条1項上違法であるとはいえない。
3 争点2(府教委が本件採用選考において市教委に対して原告を推薦しないよう求めたか及びかかる行為が国賠法1条1項上違法であるか)について
原告は、本件採用選考において府教委が市教委に対して原告を推薦しないよう求めたと主張する。
しかしながら、前提事実等(3)ア、イによれば、府教委は、本件採用選考に当たり、市教委と協議をして本件推薦基準を設けたものであるところ、その内容が必要かつ合理的なものであることは前記2(2)で説示したとおりである。そして、原告は、本件採用選考において、本件推薦基準を満たさなかったために市教委から推薦されなかったものであり、本件「推薦しない者」の基準に該当する者が原告のみであったとしても(丙2・3枚目)、府教委が市教委に対して原告を推薦しないように求めたということはできず、ほかにこれを認めるに足りる証拠はない。
したがって、本件採用選考において府教委が市教委に対して原告を推薦しないよう求めた事実は認められず、かかる行為があったことを前提としてそれが国賠法1条1項上違法であるとする原告の上記主張は、前提を欠いており、採用することができない。
4 争点3(本件高校における市教委又は校長の原告に対する対応が国賠法1条1項上違法であるか)について
(1)ア 判断枠組み
国賠法1条1項は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに、国又は公共団体がこれを賠償する責任を負うことを規定するものであるから、公務員による公権力の行使に同項にいう違法があるというためには、公務員が、当該行為によって損害を被ったと主張する者に対して負う職務上の法的義務に違反したと認められることが必要である(最高裁昭和60年11月21日第一小法廷判決・民集39巻7号1512頁参照)。
ところで、障害者雇用促進法36条の3が定める事業者の障害者である労働者に対する合理的配慮提供義務は、公法上の義務を定めたものと解される上、合理的配慮は、個々の障害者の状態や職場の状況などに応じて提供され、多様かつ個別性が高いため、基本的には労使間の調整により決定されるものであり、その内容が一義的に定まるものではない。事業者としては、特段の事情がない限り、障害者からの申出がなければ、具体的にどのような措置を講じるべきかを措定することは困難であり、当該労働者の意向を十分に尊重しつつ、過重な負担にならない範囲で合理的配慮に係る措置を講じることが求められると解されるのであり(合理的配慮指針参照)、この理は地方公共団体と任用された障害者である地方公務員との間にも妥当するというべきである。
そうすると、地方公共団体(担当部局や上司である地方公務員)は、障害者である地方公務員からの申出や両者間の協議等により、過重な負担にならない範囲で合理的配慮に係る措置を講じる職務上の法的義務を負い、これに違反した場合に国賠法1条1項にいう違法があったと解するのが相当である。
イ 原告の主張の検討
これに対し、原告は、同条の3の制定経緯、趣旨目的、法的枠組み等に照らし、同条の3が私法的効力を有することを前提として、地方公共団体は、同法の施行と同時に、その雇用する地方公務員に対し、全面的に同法に基づく合理的配慮提供義務を負うに至ったと主張するが、上記説示に照らし、採用の限りでない。
そして、公務員の職務行為が違法であることの主張立証責任は原告が負うべきところ、上記アのとおり、公務員の職務行為が違法となるのは当該公務員が職務上の法的義務に違反したと認められる場合であるから、原告は、当該公務員に職務上の法的義務違反があったことの前提として、当該公務員が負う職務上の法的義務の内容、その発生根拠となる事情及びその発生時期を具体的に主張立証する必要があるというべきである。
しかるに、原告は、上記のとおり、地方公共団体が同法の施行と同時にその雇用する地方公務員に対して全面的に同法に基づく合理的配慮提供義務を負うに至ったと抽象的に主張するのみで、その内容、発生根拠となる事情及び発生時期を具体的に主張立証せず、当裁判所の釈明にもかかわらず、かえって、上記の点についてこれ以上明らかにするつもりはない旨を陳述しており(第6回弁論準備手続調書)、自らが主張立証責任を負う請求原因事実を明らかにしていないから、原告の主張は失当であるといわざるを得ない。
したがって、その余の点について判断するまでもなく、本件高校における市教委又は校長の原告に対する対応が国賠法1条1項上違法であることを前提とする原告の請求には理由がない。
もっとも、原告は、本件高校における合理的配慮についてるる主張するので、以下では、念のためにこの点について検討することとする。
(2) 採用後の合理的配慮の手続について
原告は、前記第2の3(3)の原告の主張イのとおり、市教委又は校長は、合理的配慮指針の定める手続を全く履践しておらず、合理的配慮提供義務違反があると主張する。
しかしながら、認定事実(2)ウエ、(4)アによれば、@原告は、本件高校への赴任前にC校長の内示面談を受け、校務支援パソコンの貸与を受けたい旨を要望し、本件高校に赴任した約1か月後には音声ソフトの導入された校務支援パソコンの貸与を受けたこと、A原告は、本件高校への赴任後、D校長との間で、年3回の定期面談のほか、適宜面談をし、これらの面談において、本件高校において職務上支障となっている事項について種々の要望を出していること、BD校長は、原告からの視覚障害に関する要望に対し、それが実現困難であると判断した場合にはその旨や理由を伝えていたことが認められる。これらの事情によると、C校長やD校長は、合理的配慮指針の定める手続を履践していたということができる。
そうすると、市教委又は本件高校の校長が合理的配慮指針の手続を履践していないことによる合理的配慮提供義務違反があったとはいえないから、原告の上記主張は採用することができない。
(3) 採用後の合理的配慮の内容について
原告は、前記第2の3(3)の原告の主張ウのとおり、下記各項目について、市教委又は校長に合理的配慮提供義務違反があると主張するので、以下、順次、各項目について検討する。
ア 設備面について
(ア) パソコンについて
a 校務支援パソコン
原告は、校務支援パソコンに点字ディスプレイを導入すべきであった旨を主張し、認定事実(4)エ(ア)(イ)、オ(ア)(イ)によれば、原告は、令和2年4月以降、本件各要望書においてその旨の要望をし、平成30年度及び令和元年度の目標管理シートにも同趣旨の記載をしたことが認められる。
しかしながら、上記(2)で説示したとおり、C校長は、原告の要望を受け、遅くとも原告が本件高校に赴任した約1か月後には原告に対して音声ソフトの導入された校務支援パソコンを貸与している。点字ディスプレイが導入されれば原告の目の負担を軽減できる(原告本人・16〜18頁)ことを考慮しても、認定事実(3)のとおり、原告の職務内容は実習助手であり、原告が本件高校に赴任した平成28年度には生徒の支援業務が中心であり、平成29年度も支援業務を担当しながら商業科実習授業を担当し、平成31年度以降、同授業を担当するようになったもので、原告の主張を前提にしても、原告が校務支援パソコンを使用するのは勤務評定や年休申請、年末調整等の場面というのであり、必ずしも校務支援パソコンの使用頻度が高いとはいえず、点字ディスプレイの導入の必要性が高かったということができない。
これに加えて、認定事実(5)ア(ア)aによると、点字ディスプレイの価格は約20万円と高額であったことからすると、その導入は本件高校(被告大阪市)にとって「過重な負担」になるものといわざるを得ない。
したがって、本件高校が点字ディスプレイを導入しなかったことをもって、合理的配慮提供義務に違反したということはできない。
また、原告は、国が障害者の就労を進めるための必要な施設や設備の設置、整備等に要する経費に関し、地方交付税措置を講じており、予算上困難ではないと主張するが、上記措置は、原告の要望に係る経費と具体的に紐づけられたものではないから、上記措置が講じられていることをもって、本件高校(被告大阪市)に予算上の制約がないということはできず、上記判断を左右しない。
b 情報処理実習室のパソコンについて
原告は、本件高校の情報処理実習室のパソコンについて、その画面を大型化(21インチ程度)し又は音声ソフトを導入すべきであった旨を主張し、認定事実(4)ア〜エによれば、原告は、平成28年度の期末面談及び本件各要望書において同旨の要望をし、自己申告票及び目標管理シートにも同趣旨の記載をしたことが認められる。
しかしながら、前提事実等(1)イ(ウ)、認定事実(5)ア(ア)bによると、本件高校の5つの情報処理実習室には合計150台のパソコンが設置されているところ、これらのパソコンはリース物件であり、リース期間中に取り換えると違約金が発生するものであったこと、本件高校には視覚障害を有する生徒や教諭がほとんど在籍しておらず、上記措置の必要性が必ずしも高くなかったことが認められるのであり、これら150台にも及ぶパソコンの画面を大型化又は音声ソフトを導入するには多額の費用が必要であることは容易に推認できるところである。これらの事情に照らすと、原告がこれらを要望した平成28年度期末時点において、上記措置をとることは本件高校(被告大阪市)にとって「過重な負担」になるものといわざるを得ない(もっとも、認定事実(5)ア(ア)bのとおり、令和3年3月、本件高校において、D校長が具申書を提出することにより原告が要望する21インチ程度の画面のパソコンが導入されたことが認められるのであり、原告の要望が実現されている。)。
また、原告は、市販されているパソコンは、画面サイズによる価格差が小さくなっており、むしろ、画面サイズの小さいディスプレイの方が販売価格が高いと主張するが、パソコンの導入に際しては、画面の大きさと価格の比較だけでなく、性能面の検討も必要不可欠であるから、画面の大きさと価格のみを比較して導入の是非を論じる意味は乏しい上、仮にパソコン1台当たりの価格差が比較的少額であっても、150台分になるとやはり多額に上るというべきであるから、原告の上記主張は採用することができない。
したがって、本件高校(被告大阪市)が、令和3年3月まで情報処理実習室の150台ものパソコンの画面を大型化しなかった、又は音声ソフトを導入しなかったとしても、合理的配慮提供義務に違反したということはできない。
(イ) 照明について
a 原告は、本件高校は玄関や廊下の照明を常時点灯するか、少なくともセンサー式照明を備え付けるべきであったと主張する。
しかしながら、認定事実(5)ア(イ)のとおり、本件高校の玄関は南向きで、日中は日差しが直接入ることなどから、比較的明るい状態が保たれており、夜間についても周囲に街灯が複数あって一定の明るさは保たれていたことからすると、本件高校の玄関付近が原告にとって格別危険であったとまでは認めることができない。
そして、認定事実(5)ア(イ)によれば、本件高校においては、平成28年4月に原告が本件高校に赴任したとき、環境への配慮や経費の節減の観点から、節電のために校舎内の照明は常時点灯されていなかったものの、原告からの要望を受け、D校長は平成29年頃には原告が玄関ホールの照明を点灯することを了承したほか、本件高校において、令和元年春頃以降、玄関ホールから職員室に通じる廊下の照明が常時点灯され、令和2年度からは、玄関ホールの照明の半分、令和3年度からは玄関ホールの全ての照明が常時点灯されたことが認められる。
そうすると、本件高校(D校長)は、原告からの要望を踏まえ、適切な対応をとったということができるから、その対応に合理的配慮提供義務の違反があったと認めることはできない。
b これに対し、原告は、夜盲であり、「暗順応」が悪いことから、外が明るい分だけ玄関及び玄関ホールが暗く感じられると主張し、これに沿う陳述(甲91)及び供述(原告本人・3頁)をするが、原告自身、非常にまぶしい日にはサングラスを掛けて出勤し、順応の時間を短くするといった対応をとっていること(原告本人・3、4頁)、認定事実(5)ア(イ)bのとおり、D校長は、平成29年頃には原告が玄関ホールにある照明を点灯することを了承し、校外から入る場合、照明スイッチは、玄関ホールを入ったすぐ右手(約9メートル)にあることからすると、本件高校の玄関付近が原告にとって殊更危険であったとは認められない。
また、認定事実(5)ア(イ)dによれば、原告は、平成30年1月23日午後6時40分頃、夕食購入のために外出し、その帰りに本件高校の玄関を入った際、1階玄関ホールの柱の側面に右顔面を強打し、負傷したことが認められるものの、他方で、原告は、上記事故の前後にも夕食購入のために外出し、その帰りに本件高校の玄関を通行することがあったが、そのときは玄関ホールの柱に衝突することはなかったことが認められる。これらのことからすれば、原告も相応の注意をすれば、危険を回避することができるといえるから、上記事故をもって直ちに本件高校の玄関付近が原告にとって危険であったと認めることはできない。
さらに、原告は、夜間は、外の通りは街灯で明るいが、玄関照明の影が玄関の外二、三メートル付近にできるため、暗く危険な場所がある旨を主張するが、具体的状況が不明である上に、これに起因して原告に関する事故等が発生したことは認められないから、上記事実を認めることはできない。
また、原告は、本件高校の照明がより明るくなるようにLEDに取り換えるべきであったと主張するが、そもそも原告はD校長らに対してこの点を要望していないし、通常の照明とLED照明とで業務の遂行に生じる支障の程度が不明であり、しかも、通常の照明をLEDに取り換えるためには相当程度の費用を要することは容易に推認できる。認定事実(5)ア(イ)eのとおり、令和2年8月25日には、本件高校の玄関付近の照明がLEDに取り換えられたが、原告が本件高校に赴任してから同月まで、本件高校が玄関付近の照明をLEDに取り換えなかったことをもって、合理的配慮提供義務の違反があったと認めることはできない。
(ウ) 校舎内の歩行ルートについて
a 点字ブロックについて
原告は、実際に使用されている玄関ドアにつながる通路及び玄関から職員室への通路に点字ブロックを設置すべきであった旨を主張し、認定事実(5)ア(ウ)bによれば、原告は、本件要望書@において、同旨の要望をし、2019年度分の目標管理シートにも同旨の記載をしたことが認められる。
しかしながら、認定事実(5)ア(ウ)のとおり、原告は、当初、点字ブロックを敷設し直すことを要望していたところ、かかる措置は既に設置された点字ブロックをタイルから剥がす必要があり、そのためには約81万円もの多額の費用を要すること、本件高校の玄関から職員室への通路に点字ブロックを設置するには相当程度の費用を要すると考えられることからすると、かかる措置をとることは本件高校(被告大阪市)にとって「過重な負担」になるものといわざるを得ない。
そして、認定事実(5)ア(ウ)によれば、本件高校(被告大阪市)は、玄関から職員室までの通路に点字ブロックを設置する予算を確保できたことから、D校長が令和3年1月31日の面談において原告に対してその旨を伝え、令和4年3月に本件高校の玄関から職員室までの通路に点字ブロックを設置したことが認められるのであり、かかる本件高校(被告大阪市)の対応に何ら問題があったとはいえず、合理的配慮義務の違反があったと認めることはできない。
b カラーコーンの設置等について
原告は、本件高校が、カラーコーンの設置、テープを張る、大きな貼り紙をする、人が近づくとセンサーで感知して警告音等を発する装置の導入を検討すべきであった旨を主張する。
しかしながら、原告の職務の遂行において、かかる措置を必要とする具体的事情が明らかではなく、原告が本件各要望書等でかかる措置を求めていなかったこと(認定事実(4))からすると、本件高校は上記措置を講ずべき義務があったということができず、D校長らの対応に合理的配慮提供義務の違反があったと認めることはできない。
(エ) 障害物について
a 廊下
原告は、本件高校の廊下にはしばしば荷物を積んだワゴンやキャスター付きの椅子などの大きな障害物が放置されている旨を主張し、認定事実(4)エ(ア)(イ)によれば、原告は、本件要望書@において、校内施設及び通路の危険物撤去と安全確保を要望し、本件要望書Aにおいて、玄関及び職員室、更衣室の通路に予告なく物が置かれるため、そのような障害物が突然置かれないようにすることを求める旨を要望し、2019年度の目標管理シートにも同趣旨の記載をしたことが認められる。
しかしながら、認定事実(5)ア(エ)aによれば、本件高校の校舎内に予告なく物が置かれることがあったものの、原告が提出する証拠(甲40〜42、45、46、55〜61、92〜99)によっても、高頻度でそのような状況が生じていたことはうかがわれないこと、原告は、平成30年1月23日の事故(認定事実(5)ア(イ)d)及び令和3年4月23日に1階玄関ホールの掲示用衝立に衝突して負傷する公務災害を起こしたところ(甲73、74)、それ以外にも同様の状況があったにもかかわらず(原告本人・23、25〜27頁)、事故には至っておらず、危険を回避することができたと考えられること、原告は本件高校において廊下を通行するときなどに白杖を使用することも考えられるところ、認定事実(5)ア(エ)aのとおり、原告は、本件高校において白杖を使用しておらず、白杖の使用に支障があった事情はうかがわれないことが認められる。
これらのことからすると、偶々本件高校の廊下に予告なく物が置かれることがあったとしても、そのことをもって直ちに原告の通行に殊更危険な状況が生じていたとはいえないから、本件高校(D校長)の対応に合理的配慮提供義務の違反があったと認めることはできない。
また、原告は、特に玄関付近は教職員と生徒が立ち話をしたり、生徒が床に座り込んだりしていることが多いとも主張し、これに沿う陳述(甲91)及び供述(原告本人・30頁)をするが、原告の供述によっても、通路を空けてほしいと告げれば支障なく通行できたというのであるから(原告本人・30頁)、そのことをもって合理的配慮提供義務の違反があったと認めることもできない。
b 職員室内の通路
原告は、職員室の通路にキャスター付きの袖机がはみ出した状態で放置されていることがしばしばあり、安全な通行に支障を来している旨を主張する。
しかしながら、認定事実(5)ア(エ)bによれば、職員室内の通路は約150〜200cmあったこと、職員室内の通路にキャスター付きの袖机がはみ出していることもあったが常時そのような状態ではなかったこと、原告の職員室内の座席は、令和3年3月まで、職員室の入口から一直線に入った場所に配置されており、同年4月の職員室内の座席替え後も、机と机の間を右に入らなければならなかったものの、その距離は1m程度にすぎず、おおむね職員室の入口から一直線に入った場所に配置されていたことからすると、職員室内の通路の状況が原告にとって殊更危険な状況にあったとはいえず、そのことをもって本件高校(D校長)の対応に合理的配慮義務の違反があったと認めることはできない。
また、職員室内の通路に予告なく障害物が置かれているとする点については、上記aのとおりである。
c 更衣室ロッカー
原告は、更衣室のロッカーの鍵穴に鍵を差したまま放置している教職員がしばしばおり、非常に危険である旨を主張する。
しかしながら、認定事実(5)ア(エ)cによれば、本件高校1階更衣室の更衣ロッカーの鍵穴に鍵が差し込まれた状態のものがあったことが認められるものの、更衣ロッカーと応接セットの間の通路は一定の幅があったことが認められ、かかる状態が原告にとって殊更危険な状態であったとは認められないから、D校長がかかる状態を除去する対応をとらなかったとしても、合理的配慮提供義務の違反があったと認めることはできない。
かえって、認定事実(5)ア(エ)cによれば、D校長は、令和3年3月22日の面談時までに、原告のための更衣室として6階準備室を用意したことが認められる。このように原告のために更衣室として別室を用意することは、仮に原告が要望した措置ではないとしても、原告が要望した趣旨に沿うものであるから、本件高校は原告に対して合理的配慮をしたといえる。
イ 運営面について
(ア) 担当科目について
a 全般について
原告は、@D校長が「実習助手として担当する実習科目は決まっており配慮することはできない、視力障害で指導することができなくてもそれはかまわない、それが合理的配慮だ。」と発言した、A商業科主任が「校長から担当科目の配慮の指示は来ていない。指示のないものは行えない。」と発言した、B同僚の実習助手が「あなたは、視覚障害といってもパソコンの画面が見えてそうだから、事務作業に何も問題はないと認識している。」と発言した旨を主張し、これに沿う陳述(甲91)をするが、かかる陳述を裏付ける証拠はなく、直ちに上記各事実を認めることはできない。
b 平成29年度の担当科目
認定事実(5)イ(ア)aのとおり、原告は、平成29年度の担当科目について特に要望を出していなかったのであるから、前年度と同様の担当業務を割り当てられたとしても、本件高校(D校長)の対応に合理的配慮提供義務の違反があったと認めることはできない。
c 平成30年度の担当科目
認定事実(5)イ(ア)bによれば、D校長は、平成29年度の期末面談において、原告から授業の援助とトイレ介助の両方を行うのは負担が大きいとの話があったため、平成30年度から原告の担当する授業数を減らした上で授業の援助とトイレ介助の担当曜日を分けたことが認められる。このように、D校長は、原告からの要望を踏まえ、合理的配慮をしたということができる。
なお、原告は、授業の援助を担当する日について、授業の終わる5分前に離れ、別の教室にいる生徒の支援に駆け付けるという、通常考えられないような業務の態様であり、依然として負担が大きかったと主張するが、原告の主張を前提としても、相応の負担が生じることは否めないが、そのような業務の態様が原告の業務の遂行に過度の負担を生じさせるものとまではいえないから、上記認定を左右しない。
d 平成31(令和元)年度の担当科目
認定事実(5)イ(ア)cによれば、D校長は、原告から介助は通路が狭くて危険であることから介助担当を外れたいとの要望があったため、原告を介助担当から外し、授業のみの担当としたことが認められる。このようにD校長は、原告の要望を踏まえ、合理的配慮をしたということができる。
e 令和2年度の担当科目
認定事実(5)イ(ア)dによれば、D校長は、原告からタブレット授業及び夜間授業の担当から外れたいとの要望があったが、いずれの担当も外れることは教員の数から困難であったこと、そのため、D校長は、原告に対し、いずれの担当を外れたいかを確認したところ、夜間授業の方である旨の回答があったことから、夜間授業を別の実習助手の担当としたことが認められる。このようにD校長は、原告の要望を踏まえ、合理的配慮をしたということができる。
(イ) 学校行事について
a スポーツ大会について
(a) 認定事実(5)イ(イ)aによれば、令和元年度のスポーツ大会において、教員の担当には主に審判と受付とがあり、D校長は、原告にはより負担の少ないレクリエーション卓球の受付を担当してもらうこととしたことが認められ、D校長は合理的配慮をしたということができる。
なお、原告は、受付名簿の文字の大きさについて、16ポイントのゴシック体とすることが望ましいにもかかわらず、何ら配慮がされていなかったと主張するが、原告が事前に受付文字の大きさについて要望していたことを認めるに足りる証拠はないから、この点について、D校長の対応に合理的配慮提供義務の違反があったと認めることはできない。
(b) 認定事実(5)イ(イ)aによれば、原告は、令和2年度のスポーツ大会で受付業務から変更してほしいと要望し、同年度のスポーツ大会においてパターゴルフの担当を割り当てられたこと、原告は、事前に変更の要望を出したことはなかったことが認められる。
パターゴルフの担当が原告にとって支障がある業務であったと認めるに足りる証拠はないことから、D校長が上記スポーツ大会において原告にパターゴルフの担当を割り当てたことに、合理的配慮提供義務の違反があったと認めることはできない。
b 平成29年度の水族館(海遊館)の校外学習
認定事実(5)イ(イ)bによれば、D校長は、原告が同年度に車椅子を使用する生徒の介助補助員を担当していたことから、同年度の校外学習においても同生徒の介助補助担当として付き添ってもらうことにしたこと、原告は、事前に担当の変更を要望したことはなかったことが認められる。
本件学校が上記水族館の内部の暗さを事前に把握していたことをうかがわせる事情は見当たらないことからすると、D校長が原告に同年度の校外学習において同生徒の介助補助担当を割り当てたことをもって、合理的配慮提供義務の違反があったと認めることはできない。
c 平成30年度のエルおおさか(大阪市立労働会館)での映画観賞会
認定事実(5)イ(イ)cのとおり、D校長は、当初、原告に受付及び生徒のトイレ介助を担当してもらうことを考えていたが、原告から2つの担当を受け持つのは負担が大きいとの要望があったことから、トイレ介助のみを担当してもらったことが認められる。
そうすると、D校長は、原告からの要望を踏まえ、原告の学校行事の役割分担について合理的配慮をしたということができる。
d 令和2年度のひらかたパークへの校外学習について
認定事実(5)イ(イ)dによれば、D校長は、事前に原告の意向を確認することなく、令和2年度のひらかたパークの校外学習に原告が同行を依頼しないこととし、その後、D校長は、原告に対して同行しない扱いでよいかを確認したところ、原告はそれでよいとの意向を示したことが認められる。
このように、D校長の判断は、原告に校外学習への同行を依頼しないというものであり、これは原告の意向にも沿うものであったといえるから、D校長が事前に原告の意向を確認しなかったとしても、合理的配慮提供義務の違反があったとは認めることはできない。
(ウ) 配布物
原告は、配布物について、点字化や16ポイント・ゴシック体の活字化をすべきであった旨を主張し、認定事実(4)エによれば、原告は、本件各要望書において、同旨の要望をしたことが認められる。
しかしながら、認定事実(5)イ(ウ)によれば、配布物を点字化するためには点字プリンターが必要であったところ、その価格は約18万円と高額であったこと、点字プリンターを使用するには他の職員がその操作方法を習得する必要があったこと、配布物の16ポイント・ゴシック体の活字化のためには、必ずしも当該資料を一括変換すれば足りるというものではなく、別途原告のために資料を作成する必要があったことからすると、かかる措置をとることは本件高校(被告大阪市)にとって「過重な負担」になるものといわざるを得ない。
このことに加え、認定事実(5)イ(ウ)のとおり、D校長は、令和2年4月10日の面談において、原告に対し、現場の負担を考慮すると原告のために文字のポイントを大きくした資料を作成し直すことは困難であることを説明し、事前に渡す資料を原告自身で拡大コピーしてほしい旨を伝えたところ、原告は、特段の対応は不要である旨の回答をしたことが認められ、自分で対応することを了解したものである。
したがって、D校長が配布物の点字化及び16ポイント・ゴシック体の活字化をしなかったとしても、合理的配慮提供義務の違反があったと認めることはできない。
(エ) 掲示物
原告は、掲示物について、個別配布すべきであった旨を主張し、認定事実(5)イ(エ)によれば、令和2年4月10日の面談において、同旨の要望をしたことが認められる。
しかしながら、認定事実(5)イ(エ)のとおり、D校長は、原告からの要望を受けて、各担当者に対し、掲示物を個別配布するよう指示したことが認められるのであり、合理的配慮をしたということができる。
ウ その他について
(ア) 担当者の設置について
認定事実(4)ア、(5)ウ(ア)によれば、本件高校において、原告からの相談を受ける特別の担当者が設置されたことはなかったものの、職制上、担当教科に関する相談は教科主任が、校務分掌については分掌部長が原告からの相談を受けることとされていたこと、D校長も、原告に対し、何かあればいつでも相談するように伝えていたことが認められ、実際に、原告は、D校長に対し、定期面談や適宜の面談において、支障となる事情について相談や要望を提出していたことが認められる。そうすると、原告が相談や要望を提出することを妨げられたわけではないから、本件高校において原告からの相談を受ける特別の担当者が設置されていなかったことをもって、本件高校(市教委又はD校長)に合理的配慮提供義務の違反があったと認めることはできない。
(イ) 他の職員への説明について
認定事実(5)ウ(イ)によれば、D校長は、原告の意向にも配慮し、他の職員に自らの視覚障害の説明をするか否かを原告に委ね、実際に、原告は他の職員に対して自らの視覚障害の説明をしていたものであり、原告がD校長から他の職員に対して説明することを要望したことはうかがわれない。これらのことからすると、D校長が他の職員に対して原告の視覚障害の説明をしなかったとしても、合理的配慮提供義務の違反があったと認めることはできない。
(4) まとめ
以上によれば、原告が主張する各項目を個別に検討しても、本件高校(市教委又はD校長ら)の対応に合理的配慮提供義務の違反があったと認めることはできないから、原告の被告大阪市に対する国賠法1条1項に基づく損害賠償請求には理由がない。
5 小括
以上の次第であるから、争点4につき判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。
第4 結論
よって、原告の請求は理由がないから、いずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第5民事部
(裁判長裁判官 横田昌紀 裁判官 長谷川武久 裁判官 岩ア雄亮)