裁判年月日 令和 5年11月22日
裁判所名 大阪地裁
裁判区分 判決
事件番号 平30(ワ)1914号
事件名 損害賠償請求事件
原告 X
同訴訟代理人弁護士 阪田健夫 山田直子 河原林昌樹
被告 大阪府(以下「被告府」という。)
同代表者知事 D
同訴訟代理人弁護士 中川元
同指定代理人 W1 W2 W3 W4 W5 W6
被告 Y1(以下「被告Y1」という。)
同訴訟代理人弁護士 大山徹
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
被告らは、原告に対し、連帯して600万円及びこれに対する被告府については平成30年3月14日から、被告Y1については同月15日から、それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は、大阪府立支援学校に教諭として勤務していた原告が、@同僚教諭によるパワーハラスメント(以下「パワハラ」という。)により急性ストレス障害を発症し、当該教諭との隔離措置を要望したにもかかわらず、校長である被告Y1が同措置をとらなかったことにより安全が確保された職場環境において就労する権利を侵害された、A被告Y1が原告申請に係る公務災害認定手続において虚偽又は偏った報告書を提出したことにより公平な判断を受ける期待権を侵害された、B被告Y1がした上記パワハラ被害に係る調査等により公正な調査の実施及び調査結果の報告を受ける権利を侵害されたと主張して、被告府に対し、国家賠償法(以下「国賠法」という。)1条1項に基づき、被告Y1に対し、不法行為に基づき、連帯して600万円(慰謝料500万円及び弁護士費用100万円の合計)の損害賠償金及びこれに対する訴状送達の日の翌日(被告府につき平成30年3月14日、被告Y1につき同月15日)から支払済みまで平成29年法律第44号による改正前の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1 前提事実(証拠等を掲記しない事実は当事者間に争いがない。なお、以下では、月又は月日の記載のうち、年の記載のないものは、いずれも平成26年を指す。)
(1) 当事者等
ア 原告
原告(昭和36年○月生まれ(甲1))は、4月、大阪府立a支援学校(以下「本件支援学校」という。)に赴任し、中学部の教諭として勤務し、令和3年3月に定年退職した。(退職につき甲89・3頁)
イ 被告ら
(ア) 被告府は、本件支援学校を含む府立支援学校を設置し運営する普通地方公共団体であり、大阪府教育委員会(以下「府教委」という。)は、府立学校に勤務する教職員の服務や勤務条件について指導監督する権限及び責任を有する行政機関である。
平成26年当時、府教委事務局教職員室教職員人事課(以下「府教委人事課」という。)教員力向上支援グループの管理主事には、E(以下「E」という。)及びF(以下「F」という。)がいた。(乙39、証人F)
(イ) 被告Y1(なお、書証上、旧姓であるGと表示されることがある。)は、平成25年4月から平成28年3月までの間、本件支援学校の校長であった。(異動年月につき丙1)
ウ 平成26年度の本件支援学校の教員
(ア) H(昭和55年○月生まれ(甲1)。以下「H」という。)は、平成24年4月から平成27年3月までの間、中学部に教諭として勤務していた。(異動年月につき甲84の3、92〔20頁〕)
(イ) 平成26年度当時、准校長(高等部)はI、小・中学部の教頭はJ、高等部の教頭はK、中学部主事はL、中学部2年の学年主任はM(以下、順次「I准校長」「J教頭」「K教頭」「L部主事」「M学年主任」という。)であった。
同年度当時、中学部には原告を含め51名の教員がおり、教諭としてN1、N2、N3、N4、N5、N6、N7及びN8(以下、順次「N1教諭」「N2教諭」「N3教諭」「N4教諭」「N5教諭」「N6教諭」「N7教諭」「N8教諭」という。)らが、講師としてO1、O2、O3、O4及びO5(以下、順次「O1講師」「O2講師」「O3講師」「O4講師」「O5講師」という。)らがいた。
また、平成26年度当時、小学部には、N9教諭(以下「N9教諭」という。)がおり、高等部には、N10教諭及びN11(旧姓N12)教諭(以下、順次「N10教諭」「N12教諭」という。)らがいた。
(以上につき、甲48〔229、230、262頁〕、弁論の全趣旨)
エ 平成26年度の本件支援学校の職員室や教室(以下、単に「職員室」「教室」という。)の配置等
職員室の座席は、別紙1「座席表」のとおりであった。
また、教室は、別紙2「教室配置図」のとおりであり、原告が担任の2年3組とHが担任の2年2組の教室は隣接していた。
(以上につき、甲48〔231、236、262頁〕、54、67、乙2、3)
(2) Hの言動等(以下は、本件支援学校における出来事である。)
ア 6月12日頃の出来事
Hは、6月12日頃の学年会で、N5教諭がHを怖がって学年会に出席できなくなったことについて、N5教諭を愚弄する発言をした。原告は、Hと二人きりの教室で、N5教諭をかばう発言をしたところ、Hが本件支援学校で他の教員の尻拭いをしてきた旨の発言をしたので、それなら普通校への転任希望を提出すればよいのではないかと話すと、Hはその発言に怒り、十数分にわたって原告を怒鳴り続けた(以下、この出来事を「6月12日頃の件」という。)。(甲105、原告本人)
イ 7月3日の出来事
原告は、7月3日、女子生徒の鞄の中から原告所有のCDや本件支援学校保有のCDが多数枚発見されたことから、他の教諭らと共に当該生徒に対して指導することとしたが、Hが、原告が無断で当該生徒の鞄の中を見たことを問題視し、原告に対して指導に関わらないように怒鳴るなどしたため、当該生徒に対する指導を中断した(以下、この出来事を「7月3日の件」という。)。(甲83の26〔2枚目〕・29〔3、4枚目〕)
ウ 7月14日の出来事
4月の学年会において、M学年主任、原告及びHが平成26年度の学習発表会係となることが決まったが、Hは、海外研修に行くことになり、同係を外れる意向を示していた。原告は、7月14日の学年会において、Hに対してその理由の説明を求めたところ、これに怒ったHが同学年会を途中退席することがあった(以下、この出来事を「7月14日の件」という。)。(甲2、40の1・2、92、105、原告本人、弁論の全趣旨)
エ 7月15日の出来事
Hは、7月15日、中学部及び高等部の教員ら60名以上がいる職員室において、原告の傍らに近づき、原告に対し、大声で「昨日のこと謝れや。」「とにかく謝れや。」「ええから謝れや。」などと怒号を繰り返した(以下、この出来事を「本件出来事」という。)。
(3) 原告の受診等
ア 原告は、7月17日、橋本医院(大阪府富田林市所在)を受診し、P医師(以下「P医師」という。)から、傷病名を急性ストレス障害、食欲減退、味覚異常、不眠、感情の調節障害、思考の進行障害が認められ、現状態での就労は不能である旨の診断を受け、同月31日まで病気休暇を取得した。(甲4、7、乙9)
イ 原告は、P医師から、8月26日には急性ストレス障害で同日より7日間自宅安静が必要である、9月2日には同障害で同日より1か月自宅安静が必要であると診断された。(甲21)(甲20)
P医師は、9月25日、原告の職場復帰について、「心身ともに職場に慣らす必要があり、同障害の原因となった相手がいない状態(パワーハラスメントの加害者と顔を合わすことがない状態において、徐々に通勤することが望ましい)」との診断書を作成した。(甲22)
原告は、11月14日、P医師から、同障害増悪とし、同日より3日間自宅安静が必要であると診断された。(甲23)
(4) 被告Y1の本件出来事を含むHの問題行動に関する報告書の提出等
ア 原告の府教委や被告Y1らへのパワハラ相談
原告は、本件出来事がHによるパワハラに当たるとして、7月17日及び翌18日、府教委人事課に、同月18日、被告Y1を含む本件支援学校の管理職にそれぞれ相談をした。(乙32の1、32の2の1)
イ 原告による本件出来事やHの問題行動に係る資料の作成等
(ア) 被告Y1は、府教委と協議をした上で、7月22日、原告に対し、本件出来事につき府教委に報告する旨を伝えたところ、原告は、同日、本件出来事だけでなくH赴任後の2年4か月間の全ての問題行動を訴えたいとの意向を示し、同月24日、被告Y1に対し、平成24年5月上旬から本件出来事までの合計37件のHの問題行動を時系列にまとめた「Hさん これまでの経緯」と題する書面(甲83の1・2枚目以下。以下、原告がHの問題行動に関して作成した書面を「問題行動一覧表」という。)を提出した。
その後、被告Y1は、府教委から問題行動一覧表を対教師事案と対生徒事案に分類して整理するよう指示されたことから、原告に対してその旨の指示をし、原告は、8月8日までに「生徒に対する不適切な指導」と「職場の秩序を乱す行為」に分類した問題行動一覧表(甲83の18・2枚目以下)を完成させ、同日、被告Y1に、同月11日、Eに対してそれぞれ提出した。
なお、Hに対する事情聴取は、客観的な事実確認をした後の最終段階で行うこととされた。
(以上につき、甲46の14、83の1・17〜20、105、乙12の12、32の4、丙1、被告Y1本人、弁論の全趣旨)
(イ) 府教委は、8月22日、被告Y1に対し、問題行動一覧表を種目別(パワハラ事案、体罰事案、職場内の秩序を乱す事案、職務怠慢事案)にまとめて報告書を作成するよう指示した。
これを受けて、被告Y1は、原告を含む関係教員らによる訂正確認を経て、9月14日までに、8件(後記(ウ)のとおり後に6件にまとめられた)のパワハラ事案を被害者(N9教諭、N1教諭、N6教諭、原告)ごとに分類したパワハラ事案を被害者ごとに分類した一覧表(以下「パワハラ事案一覧表」という。乙33の5の2、33の6の2)を完成させ、同日、府教委にこれを提出した。
(以上につき、甲83の39・41・42、乙28の1・2、33の5の1、33の6の1)
(ウ) 前記(イ)と並行して、被告Y1は、9月9日までに、Hに対するパワハラ事案に係る事情聴取書原案(質問事項等が記載され、事情聴取結果が未記入のもの。以下同じ。)を作成し、原告を含む関係教員らによる訂正確認を経て、同月11日までに、8件のパワハラ事案に係る事情聴取書原案(乙33の4の2〜9)を完成させたが、その後、同月22日までに、これを6件のパワハラ事案(以下「本件パワハラ事案」という。)にまとめ、府教委にこれを提出した。
本件パワハラ事案のうち、原告を被害者とするものは、6月12日頃の件、7月3日の件、7月14日の件及び本件出来事の4件である。
(甲83の43・47、乙33の4の1〜9、33の8の1)
ウ Hからの事情聴取
被告Y1は、10月14日、同月16日及び同月17日、本件パワハラ事案につきHから事情聴取をしたが、同月20日以降、Hの休暇取得等により中断した。
被告Y1は、10月31日及び11月6日から同月18日までの間、再度、Hから事情聴取をし、11月18日、Hにその内容を確認してもらった上で署名押印してもらい、本件パワハラ事案に係る事情聴取書(甲49(14丁裏〜32丁裏))を完成させた。
(以上につき、甲11、38、39、49、乙32の14、丙1)
エ 府教委への報告書の提出
被告Y1は、12月2日付けで、本件パワハラ事案につき、府教委に対し、「教職員の懲戒処分等に係る調査報告書」と題する報告書(甲49・2枚目以下、以下「本件報告書」という。)及び前記ウの事情聴取書を提出した。
本件報告書には、添付資料として、本件パワハラ事案の各事案ごとに現認者及びHの供述状況(後に校長見解も追記)が記載された一覧表(甲49・7丁裏以下、以下「供述状況一覧表」という。)が添付されている。
(以上につき、甲49、弁論の全趣旨)
(5) 本件出来事後の原告とHの休暇取得を含む出退勤の状況等
本件出来事後の原告とHの休暇取得を含む出退勤の状況は、別紙3「原告とHの出退勤状況一覧表」記載のとおりである。なお、本件支援学校においては、土曜日及び日曜日は週休日であり、祝日は休日である。また、9月28日(日曜日)は運動会のため、11月29日(土曜日)は学習発表会のため、いずれも勤務日とされ、それぞれ9月29日及び12月1日(いずれも月曜日)に週休日が振り替えられた。(甲48〔61、180、199〜220、250〜260頁〕、乙9)
(6) 原告による別室での勤務措置の要望及びこれに対する被告Y1の対応等
ア 原告は、他の教員らと連名で、8月27日頃、被告Y1に対し、Hの事情聴取が始まる日から処分が決定し執行されるまでの間、Hの別室勤務措置を要望する内容の同日付け要望書(以下「8月27日付け要望書」という。)を提出し、9月2日、本件支援学校の安全衛生委員宛てに、8月27日付け要望書と同内容の9月2日付け要望書(以下「9月2日付け要望書」という。)を提出した。
これに対して、被告Y1は、Hを別室勤務にする措置を講じなかった。
(以上につき、甲46の15・17、55、83の29・30、105、原告本人、弁論の全趣旨)
イ 原告は、10月2日に病気休暇から職場復帰した後、Hの出退勤時間帯には玄関付近に近づかないようにし、Hが職員室にいるときは職員室には入室せず、Hが校舎内を歩いている際には同僚教員から連絡してもらうことで、Hとの接触を回避していた。(乙9、原告本人)
ウ 原告は、12月5日、被告Y1に対し、口頭で、自らの勤務場所を職員室ではない別室とすること(以下「別室勤務措置」という。)を要望し、同月9日頃、被告Y1に対し、「狭心症発作について と お願い」と題する書面(甲6)を提出し、重ねて別室勤務措置を要望した。(甲6、37の1・2、105、原告本人)
エ 被告Y1は、12月11日頃、原告に対し、同月24日までb支援学校開校準備室(以下「本件準備室」という。)で勤務することを許可した。
(甲105、丙1、原告本人、弁論の全趣旨)
(7) 12月17日の原告の救急搬送等
原告は、12月17日の職員室内での職員朝礼後、発作を起こし、大阪南医療センターに救急搬送され(以下、この出来事を「12月17日の件」という。)、同日、同センターのQ医師から発作性心房細動と診断された。(Q医師の診断につき、甲5、乙22の5の2)
(8) 原告の公務災害認定請求
ア 原告は、本件出来事により急性ストレス障害を発症したとして、8月8日付けで、地方公務員災害補償基金(以下「基金」という。)大阪府支部長(以下「基金支部長」という。)に対し、公務災害認定請求(以下「本件認定請求@」という。)をした。(乙10、22の1)
イ 被告Y1は、基金支部長から府教委に対して追加資料の提出依頼があったことから、平成27年1月16日付けで、府教委に対し、「公務災害認定請求に係る追加資料について」と題する書面(甲7。以下「本件追加資料」という。)を提出した。(甲7、乙21の1の2、22の3・4)
ウ 原告は、12月17日の件により発作性心房細動を発症したとして、平成27年3月24日付けで、基金支部長に対し、公務災害認定請求(以下「本件認定請求A」という。)をした。(乙23の1)
エ 基金は、本件認定請求@につき平成28年1月8日付けで、本件認定請求Aにつき平成29年1月26日付けで、いずれも公務外の災害であると認定した。(乙13、14)
原告は、上記各認定について審査請求をしたが、基金大阪府支部審査会は、平成29年12月20日、これらをいずれも棄却する旨の裁決をした。(乙20)
(9) 原告の被告Hに対する別件訴訟等
原告は、平成27年3月5日、大阪地方裁判所堺支部に、Hからパワハラを受けたと主張して、Hに対し、合計220万円の損害賠償を求める訴え(同支部同年(ワ)第242号。以下「別件訴訟」という。)を提起した。
原告は、別件訴訟において、送付嘱託の申立てをしたところ、府教委人事課から本件報告書が送付され、その内容を認識した。
同支部は、平成29年2月27日、原告の請求を一部認容する旨の判決を言い渡し、同判決は確定した。
(以上につき、甲3、49、105、弁論の全趣旨)
(10) 本件訴状の送達
本件訴状は、被告府に対して平成30年3月13日に、被告Y1に対して同月14日にそれぞれ送達された。(当裁判所に顕著な事実)
2 争点
(1) 本件出来事を踏まえて被告Y1が原告に対してHとの隔離措置を講じず、これが国賠法1条1項上違法であるか(争点1)
(2) 被告Y1が公務災害認定手続において虚偽又は偏った報告書を提出し、これが国賠法1条1項上違法であるか(争点2)
(3) 被告Y1がした本件出来事に係る調査等が国賠法1条1項上違法であるか(争点3)
(4) 被告Y1が個人として不法行為責任を負うか(争点4)
(5) 原告の損害額(争点5)
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点1(本件出来事を踏まえて被告Y1が原告に対してHとの隔離措置を講じず、これが国賠法1条1項上違法であるか)について
(原告の主張)
ア 府教委は、地方教育行政の組織及び運営に関する法律21条により、教員等の安全及び福利に関することを職務権限としているから、職務行為から生じる一切の危険から教員を保護すべき責務を負い、具体的状況下で、教員が他の教員による加害行為を受けることを防止し、教員の安全を確保すべき注意義務を負い、原告に対する安全配慮義務(職場環境調整義務)を負う。また、特別支援学校の校長は、校務をつかさどり、所属職員を監督するとされているから(学校教育法82条、37条4項)、被告Y1は、職務行為から生じる危険から原告を保護すべき義務を負い、その義務違背は、任命権者である被告府の義務違背と同視できる。
したがって、被告らは、原告に対する安全配慮義務(職場環境調整義務)として、本件出来事を踏まえて、原告の被害や事実関係を確認し、調査手続において原告への配慮措置を講じ、原告とHとの隔離措置を講じる義務を負う。
イ 原告は、本件出来事直後から、恐怖心によりHと接触することができないと訴え続け、休職し、休職中もその旨を訴えていたから、府教委及び被告Y1は、原告に対し、Hとの隔離措置を講じるべき義務があった。しかるに、被告Y1は、9月24日、Hとの隔離措置を講じることを拒否した上、原告が職員室に入らなくても済むよう別室を提供することが可能であったにもかかわらず、12月11日まで原告に別室を提供しなかった。
ウ なお、被告Y1は、12月11日、原告に対して本件準備室の使用を許可したが、その際、原告に対し、職員室や教室に入るよう命じた。また、本件準備室からは本件支援学校が管理するサーバへの接続ができず、仮に同月当時、本件準備室から校務系情報へのアクセスが可能であったとしても、このことは周知されていなかったから、原告は、執務のために職員室に入る必要があった。これらのことからすると、被告Y1が、上記許可をしたことをもってHとの隔離措置を講じたとはいえない。
(被告らの主張)
ア 12月11日までに、原告とHとの間に隔離措置を要するほどの危険は存在しなかった。また、被告Y1は、原告とHの教室が隣同士で動線を分けることが難しかったものの、10月中旬、教室までの進路を分ける措置を講じた上、12月5日からHが職場復帰することとなったため、原告に対し、Hとティームティーチングが一緒にならないよう時間割の調整をした。このように、被告Y1は、原告に対し、適切な措置を講じている。
イ 被告Y1は、12月11日、原告に対し、同月24日まで本件準備室の使用を許可した。本件準備室は、翌年度から新設される支援学校の開校準備室として平成27年1月から使用するため、10月中に校務系情報にアクセスできる情報コンセントの施工がなされ、原告は本件準備室にパソコンを持ち込んで執務が可能であった。
したがって、被告Y1が12月11日に原告に対して本件準備室の使用を許可したことをもって、Hとの隔離措置を講じたといえる。
(2) 争点2(被告Y1が公務災害認定手続において虚偽又は偏った報告書を提出し、これが国賠法1条1項上違法であるか)について
(原告の主張)
ア 被告Y1は、本件報告書に、@7月3日の件について、「被災職員が憤慨した」と記載したが、そのような事実はなく、A7月14日の件について、「被災職員がA教諭に、学年教員全体にどうして学習発表会を降りるのか、改めて理由を説明するように何度も質問する場面があった。居たたまれなくなったA教諭が学年会を中途退室してしまった。」と記載したが、改めて何度も質問した事実や、Hが居たたまれなくなって中途退室を余儀なくされた事実はなく、B本件出来事後の経緯について、「7月15日、J教頭が原告に対し「時間をもらえませんか。」とお願いしたにもかかわらず、原告が「時間をもらえませんか」を待たずに、校内の「パワハラ相談窓口」に相談をかけたいので、書式があれば教えてほしいと質問があった」と記載したが、J教頭が原告に対して時間がほしい旨を言った事実はなく、これらの記載はいずれも虚偽である。
イ 被告Y1は、基金から、本件出来事につき、「可能な限り、当時の管理職や同僚等の証言を求めて下さい。」との依頼を受けながら、原告がした教員アンケートの結果を基金にそのまま提出せず、同アンケート結果のうち、本件出来事を目撃していないとしたものを抽出した上、「初任の時から、たくさんの教員に対する暴言、突然の仕事放棄、器物損壊他々いろいろなことがあるにもかかわらず、何故、処分されないのか、不思議でなりません。傷ついている人がたくさんいます」との記載部分をマスキングする細工をして提出した。
ウ このように、被告Y1が原告申請に係る公務災害認定手続において虚偽又は偏った報告書を提出したことは、原告の公平な判断を受ける期待権を侵害するものであり、国賠法1条1項上違法である。
(被告らの主張)
ア 被告Y1が基金支部長に対して虚偽又は偏った報告書を提出したことはない。
イ 公務災害認定請求に当たっては、様々な書類が必要であり、任命権者が作成したもの以外にも、認定請求者が作成しなければならないものもある。そして、認定請求者が必要と考える資料の提出を制限されることはなく、現に原告は教員アンケート等も提出している。したがって、被告Y1が基金に対して本件追加資料を提出したことをもって、原告が公正な判断を受ける期待権を侵害されたとはいえない。
(3) 争点3(被告Y1がした本件出来事に係る調査等が国賠法1条1項上違法であるか)について
(原告の主張)
以下に述べるとおり、被告Y1がした本件出来事に係る調査等は、原告の公正な調査の実施及び調査結果の報告を受ける権利を侵害するものであり、国賠法1条1項上違法である。
ア 事実確認に係る違法性
(ア) 被告Y1が7月14日の件の録音体を確認しなかったこと
被告Y1は、7月14日の件に係る供述状況一覧表(甲45)の「校長見解」欄に「聞き取りが数か月後になり、覚えていることもあれば、細かい齟齬もある。」と記載した。しかし、原告は、7月14日の件の録音体が存在することを伝えていたから、被告Y1は、同録音体を確認すべきであったのに、これをしなかった。
(イ) 被告Y1が本件出来事を目撃した教員らに対する事情聴取をしなかったこと
被告Y1は、本件出来事に係る供述状況一覧表(甲8)の「校長見解」欄に「確認者の証言もあるが、追加確認者の信頼性も高いので、真実がわからず、判断できない」と記載した。しかし、本件出来事は、本件支援学校の職員室において、数多くの教員らの面前で敢行されており、本件出来事の調査をしながら真実が分からず、判断できない事態が生じるはずがなく、真実が分からないのであれば、本件出来事を目撃したと把握していたN2教諭、N6教諭、N12教諭、N13教諭及びN3教諭から直接事情聴取すべきであったのに、これをしなかった。被告Y1がこれらの者から直接事情聴取していれば、Hの主張が事実に反することを容易に判断することができたものである。
(ウ) 被告らが意図的に事実確認を回避したことを推認させる事情
H及びその父(以下「H父子」という。)は、10月22日、本件支援学校を訪れ、約4時間30分にわたり、被告Y1に対し、Hが本件出来事等の非違行為を申し立てられたのは被告Y1に責任があると非難した上、本件支援学校の実情を公にし、組織としての責任を追及するなどと恫喝を加えた。その後、被告Y1は、11月11日、Hに対する事情聴取中に府教委に電話をし、Hの欠勤を病気休暇扱いとすることの可否を問い合わせたほか、Hの主治医に連絡して診断書を差し替えさせ、欠勤を病気休暇に変更する便宜を図った。
また、被告Y1は、Hの人選により、O4講師及びO5講師を校長室に招集し、Hらにコーヒーや茶菓子を提供しながら事情聴取するなどして厚遇した。
これらのH父子による恫喝以降のHに対する常軌を逸した厚遇は、被告らが、H父子の恫喝に畏怖し、その追及から逃れることを目的としたものとみるほかない。
(エ) 本件報告書からO3講師の聴取内容を排除したこと
被告Y1は、11月初旬頃、O3講師から事情聴取をしたが、その聴取内容がHの主張事実に反するものであったため、本件報告書からこれを排除した。
イ 調査手続に係る違法性
(ア) 被告Y1が8月25日及び翌26日に原告らに個人情報の提供を要求したこと
原告は、本件出来事直後から、被告らに対し、Hからの報復を恐れていることを訴え続けていたにもかかわらず、被告Y1は、8月25日及び翌26日、被害を訴える教員らに対し、府教委からの伝達事項として、住所・氏名・生年月日・履歴・校務分掌や勤務状況などの個人情報を広く提供する意思がある場合のみ、被害の申出が許されることを伝えた。
しかし、これらの情報は府教委において取得済みであり、被害者の特定のために逐一読み上げる必要はなく、被告Y1は、被害を訴える者に対し、心理的圧力を加え、あわよくば被害の訴えを取り下げさせようとした。
(イ) 被告Y1が9月2日に現認者にその氏名をHに伝える場合があることの承諾を求めたこと
被告Y1は、9月2日、原告に対し、「ご自分の事案を現認される方に、次のことを必ず伝えて、了解を得てください。@現認者に、校長からの聞き取りが行われる場合があること、A訴えられる対象者に事情聴取を行う場合、現認者名を伝える場合があること」「以上を確認して、現認者名と現認される項目の番号を記入してください。」と記載した資料を原告に送信した。
しかし、加害者であるHに現認者名を明らかにする必要はなく、被告Y1の上記対応は、著しく不合理であり、パワハラにほかならず、府教委もそのことを認知しながら被告Y1に対して何ら指導しなかった。
(被告らの主張)
ア 事実確認について
(ア) 7月14日の件の録音体を調査しなかったことに合理性があること
被告Y1が7月14日の件の録音体を調査しなかったのは、@同録音体は、本件出来事を録音したものではなく、府教委から本件出来事の事実関係を中心に調査するよう指示を受けていたこと、A被告Y1は、同録音体が存在するらしいことを9月になってから知ったが、7月23日に府教委人事課の担当者から事実確認の方法等について指示を受け、既に調査を進めていたこと、B被告Y1は、同録音体の証拠価値を否定するものではなかったが、録音からは感じ取れない、その場の雰囲気や人の表情、その場にいた原告やHをはじめとする関係教員らの感じたことや意見を反映するためには事情聴取の方がより適切であると考えたことによるものである。
(イ) 被告Y1が本件出来事の目撃者として把握していた教員らから事情聴取をしなかったことが調査権の濫用に当たらないこと
被告Y1は、原告自身がアンケートを実施していたことから、その結果を第三者の証言として尊重しつつ、補充的に第三者から聴取することとしたにすぎない。
原告とHとが互いに異なる主張をする中で、被告Y1が原告の主張に沿う内容を述べる教員らから事情聴取をしても、それをもって、その内容が真実であると判断できるわけではない。被告Y1は、原告の主張に沿った内容の供述があることは、アンケート結果として尊重しており、校長として対外的にも対内的にも多量の職務を遂行する中、時間的制約もある中で公平に調査・判断しようと心掛け、原告が主張する内容を事実断定できないと考えたことを校長見解として記載したものである。
したがって、被告Y1がした本件出来事に係る調査等が調査権の濫用に当たるとはいえない。
(ウ) 被告らが意図的に事実確認を回避したことは推認できないこと
a H父子との面談について
被告Y1とH父子の面談は、H父子から苦情を述べられたとはいえ、最終的には、Hの父がHに対して「今までの言いたいことを全部紙にまとめて独自で委員会に提出すること」と「校長の事情聴取書を早く完成させるようにきちんと回答すること」を言い聞かせる状況にあった。したがって、被告Y1がH父子から、本件出来事に係る調査方法等を変更するよう恫喝されたものではない。
b 病気休暇扱いの伺い及び診断書の差替え依頼について
被告Y1は、教職員一般に対してとり得る対応をHにもしたにすぎず、Hを優遇したわけではない。
c O4講師及びO5講師に対する事情聴取について
(a) O4講師及びO5講師の人選について
O4講師及びO5講師は、Hと同じ体育科、同じクラス担任である以上の関係はなく、近しい立場にあるからこそ慎重に発言することも十分に考えられる。そもそも、どのような証言をするかをあらかじめ予想して事情聴取をすることは困難であり、被告Y1が意図的にHの弁解を補強する証言を収集したものではない。
(b) O4講師及びO5講師を匿名にしたことについて
被告Y1は、O4講師及びO5講師がアンケート結果と異なる証言をしたことから、本件出来事に係る供述状況一覧表(甲8)に記載することとしたが、いずれも講師であることから、証言したことによる今後の教員採用試験や次年度の任用への可能性に配慮して、匿名にしたにすぎない。
(c) O4講師及びO5講師に対する事情聴取の際にコーヒーや茶菓子を提供したことについて
11月11日の午前中にたまたまPTA会長主催のPTA座談会があり、PTA会長が生菓子を振る舞った。被告Y1は、同日夕方以降にHに対する事情聴取をしたが、その生菓子が残っており、それ以降にこれを提供する相手もおらず、足の早い食べ物であったことから、提供したにすぎない。
(エ) O3講師からの聴取内容を本件報告書に記載しなかったことについて
被告Y1がO3講師からの聴取内容を本件報告書に記載しなかったのは、@O3講師と同様の証言をした複数のアンケート結果があったことから、それ以上重ねて聴取結果を記載しなかったこと、A単に証言の数の多寡で真実かどうかが決まるものではないと考えたこと、BO3講師が講師であり、証言したことによる次年度の任用への影響の可能性に配慮したことによる。
イ 調査手続について
(ア) 被告Y1が8月25日及び翌26日に原告らに個人情報の提供を要求したことについて
府教委が被告Y1に対して原告が主張するような隠ぺい工作を命じたことはない。被告Y1は、府教委においてパワハラ事案として審議されるには被害者が特定される必要があることやその後の事情聴取の進め方等について説明した上、後に変更のないように一人一人しっかり決めて責任を持って発言するよう一般的な注意事項を伝えたにすぎず、圧力とか隠ぺい工作というものではない。
(イ) 被告Y1が9月2日に現認者にその氏名をHに伝える場合があることの承諾を求めたことについて
加害者側に事情聴取をした際に、その言い分が被害者側と異なることは容易に想定され、その弁解内容等によって現認者の存在や現認者名を伝える必要が出てくる場合もあり得る。これは、訴えられた行為の客観性を担保するために必要であり、現認者がいるというだけでは不十分な場合がある。そして、被告Y1は、原告に対し、「現認者のことは、できるだけ出さなくていいように事情聴取を進めます。」などとも伝えており、被告Y1に被害者と主張する教員の自由な発言を抑制するとか、本件出来事を隠ぺいするなどという意図はなかった。
ウ まとめ
以上によれば、被告Y1がした本件出来事に係る調査等が原告の公正な調査の実施及び調査結果の報告を受ける権利を侵害したとはいえず、これが国賠法1条1項上違法であるとはいえない。
(4) 争点4(被告Y1が個人として不法行為責任を負うか)について
(原告の主張)
加害公務員に故意又は重大な過失があったときは加害公務員個人も不法行為責任を負うと解すべきであり、その場合、加害公務員と国又は地方公共団体の責任は不真正連帯の関係に立つと解すべきである。本件において、被告Y1には故意又は重大な過失があるから、被告Y1個人も原告の被った損害を賠償する義務がある。
(被告Y1の主張)
原告が主張する被告Y1の行為は、本件支援学校の校長として職務上したものであるから、国家賠償責任の問題であり、被告Y1が個人として不法行為責任を負うことはない。
(5) 争点5(原告の損害額)について
(原告の主張)
ア 慰謝料 500万円
原告は、12月5日頃以降、被告Y1に対し、自らの別室勤務措置を求めたにもかかわらず、有効な措置がとられなかったため、同月17日から平成27年3月25日まで本件支援学校に出勤することができず、給与が減少したほか、勤務に就く権利(憲法13条)を侵害された。また、原告は、本件出来事に起因する傷病に関する公務災害認定請求において、被告Y1から、原告が主張する事実を隠ぺいする不公正な取扱いを受け、名誉権又は人格権が侵害された。さらに、原告は、被告Y1がHの暴言等のパワハラから原告を守るための適切な措置を講じなかったことにより、急性ストレス障害及び急性心房細動を発症又は増悪させ、突然の動悸、前胸部痛、吐気、食欲減退、高度不眠等の症状に苦しめられ、救急搬送されて生命の危険にさらされる重大な健康被害を受けた。
これらによる慰謝料は、500万円を下らない。
イ 弁護士費用 100万円
本件の弁護士費用は、100万円を下らない。
ウ 合計 600万円
(被告らの主張)
否認又は争う。
第3 争点に関する判断
1 認定事実
前提事実、後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(1) 被告Y1、原告及びHの本件支援学校への赴任等
ア 被告Y1は、平成24年4月、本件支援学校高等部の准校長として赴任したが、中学部に所属するHとは接点がなく、平成25年4月、小学部及び中学部の校長に就任し、Hと接点を持つこととなった。
イ 原告は、昭和58年3月、音楽大学を卒業し、昭和59年4月以降、支援学校等において教諭として勤務した後、4月、本件支援学校中学部に赴任し、平成27年4月1日、高等部に転属した。原告は、平成26年当時、本件支援学校中学部の教諭(音楽科担当)として、他の教員2名と共に2年3組を担任していた。
ウ Hは、平成14年3月、体育大学を卒業し、同年4月以降、中学校等において常勤講師として勤務した後、平成24年4月、本件支援学校に教諭として赴任し、平成26年当時、本件支援学校中学部の教諭(体育科担当)として、他の教員2名と共に2年2組を担任していた。
(上記ア〜ウにつき、甲48〔86頁〕、49〔1〜2頁〕、乙2、5、丙1)
(2) 原告赴任前のHの言動等
ア Hは、平成25年度の2学期頃、同年6月頃に作成された、体育科教員が水泳時の注意事項についてロールプレイを行っている動画のエンドロールに自身の氏名が欠落していたことを指摘し、自分に対するいじめや嫌がらせであると主張して、編集者に対して謝罪を求めた。L部主事が、編集者に事情を確認すると、故意ではなくミスで生じたものであるが、謝罪したいとの意向であり、他の教員の立合いで編集者がHに謝罪したが、Hはかなり興奮し、他の教員が仲裁してその場を収めた。
また、Hは、同年11月15日、L部主事の下を訪れ、本件支援学校での不平不満を訴えて興奮状態となり、編集者を殴ってから学校を辞める旨を言いながら職員室から出て行こうとし、通路にあった備品の扇風機を手で押し倒して壊した。
これを受けて、被告Y1は、Hに対し、顛末書の作成を求め、Hから同月19日付けで扇風機を壊したことを反省する旨の「顛末書」が提出されたことから、同年12月3日、Hに対し、口頭注意をした。
(以上につき、甲49〔5〜8頁〕、被告Y1本人、弁論の全趣旨)
イ 被告Y1は、3月、自己申告票開示面談において、Hに対し、職員間の協調性を大切にするよう注意指導した。(甲49〔8頁〕、乙11、被告Y1本人)
(3) 原告赴任当初の原告とHとの関係
原告は、4月に赴任した当初、Hを取り巻く職場環境が現状のままでは職務に支障を生じており、これを改善するために、Hとの関係構築に努め、Hに寄り添う態度を示し、長時間にわたってHから話を聞いたり、一緒に食事に行くなどしたりした。その結果、5月頃には、Hが原告のことを「ようやく日本語の通じるオバハンでてきたな。」と同僚教員に話すまでの関係が形成されていた。(甲105、原告本人、弁論の全趣旨)
(4) 原告赴任後のHの言動等
ア 5月12日頃、自閉症で指示の伝わりにくい男子生徒が体育の授業開始前に整列に加わることができず、ホールの隅に座り込んでいた。Hは、当該生徒に対して整列するよう指示したが、当該生徒が指示に従わずに立ち上がらなかったことに激高し、当該生徒の頭部を手で1回強くはたいたところ、当該生徒がパニック症状に陥り、水筒のお茶を床にまき散らかすなどして暴れた。(弁論の全趣旨)
イ Hは、5月13日頃、体育の授業の集合に遅れた男子生徒に注意したところ、当該生徒が「お前って言うな。」と口答えしたことに激高し、体育館の扉を蹴ったり、ホワイトボードを殴ったりし、その場にいた生徒らはパニックとなり、上記扉が動かなくなった。
その翌朝、保護者から府教委に対し、Hの上記言動を指摘する書面がファクシミリで送信された。これを受けて、本件支援学校において中学部2年の教員全員が参加する学年会が開催され、被告Y1もこれに同席した。Hは、同学年会において、上記言動について反省の態度を示さないばかりか、「この中には使える奴と使えん奴がおるんや。」と発言した。被告Y1は、保護者から府教委に対する連絡について内部告発を疑い、考え込んでいたためHの上記発言を聞き取ることができなかった。
(甲34の1・2、50、83の4〔4、5枚目〕、105、丙1、被告Y1本人、弁論の全趣旨)
ウ Hは、初任教諭であるN2教諭の教科指導員を務めていたところ、被告Y1は、6月12日、I准校長から、前日のHのN2教諭に対する指導が威圧的かつ一方的であって、有効なアドバイスをする様子がないとの報告を受け、N2教諭からも、ここまで耐えてきたが精神的に持たないとの訴えがあったことから、同月16日、HをN2教諭に対する教科指導員から解任した。(甲1〔9〜10頁〕、49〔9〜10頁〕、被告Y1本人、弁論の全趣旨)
(5) 本件出来事の発生に至る経緯
ア 6月12日頃の件
Hは、6月12日頃の学年会において、N5教諭がHを怖がって学年会に出席できなくなったことについて、「俺にちょっと言われたぐらいでしんどくなるんやったら、さっさと病休でもとったらええんや。さっさとやめたらええんや。」などと発言した。原告は、同学年会終了後、二人きりの教室で、Hに対し、N5教諭が精神的に潰れるようなことがあれば、学校全体の運営に支障が出る旨を伝えると、Hは、「この学校には、一般校で使いもんにならんかった者が来てるんや。俺は、一般校で、講師として10年間、その使いもんにならん奴のケツ拭いてきたんや。ほんで、また、ここでケツ拭かされてるんや。」などと述べた。これに対して、原告が「そんなに普通校がいいのだったら、来年は転勤希望を書いて出してみたら。」と申し向けたところ、Hは、原告に対し、「お前もそこら辺のオバハンと一緒やったのう。お前のいい人ぶっている顔を見ているとムカムカするねん。出て行け!はよ、いね!」などと十数分にわたり怒鳴り続けた。
もっとも、Hは、翌日、原告の下を訪れて謝罪をし、その翌日から原告に対して敬語を使うなどしたため、原告は、Hが進歩したと考えた。
(以上につき、前提事実(2)ア、甲47の1・2(6頁)、105、原告本人)
イ 7月3日の件
原告は、7月2日、自分のCDがなくなっていることに気づき、翌3日朝、ある女子生徒に尋ねたところ、当該生徒が挙動不審となった。原告は、当該生徒が所持していることを疑い、その担任であるN2教諭からも依頼され、当該生徒の鞄を確認したところ、原告所有のCDや本件支援学校保有のCDが多数枚発見された。これを受けて、原告は、L部主事、M学年主任及びN8教諭と協議し、一斉に所持品検査をして判明したことにする等の指導方針を立てた。M学年主任は、当該生徒が暴れた際に制止するため、Hを呼んだ。当該生徒は、自分の鞄を無断で移動させたことに怒って暴れ出したことから、H、O2講師及びO4講師が当該生徒を制止した。その後、Hは、当該生徒から事情を聞いていた原告らに対し、室外に出るよう冷静に言ったが、原告らがなおも指導を続けたことから、「1回ここから出ろ!」「ええから出ろ!」と怒鳴り、その場にいた教員らは全員室外に出た。その後、原告は、M学年主任を通じてHを呼び出したところ、廊下に出てきたHは、原告に対し、「勝手に生徒の鞄の中を見たらあかんやろ!」「自分の物、盗られたから熱くなっているだけやろ!」「一切この指導に関わるな!」「この指導から手を引け!」などと怒鳴った。(前提事実(2)イ、甲38、83の26〔2〜4枚目〕・29〔3〜5枚目〕、92、105、原告本人、弁論の全趣旨)
ウ 7月14日の件
Hは、4月の学年会において、M学年主任及び原告と共に平成26年度の学習発表会係となったが、海外研修のために同係を外れる意向を示していた。原告は、7月14日の学年会において、Hに対し、同係を外れる理由の説明を求めたところ、Hは「もう降ります。」とだけ述べた。原告は、学年会で決まったことなので了承を得てからと考えている旨を述べたところ、Hは、「いや、もう降ります。以上。」と述べた。これに対して、原告は、「先生方が了解できたら、それはそれでいいと思います。できましたら本人からちょっと提案してもらいたかったのですけれども。」と述べたところ、Hは、「何を提案するん?…降りますって言ってるんです。」と述べた。その後、Hは、「なんでもかんでも間に入って顔突っ込んできて、いちいちいちいち俺に要らんこと言うてくるから、もううっとうしいんで、一緒に仕事したくないって言うてるだけです。」と述べ、原告から具体的にどういうことかを問われ、原告が前面に出過ぎて若手を育てる気がないなどと原告に対する不満を述べた。その後、Hは、N1教諭に対しても、Hのことを原告に話すことについて不満を述べ、議長から会議が終わってから話をするように促されると、「もうええわ。」「もう、やってられへん…うっとうしい。」などと言って部屋を退出した。(前提事実(2)ウ、甲2、40の1・2、105、原告本人)
(6) 本件出来事(7月15日)の発生等
ア 本件出来事の発生
Hは、職員朝礼後である7月15日午前8時55分頃、中学部及び高等部の教員60名以上がいる職員室において、着席していた原告の後方に行き、原告に対し、「昨日のこと謝れや。」などと怒鳴り、7月14日の件について謝罪を要求した。
これに対して、原告は、「何を謝るの。」と聞き返したところ、Hは、「昨日のこと謝れや。」と繰り返した。原告は、Hに対し、「そんな言葉遣いしている人には謝りません。」と言い返したところ、Hは、原告に対し、「このままでは終わらんぞ。」と怒鳴った。これを見ていたN7教諭が駆け寄り、「お前が損するからやめろ!」と言いながらHの腕を抱えて原告から引き離そうとしたが、Hは、「昨日のことええから謝れや。」と怒鳴り、原告は、「それを謝らなければいけないのだったら、あなたはもっといろいろ謝らなければならないでしょ。」と大きな声で反論した。Hは、他の教員によって自席付近まで連れて行かれたが、なおも「はよ謝れや。」などと大声で複数回怒鳴ったため、N7教諭とN8教諭によって職員室から連れ出された。
(以上につき、前提事実(2)エ、甲8〜11、42、48〔244〜249頁〕、84の3、92、105、原告本人、弁論の全趣旨)
イ 本件出来事の発生直後の状況
原告は、本件出来事の直後、正面玄関前で通学バスの迎えをしていたJ教頭の下に駆け寄り、話を聞いてほしいと訴えたが、その場にHがやって来たことから、教室に向かった。J教頭は、Hからも話を聞いてほしいと求められたことから、約1時間20分にわたり、校長室において、L部主事と共に、Hから話を聞いた。
原告は、同日夕方、J教頭に対し、話を聞かせてほしい旨の申出をし、中学部の教室で、J教頭と面談した。その際、原告は、6月12日頃の件で暴言を吐かれた後、Hが謝罪に来たことで進歩したと考えたが、7月3日の件で生徒の前で罵倒されたことで心が折れたこと、7月3日の件をスクールカウンセラーに相談したところ、傷付いている周りの人の立場に立ってあげないといけないと言われ、目からウロロが落ちた思いであったこと、本件出来事のように職員室で罵倒されるようなことがあってはならないこと、被告Y1に対しても今まで3か月間は我慢したが今後は方向性を変える旨を伝えたことなどを述べた。J教頭は、当初、原告に対し、HがL部主事や教頭を交えて話合いの場を持つことを希望しており、歩み寄りの姿勢がみられることから、時間をとって対応したい旨を伝えたが、原告の意向を確認した後は、原告の思うとおりにやればいいと思う旨を伝えた。
被告Y1は、7月15日朝から出張中であり、昼過ぎに帰校してJ教頭から本件出来事につき報告を受けたが、別の懸案事項の対応があったため、J教頭に対応を委ねた。
(以上につき、前提事実(4)ア、甲7、47の1・2、105、乙8の1、丙1、原告本人、被告Y1本人、弁論の全趣旨)
(7) 本件出来事の発生後の原告や被告Y1の対応等
ア 原告は、本件出来事を録音できなかったことから、本件出来事に係る事実関係を明らかにするため、7月16日午前6時6分に出勤し、本件出来事を目撃した教員らに対してアンケート(以下「教員アンケート」という。)を配布・回収する作業を開始した。(甲9、10、14、15、67、69の1〜11、105、乙9、原告本人)
イ また、原告は、7月17日、府教委の電話相談窓口に、本件出来事がパワハラに当たるとして相談したところ、府教委人事課に相談するように勧められたことから、府教委人事課に匿名で電話相談をした。(甲105、乙32の1、原告本人)
ウ 原告は、7月18日昼過ぎ、10枚程度の教員アンケートを持参して府教委を訪れ、Eに対し、本件出来事を相談した。
原告は、同日夕方、本件支援学校に戻り、安全衛生委員であるN10教諭同席の下、被告Y1、I准校長、J教頭及びK教頭に対し、本件出来事等につき説明し、10枚程度の教員アンケートを提示するとともに、@第1にHを解職してほしいこと、Aそれができないならば教職の現場に置かないでほしいこと、B最低でも原告と同じ職場に置かないでほしいことを要望した。これに対して、被告Y1は、事実確認のために、本人及び関係者、必要であれば当事者2人を交えて事情聴取したいこと、府教委人事課に相談しなければならないので時間がほしい旨を回答した。
原告は、自分からの訴えであることが分からないように事情聴取してほしいこと、事情聴取には絶対にHを同席させないこと、9月から正常な状態で学校が再開されるよう急いで事を進めてほしい旨を要望した。
被告Y1は、三連休を挟んで府教委人事課と相談するが、府教委人事課への報告に当たり、原告の事情聴取は欠かせないこと、府教委人事課の調査及び検討には時間が掛かると思われることなどを伝えた。なお、被告Y1は、この時点で、原告が本件出来事につき府教委に相談していることを知らなかった。
原告は、同日午後7時半頃、Eに対し、Y1校長らとの上記のやりとり等についてメールで連絡した。
(以上につき、甲7、46の1、83の38、101、105、乙9、12の1、32の2の1、39、丙1、証人F、原告本人、弁論の全趣旨)
エ 被告Y1は、三連休明けの7月22日朝、Eに対し、電話で、原告から本件出来事について訴えがあったこと及びその内容等を伝えるとともに、相談者を明らかにしてHに対する事情聴取をしたい旨を述べた。Eは、Fとも協議をした上、被告Y1に対し、本件出来事について調査するよう指示するとともに、相談者が特定されないようにすることが最優先であること、Hに対する事情聴取は客観的な証拠が揃ってから最後に行うべきこと、2人だけでいるときに起こったことと第三者からの証言が得られる事項に分類して資料作りをすべきことなどを伝えた。
被告Y1は、同日夕方、原告に対し、電話で、府教委に報告するので、主訴、第三者が現認した事項とそうでない事項に分類して資料を提出するよう指示した。これに対して、原告は、本件出来事のみならず、2年4か月間のHの問題行動の全てを非違行為として資料作成に取り掛かっている旨を伝えた。なお、このとき、原告は、被告Y1に対し、同月17日に府教委に相談済みである旨を伝えた。
原告は、7月22日朝、Eに対し、Hの問題行動を指摘し、調査を求めるメールを送信し、その後、Eに対し、メールで、被告Y1とのやりとりの内容を連絡した。
(以上につき、甲46の2・5、84の3、105、乙12の4、32の3、39、証人F、原告本人、弁論の全趣旨)
オ 被告Y1は、7月23日、府教委を訪れ、Eらと今後の対応等について協議した。Eらは、被告Y1に対し、客観的な事実確認をした上で、最終的にHの事情聴取をすべきことなどを伝えた。
被告Y1は、同日夜、原告に電話をし、原告に対し、「大丈夫ですか。」と原告の体調を尋ねたところ、原告は、「こういうことをやっている方が元気です。戦い方を知っています。」などと述べた。
(以上につき、甲105、乙32の4、39、証人F、原告本人、弁論の全趣旨)
カ 原告は、7月24日、被告Y1に対し、平成24年5月上旬から本件出来事までの合計37件のHの問題行動を時系列にまとめた問題行動一覧表を提出し(前提事実(4)イ(ア))、7月25日夕方、被告Y1に対し、Hの非違行為をまとめた書面と同日付け要望書と題する書面(甲83の3・末尾。以下「7月25日付け要望書」という。)をメールで送信し、Eにもこれをメールで送信した。
7月25日付け要望書には、Hに懲戒免職処分を下すこと、それができなくても教育現場に立たせないことを約束してほしいこと、それができなくても原告に協力した教員6名と同じ職場にすることは絶対に避けてほしいこと、Hからの報復の可能性が考えられるので、誰からの訴えがあったかを絶対に悟られようにしてほしいこと、関係する全ての者に報復の危険があるので、人物が特定されることなく、今までの全ての行いにより処分されるという形をとってほしいこと、9月から正常な教育現場になるように、機を逸することなく最善の努力をしてほしいことなどが記載されている。
(以上につき、甲46の9、83の2・3)
キ 被告Y1は、7月28日昼過ぎ、府教委を訪れ、原告から受領した問題行動一覧表(甲83の3・2枚目以下)を提出して相談した。Eは、被告Y1に対し、事案が過去に遡って多数出てきたこと、被害者が原告以外に複数出てきたこと、対教師事案と対生徒事案が時系列で混在していたので、第三者がいたかどうかの特定も含めて、これらを分類して整理するよう指示し、これを受けて、被告Y1は、原告に対し、「(生徒に対する)体罰・不適切な指導」と「職場の秩序を乱す行為」に分けて整理するよう指示した。(甲83の3、105、丙1、弁論の全趣旨)
ク 原告は、7月31日、O1講師と共に校長室を訪れ、被告Y1と面談した。その際、原告は、7月25日付け要望書において、Hの懲戒免職処分や教育現場に立たせないことを要望したが、真の狙いは「正常な職場づくり」であり、そのために被告Y1に歩み寄りたいことなどを伝えた。(甲35の1・2、原告本人、弁論の全趣旨)
原告は、8月7日、被告Y1に対し、「Hさんが出勤していたら、会うのがしんどいので、職員室教室には行きません。何かあれば保健室か事務室に声をかけてください。」とのメールを送信した。(甲83の12)
ケ 原告は、8月8日までに、「(生徒に対する)体罰・不適切な指導」と「職場の秩序を乱す行為」に分類した問題行動一覧表を完成させ、同日、被告Y1に対し、これを提出し、同月11日朝、Eに対し、完成した問題行動一覧表及び同日付け要望書(甲46の14・末尾。以下「8月11日付け要望書」という。)をメールで送信した。8月11日付け要望書の内容は、Hに対し、懲戒免職処分ではなく、研修命令を発してほしいとすることのほかは、おおむね7月25日付け要望書と同内容である。
また、原告は、上記メールにおいて、Eに対し、同月から本件支援学校に出勤しているが、職員室には入れず、保健室での勤務となっていることなどを伝えた。
(以上につき、前提事実(4)イ(ア)、甲46の14、105、乙12の12、原告本人)
コ 被告Y1は、8月12日、完成した問題行動一覧表を持参して府教委を訪れ、今後の対応等について協議した。Eらは、被告Y1に対し、不備や不明確な点について再調査・再確認を指示し、これを受けて、被告Y1は、同月14日及び翌15日、Eらの指示どおりに修正した問題行動一覧表をメールで送付した。なお、対生徒事案については、府教委支援教育課で対応することとされた。(乙32の6の1、33の1、33の2の1、丙1、被告Y1本人、弁論の全趣旨)
被告Y1は、同月18日夕方、府教委人事課を訪れ、Eらと協議した。Eらは、被告Y1に対し、対教師事案についてどの事案を正式に報告してもらうかはグループ内で協議した後に回答すること、パワハラ事案については、加害者及び被害者の特定が必要になり、必ず被害者の同意が必要であること、報告書の中には管理職がどのような認識を有していたかも盛り込むべきこと、過去のパワハラ事例及び処分内容を説明するとともに、今回訴えた者が要望している内容とは隔たりがあること、正式な報告書の作成にはしばらく時間が掛かり、今回訴えた者が要望している9月に入ってすぐに結果を出すことは不可能であることなどを伝えた。(乙32の7)
サ 原告は、8月19日早朝、被告Y1に対し、メールで、明日から出勤する予定であるがHがいれば職員室や教室には行けない旨を伝えた。(甲83の21)
シ 被告Y1は、8月22日午後、府教委を訪れ、Eらと協議した。Eらは、各事案を時系列から種目別に再整理する必要があること、パワハラ事案については被害者の特定が必要であり、本人の了解を得る必要があることなどを伝えた。(乙28の1・2)
被告Y1は、同月25日午前、管理職4名及びL部主事同席の下、Hからのパワハラ被害を訴えていたN1教諭、N9教諭、N6教諭及び原告を本件支援学校の会議室に集め、録音をしないように前置きした上で、府教委からの伝達内容として、@パワハラ事案、体罰事案、職場内秩序を乱す事案、職務怠慢事案の4つの事案ごとにまとめて報告書を作成・提出すること、Aパワハラ事案の成立には被害者及び加害者の特定並びに事案の事実確認が必要であること、B報告書には、被害者及び加害者の特定として、住所、氏名、生年月日、履歴、校務分掌や勤務状況など広く個人情報をまとめること、C被害者の個人情報を報告するのは被害者が特定できないと加害者が特定できないからであること、D自分がどの事案を訴えるのか自分で決めるべきこと、E人一人の処分を要望する限り、一人一人が責任を持って正々堂々と対峙すべきことなどを伝達した。(甲82の6、乙29、31、丙1、被告Y1本人、弁論の全趣旨)
ス 被告Y1は、8月26日午前、Hからのパワハラ被害を訴えていた教員のうち、上記シの4名を除いたN4教諭、N2教諭、N5教諭、O1講師及びO2講師(以下、前記シの教諭ら4名と合わせて「被害教員ら」といい、O1講師及びO2講師を除く教諭ら7名を「被害教諭ら」という。)を本件支援学校の会議室に集め、前日と同様の説明をした。
これを受けて、O1講師及びO2講師は、Hからのパワハラ被害の申告をしないこととした。(甲74〜76、105、乙29、31、丙1、弁論の全趣旨)。
セ 被告Y1は、8月28日午前0時半頃、Eらに対し、メールで、同月25日及び翌26日の説明の経過報告をするとともに、「訴えた人がつぶれてしまわないか、逆に訴えられたりしないか。老婆心で声をかけているのですが、一向に引かれないです。」と連絡した。(乙31)
ソ 被告Y1は、9月2日夜、原告を含む被害教諭らに対し、メールで、9件のパワハラ事案を被害者(N9教諭、N6教諭、N1教諭、原告)ごとに分類したパワハラ事案一覧表を送信し、現認確認作業及び整合作業等を依頼した。
被告Y1は、同一覧表に「ご自分の事案を現認される方に、次のことを必ず伝えて、了解を得てください。@現認者に、校長からの聞き取りが行われる場合があること、A訴えられる対象者に事情聴取を行う場合、現認者名を伝える場合があること」「以上を確認して、現認者名と現認される項目の番号を記入してください。」と記載した。
(以上につき、甲83の31、丙1、被告Y1本人)
タ 原告は、9月9日朝、被告Y1らに対し、メールで、Hに対する事情聴取をする場合に現認者名を伝える場合があることは府教委の指示か被告Y1の考えか否かを尋ねるとともに、府教委に現認者名を報告するのは構わないが、Hに現認者名を知らせる必要があるのか疑問であり、Hに現認者名を明かすこと、これを知られてしまうようなミスを絶対に避けてほしい旨を連絡した。(甲83の45)
これに対して、被告Y1は、同日午後、原告に対し、メールで、「現認者のことは、できるだけ出さなくていいように事情聴取を進めます。どうしても被聴取者が知りたいと言った場合は、一旦ご本人に確認しますという段取りですので、現任(ママ)していただいた方のご意志を尊重します。」と連絡した。(甲83の47、被告Y1本人)
チ 被告Y1は、9月5日までに、被害者ごとに分類したパワハラ事案一覧表の暫定版を作成し、原告らによる訂正確認を経て、同月14日までに、8件のパワハラ事案を被害者(N9教諭、N1教諭、N6教諭、原告)ごとに分類したパワハラ事案一覧表を完成させ、同日、府教委人事課にこれを提出した。(前提事実(4)イ(イ))
また、被告Y1は、上記作業と並行して、同月9日までに、Hに対するパワハラ事案に係る事情聴取書原案の暫定版を作成し、原告を含む被害者らによる訂正確認を経て、同月11日までに8件のパワハラ事案に係る事情聴取書原案を完成させたが、その後、同月22日までに本件パワハラ事案に係る事情聴取書原案を完成させ、同日、府教委人事課にこれを提出した。(前提事実(4)イ(ウ))
(8) 原告の本件出来事から9月までの出退勤の状況等
原告は、本件出来事の翌日(7月16日)には出勤し、翌17日から同月31日まで病気休暇を取得し、8月1日から同月5日まで(休日を除く。)職務専念義務を免除され、8月中に7日間(6日〜8日、15日、20日、21日、25日)出勤したが、その間、自ら養護教諭に願い出て保健室の机を借りて同室で勤務をした。これにより、原告は、夏休み中で授業がなかったこともあり、Hと顔を合わせることがなかった。その際、原告は、パソコンを使用することができなかったが、手書きで書き溜めるなどして対応していた。
原告は、8月26日から10月1日まで病気休暇を取得した。
(以上につき、前提事実(5)、甲105、原告本人)
(9) 被告Y1のH以外の教員らからの事情聴取
ア 被告Y1は、7月25日、原告から送信を受けた問題行動一覧表を踏まえ、J教頭とL部主事に事実確認をし、同月29日、J教頭と共にN2教諭から事情聴取をした。(甲46の11、83の2、105、乙12の9、弁論の全趣旨)
また、被告Y1は、同月30日頃、N7教諭から、翌31日、N1教諭、N6教諭、N4教諭及びO2講師並びにN2教諭及びN5教諭がそれぞれ被告Y1の下を訪れたことから、これらの教員からHの問題行動について聞き取りをした。(甲46の13、乙12の11、丙1、弁論の全趣旨)
イ 被告Y1は、8月1日、原告に対し、L部主事、M学年主任、N1教諭、N2教諭、O2講師から聞き取った内容を基に問題行動一覧表を加筆訂正したデータを送信し、同月25日及び翌26日、被害教諭らから聞き取りをし、同月28日、府教委に対し、その聞き取り記録を提出した。(甲74、甲83の4、84の3、乙29、31)
なお、原告は、7月14日の件を録音しており、遅くとも9月頃には被告Y1に対して同録音体があることを伝えていたが、被告Y1は、学年会の雰囲気や教員らの表情といった録音体からは感じ取れない情報があると考えたことなどから、同録音体を聞かなかった。(甲45、105、原告本人、被告Y1本人)
ウ 被告Y1は、11月初旬頃、本件出来事につき、O3講師から事情聴取をした。被告Y1は、O3講師と同様の証言をした複数の教員アンケートの結果があったこと、単に証言の数が多いか否かだけで真実が決まるものではないと考えたこと、O3講師が講師であり、証言したことによる次年度の任用への影響の可能性に配慮したことから、O3講師からの聴取内容を本件報告書に記載しなかった。(甲49、弁論の全趣旨)
被告Y1は、11月11日、N8教諭、O4講師及びO5講師から事情聴取をした(後記(10)ウ(カ)参照)。
(10) 被告Y1のHからの事情聴取等
ア 事情聴取の延期
被告Y1のHからの事情聴取は、当初、9月1日午後の予定であったが、府教委人事課からの指示で延期された。(甲83の27、乙29)
イ 体罰事案の発生
(ア) Hは、9月16日、本件支援学校において、女子生徒の頭を平手で叩いた(以下「体罰事案」という。)。これを聞き及んだ原告の夫が、翌17日、府教委に対して通報し、体罰事案についても事情聴取の必要性が生じた。I准校長、J教頭及びL部主事がHから事情を聴取すると、生徒を叩いたことを認めた。(乙32の12〜14、丙1)
(イ) 被告Y1は、Hが9月18日に休暇を取得したことから、同月24日にHから事情聴取することとし、府教委担当者から、体罰事案を優先し、その流れでパワハラ事案についても事情聴取するよう指示された。被告Y1は、同日午後、Hから体罰事案について事情聴取をしたところ、Hが生徒を叩き、過去にも2、3回同種行為をしたことを認めたことから、Hに対し、翌日からの職員室勤務を命じるとともに、顛末書を作成することの了承を得、Hに対し、パワハラ事案についても訴えが出ており、体罰事案が終了したら、引き続きパワハラ事案で事情聴取する旨を伝えたところ、Hは、動揺したが、これを了承した。
被告Y1は、10月10日、Hとほぼ終日面談し、体罰事案の報告書を完成させた。
(以上につき、甲49〔3頁〕、乙32の13〜15)
ウ パワハラ事案に関するHからの事情聴取等
(ア) 被告Y1は、10月14日、パワハラ事案について、Hから事情聴取を開始したが、Hが翌15日に年休を取得したため、同月16日、再び事情聴取をした。(前提事実(4)ウ、甲49〔3頁〕、乙32の14・15、39、丙1)
(イ) 原告及びN1教諭は、10月16日の放課後、被告Y1に対し、Hが2年2組の教室に荷物を取りに来たため、9月16日にHから怒鳴られた女子生徒が怖がっているので、Hが教室の方に来ないようにしてほしい旨を要望した。(甲49〔3頁〕)
(ウ) 被告Y1は、10月17日、連絡なく2時間休で出勤したHに対し、朝に休暇の連絡を入れること及び体罰事案対応により職員室勤務中であることから、課業中は教室の方には行かないように伝えた。Hは、10月20日、年休を取得する旨を連絡したが、同月21日及び同月22日、連絡なく欠勤した。(甲49〔3頁〕、乙33の9、原告本人)
このため、J教頭は、同月22日午後、H宅を訪問したが、インターホンを鳴らしても応答がなかったことから、両親の同意を得て大家に鍵を開けてもらい同宅内に入ったところ、Hが室内で座り込んでいた。Hとその父は、同日、本件支援学校を訪れ、午後6時30分頃から同日午後11時頃までの間、被告Y1と面談した。その際、両名はかなり立腹した様子であり、被告Y1がHに対して課業中は教室の方に行かないように伝えたことについて、Hはいじめであると言い張り、Hの父もこれを一番問題視し、人権蹂躙であり、訴えるべき内容であると述べ、被告Y1が何度説明しても受け入れなかった。その上で、Hの父は、被告Y1に対し、訴えている3人には覚悟するように伝えてほしいというニュアンスの発言をしたが、被告Y1から、調査中、事実確認中なので止めるように伝えると、これを聞き入れた。また、両名は、被告Y1に対し、本件パワハラ事案で訴えていることを約3か月間知らされなかったことはおかしい旨を指摘し、Hは、被告Y1に対し、「管理職がもっと早く相談に乗らないからこんなことになった」「校長が威厳をもって押さえないから、成敗しないから、自分も訴えている教諭たちもいらっとして、校長を飛び越えて委員会にいった」「自分も24年度からのことをぶちまける」などと主張した。さらに、Hの父は、Hの口の悪いところを認めつつも、組織の管理不足を指摘し、家の名誉として、本件支援学校の実情を公にしないと気が済まない様子であった。最終的に、Hの父は、Hに対し、今までの言いたいことを全部まとめて独自に府教委に提出すること、被告Y1の事情聴取書を早く完成させるようにきちんと回答することを言い聞かせ、同面談は終了した。(甲49〔3〜4頁〕、乙33の9、33の11の2、丙1)
被告Y1は、翌23日午前0時半過ぎ頃、Eらに対し、メールで、上記のH父子との面談内容を伝えるとともに、両名が急に府教委に押し掛けたり、電話をしたりすることがあるかもしれない旨を伝えた。(乙33の9)
(エ) Hは、10月24日、年休を取得して心療内科を受診し、「出勤拒否症」との診断を受けるとともに、同月27日、内科を受診し、「急性胃腸炎」との診断を受けた。Hは、府教委人事課及び支援教育課にその旨報告し、同月27日から同月31日まで病気休暇を取得した。(甲48〔256頁〕、49〔4頁〕)
(オ) 被告Y1は、10月31日、Hが来校したことから、夕方からHから事情聴取をした。被告Y1は、Hから今後の見通しを尋ねられ、別の体罰事案の事実確認が優先になった旨を伝えるとともに、11月4日及び翌5日には自宅待機すべきことを伝えた。Hは、上記両日、自宅待機をした。(甲49〔4頁〕、弁論の全趣旨)
(カ) 被告Y1は、11月6日から同月11日までの間、Hに対し、事情聴取書の確認と訂正を求めた。(甲49〔4頁〕、乙39)
被告Y1は、同月11日午後4時頃、Eらに対し、Hから2通目の診断書が提出されたとして、Hの病気休暇扱いの可否を伺う旨のメールを送信した。(乙33の10)
被告Y1は、Hが同日午後5時以降の30分程度、L部主事及び学年教員数名とこのまま校長室で事実確認したい旨を申し出たことから、これを許可し、これを受けて、Hの求めにより、N8教諭及びO4講師(いずれもHと同じ体育科)並びにO5講師(Hと同じ2年2組)が校長室に招かれた。その際、被告Y1が聞き取りをするのではなく、HがL部主事及び学年教員数名と事実確認をすることで6月12日頃の件の会話がいつの学年会後の会話であるかを確認することができ、事情聴取書がほぼ完成した。また、その際、被告Y1は、当日午前中に開催されたPTA座談会においてPTA会長から生菓子をもらったことを思い出し、H、O4講師及びO5講師らに対し、コーヒー及び生菓子を提供した。(甲48〔231頁〕、49〔4頁〕、105、乙4、5、丙1、被告Y1本人、弁論の全趣旨)
被告Y1は、同日午後7時15分頃、Hが受診した内科医に電話をし、欠勤期間に見合う診断書の差替えを依頼した。(甲49〔4頁〕)
被告Y1は、O4講師及びO5講師からの事情聴取結果を書面又は録音により保全しなかった。(弁論の全趣旨)
また、被告Y1は、O4講師及びO5講師がいずれも講師であり、証言したことによる今後の教員採用試験や次年度の任用への影響を考慮して、本件報告書において、O4講師を講師A、O5講師を講師Cと記載し、これを匿名とした。(丙1、被告Y1本人)
(キ) Hは、11月12日、自宅において、事情聴取書の弁明部分を作成し、翌13日、被告Y1に対し、事情聴取書の弁明部分のデータとともに、欠勤期間に見合う診断書を提出し、同月14日まで病気休暇を取得した。(甲48〔258、260頁〕、49〔4頁〕)
被告Y1は、同月13日の職員会議において、本件出来事につき、「7月の職員朝礼の後、大きな声で言い合うという場面があって」と発言した。(甲46の20、105、原告本人)
(ク) 被告Y1は、11月14日夜、J教頭立会いの下、約2時間にわたり、本件出来事につきHから事情聴取をした。その際、Hは、「昨日のこと謝れや」「とにかく謝れや」「ええから謝れや」などといった言い方はしていない旨を述べた。(甲11)
(ケ) J教頭及びK教頭は、11月17日、被告Y1が出張のため不在であったことから、全ての事情聴取書の確認訂正をした。被告Y1は、翌18日夜、Hの事情聴取書を完成させ、Hの署名押印を徴取した。なお、Hは、同月19日から同月29日まで年次有給休暇を取得し、12月2日から同月4日まで特別休暇を取得した。(前提事実(4)ウ、甲49〔5頁〕)
(11) 被告Y1の本件報告書の提出等
ア 被告Y1は、11月19日夜、Eらに対し、本件パワハラ事案に係る報告書案をメールで送信した。(乙33の11の1・2、丙1)
イ 被告Y1は、11月25日、府教委を訪れ、Eと面談した。Eは、被告Y1に対し、前記アの報告書案の内容が中立的な記述になっているのか再考するよう伝えた。(乙32の16)
ウ 被告Y1は、前記イの指示に従い、前記アの報告書案を修正し、12月2日、府教委に対し、本件報告書を提出した。(前提事実(4)エ、乙33の12の1・2)
エ 被告Y1は、府教委からの指示に従い、平成27年1月7日、府教委に対し、本件パワハラ事案に係る供述状況一覧表に校長見解を追記した資料を提出した。(甲84の3、乙33の16の1・2、丙1、被告Y1本人)
(12) 原告のHの別室勤務措置や自らの別室勤務措置の要望等
ア Hの別室勤務措置の要望
(ア) 原告は、8月27日付けで、被告Y1に対し、Hの事情聴取が始まる日から処分が決定し執行されるまでの間、Hの別室勤務措置を求める旨の原告、N1教諭、N5教諭、N6教諭及びN2教諭との連名で8月27日付け要望書をメールで送信し、翌28日朝、Eに対し、8月27日付け要望書をメールで送信した。
原告は、9月1日夜、被告Y1に対し、上記教諭らと話し合い、8月27日付け要望書は校長である被告Y1に提出する必要がないとして、これを破棄するよう求め、本件支援学校の安全衛生委員に提出する旨を伝えるとともに、Eに対しても、8月27日付け要望書を撤回し、新たに安全衛生委員宛てに提出する旨を伝えた。
(以上につき、前提事実(6)ア、甲46の15・17、83の29、原告本人)
(イ) 原告、N1教諭、N5教諭、N6教諭、N2教諭及びM学年主任は、9月2日、本件支援学校の安全衛生委員宛てに、事情聴取が始まる日から処分が決定し執行されるまで、更なるパワハラ被害が起こらないよう、Hの別室勤務措置を求める旨の9月2日付け要望書を提出した。(前提事実(6)ア、甲46の17、55、83の29・30、105、原告本人、弁論の全趣旨)
(ウ) 被告Y1は、9月4日夕方に開催された安全衛生委員会又は危機管理委員会において、本件出来事を報告した。(被告Y1本人、弁論の全趣旨)
なお、9月16日に安全衛生委員会が開催されたが、その際に9月2日付け要望書について協議された形跡はうかがわれない。(甲48〔276頁〕、101)
(エ) 原告は、9月10日夜、被告Y1に対し、他の教員について「別室勤務は当たり前の事。同じ校舎にいるだけでしんどいことでしょう、いつイチャモンをつけてくるか・・・・と冷や冷やするでしょう。トイレも給食を取りに行くのも、管理職同伴でお願いいたします。」とのメールを送信した。(甲83の52)
イ 上記アの要望に関する被告Y1の対応
被告Y1は、9月24日午前、Eに対し、電話で、物理的に別室がないことやずっとHとの接触を避け続けることは無理であるとして、原告の別室勤務は不可能であり、職員室での勤務を続けてもらうしかないことなどを伝えた。(乙32の13、弁論の全趣旨)
なお、被告府は、10月中旬頃、原告とHの教室までの進路を分ける措置を講じた旨を主張し、被告Y1は本人尋問において、原告とHの動線が重ならないように指示した旨の供述をする(被告Y1本人・39、40頁)。しかしながら、上記動線が重ならないようにするための具体的措置は幾多のものが考えられるところ、被告Y1の上記供述によっても講じられた具体的措置の内容が明らかではなく、単に話題に上っただけの可能性も考えられるから、被告Y1の上記供述を採用することはできず、被告府の上記主張は採用することができない。
ウ 原告によるHとの接触回避等
原告は、10月2日、病気休暇から職場復帰し、@Hが午前8時20分前後に出勤し、午後5時から午後6時までの間に退勤していたことから、その頃には玄関付近に近づかないようにし、A当時、Hが職員室勤務であったことから、Hが職員室にいるときは職員室には入室せず、BHが校舎内を歩いている際には同僚教員から連絡してもらうことで、Hとの接触を回避していた。
しかし、原告は、同月16日の昼休み、2年3組の教室にN1教諭と女子生徒と3人でいたところ、2年2組の教室に荷物を取りに行こうとして廊下を歩くHの姿を見かけた。原告は、放課後、被告Y1に対してそのことを伝えたが、自分の体調のことについて話さなかった。その後、被告Y1は、Hに対し、廊下を歩かないように注意した。
原告が同月2日から12月17日の件までにHの姿を見かけたのは、10月16日だけであった。
(以上につき、前提事実(6)イ、乙9、原告本人)
エ 原告の被告Y1に対する自らの別室勤務措置の要望
(ア) 被告Y1は、12月5日頃、原告に対し、同月11日からHを暫定的に通常勤務させる予定である旨を伝えた。(甲105、弁論の全趣旨)
原告は、同月5日、N1教諭と共に本件支援学校の校長室を訪れ、被告Y1に対し、翌週にお楽しみ会や原告が担当する公開授業があるので、Hに対して翌週出勤しないように話してもらえないかと依頼したところ、被告Y1はそのように対応することはできない旨を述べた。
これに対して、原告は、小学部か高等部での勤務を命じてほしいと求めたが、被告Y1がこれはできない旨を述べたことから、Hを別室勤務とすることを求め、これができないのであれば、原告について別室勤務措置をすべきこと、Hと同じ職員室に入らないように、同じエリアの教室に行かなくてもいいように配慮してほしいこと、怖い思いをした時に「冠攣縮性狭心症」の発作が時々起こること、10月に突然Hが廊下を歩いた時にも起こりかけたことなどを申し出た。
これに対して、被告Y1は、初めて聞く話なので准校長や教頭とも相談させてほしい旨を回答した。
(前提事実(6)ウ、甲37の1・2、105、原告本人)
(イ) 原告は、12月9日頃、被告Y1に対し、「狭心症発作について とお願い」と題する書面(甲6)を提出し、重ねて自らの別室勤務措置を要望した。(前提事実(6)ウ)
同書面には、平成24年11月初旬頃に狭心症発作が初めて出現し、それ以降、発作時に備えて狭心症治療薬のスプレーを携帯していること、平成25年2月にも同様の症状が出現したが、上記スプレーを使用したために大事に至らなかったこと、その翌日、大阪南医療センターを受診し、24時間心電図を受検したところ、冠れん縮性狭心症と診断されたこと、10月から2月頃の寒い時期に月に1〜3回程度の頻度で発作が起こること、平成24年11月から現在までに10回程度発作が起こっていること、上記スプレーが効かずに救急搬送されたことが4回あること、毎朝、カルシウム拮抗薬を服用していること、これまでに発作が起きたのは安静時がほとんどで、しかも家庭で起こることが多いこと、最後に発作が起きたのは2月であり、仕事上のことを思い出して急に苦しくなったが、上記スプレーで収まったこと、同月からは大きな発作が起こっていないこと、10月に本件支援学校で教室にいた時にHの姿を見てびっくりし、その後胸痛が起こり、発作になるかもしれないと感じたこと、最近心労で時々軽い胸痛が起こっていること等が記載されている。(甲6)
これを受け、被告Y1は、原告やパワハラ被害を訴える教員とHのティームティーチング(共同で同じ授業に当たること)が一緒にならないように時間割を変更した。(甲105、丙1、被告Y1本人)
(13) 被告Y1の原告に対する本件準備室の使用許可等
ア 本件準備室の使用許可に至る経緯
原告は、12月11日朝、校長室を訪れ、被告Y1に対し、「私はどうしたらいいのですか。」と尋ねたところ、被告Y1は、I准校長、J教頭及びK教頭を呼び、原告と協議した。その際、原告は、事務室や保健室を使用したいと申し出たが、不適当であるという話になり、K教頭は、原告が本件準備室を使用することを提案した。I准校長は、本件準備室にはパソコンや暖房がないことを指摘したが、原告は、パソコンや暖房がなくても大丈夫である旨を述べた。被告Y1は、それでも職員朝礼があるので職員室に入るべきこと、授業があるので教室にも入るべきこと、それが原告の義務であることを述べたところ、原告は、「わかりました。それで結構です。」と述べ、これを了承した。これを受けて、被告Y1は、原告に対し、同月24日まで本件準備室を使用することを許可した。(前提事実(6)エ、甲44の1・2、105、丙1、原告本人、被告Y1本人)
イ 本件準備室の執務環境
本件支援学校を含む大阪府立特別支援学校には、@学校情報ネットワーク、A統合ICTネットワークの2種類の回線があり、@は主に生徒用の回線、Aは主に教員執務用の回線である。本件準備室には、もともとAの情報コンセントがなかったが、本件準備室は、翌年度から新設される支援学校の開校準備室として平成27年1月から使用することを予定していたため、被告府は、10月29日頃、本件準備室にAの情報コンセントを仮設した。これにより、本件準備室にパソコンを持ち込むことで、文書作成、メール送受信や情報アクセス等が可能になった。
もっとも、本件支援学校では、上記事項が職員には周知されておらず、原告は、本件準備室にAの情報コンセントが仮設されていることを知らなかった。
(以上につき、甲72の1〜4、105、乙18、19の1の1〜19の2の4、30の1、原告本人、弁論の全趣旨)。
(14) 12月17日の件の前後の経緯等
ア Hは、病気休暇を経て、12月5日から出勤し、同月11日から授業に復帰した。(前提事実(5)、甲105、乙9、丙1)
原告は、同月11日及び翌12日には、本件準備室を使用してHとの接触を回避し、同月12日に予定されていた公開授業を予定どおり行った。(甲105、原告本人)
イ 原告は、12月15日、職員朝礼の際には職員室に入室しなかったが、その後は職員室に入室して自分の座席にも着席した。(原告本人)
原告は、同月17日、朝から身体が重く、身体を引きずるような感覚で出勤したが、職員室でも動悸が収まらず、深呼吸をしても復調しなかった。原告は、職員朝礼後、保健室に行こうと思い、そのことをN1教諭に伝えようとしたが、N1教諭がM学年主任と打合せをしていたことから、その横で壁にもたれる姿勢で立って待っていたところ、発作性心房細動を発症し、南医療センターに救急搬送された。(前提事実(7)、甲24、105、原告本人)
ウ 原告は、12月24日、府教委人事課に対し、「a支援学校 G校長の管理監督責任について」と題する書面(甲16)を提出した。
同書面には、被告Y1がHの非違行為に対して適切に指導をしていないこと、被告Y1が中立とは思えないこと、パワハラ被害者である原告の安全配慮義務を怠っている旨の記載がある。(甲16)
エ 原告は、平成27年1月6日、本件支援学校の安全衛生委員会宛てに質問状を提出し、同日、安全衛生委員会が開催された。同委員会において、産業医の助言もあり、小学部の職員室には机が余っているため、原告の席を小学部の職員室に設けることができるとの提案が小学部主事からされた。これを受けて、被告Y1は、原告に対し、小学部職員室の使用を許可した。(甲7、48〔277頁〕、56、102、105、丙1、被告Y1本人、弁論の全趣旨)
(15) 公務災害認定請求
ア 原告は、8月8日付けで、本件出来事につき、基金支部長に対し、本件認定請求@をした。(前提事実(8)ア)
被告Y1は、平成27年1月16日付けで、府教委を通じて、基金支部長に対し、本件追加資料を提出した。(前提事実(8)イ)
本件追加資料には、@7月3日の件につき、「被災職員がA教諭に生徒指導を途中でとりあげられたと感じ、(中略)憤慨していた。」、A7月14日の件につき、「被災職員がA教諭に、学年教員全体にどうして学習発表会係を降りるのか、改めて理由を説明するように何度も質問する場面があった。その結果、居たたまれなくなったA教諭が学年会を途中退室してしまった。」、B本件出来事発生後の経緯につき、「7月16日(水)朝、被災職員が教頭に、「時間をもらえませんか」を待たずに、校内の「パワハラ相談窓口」に相談をかけたいので、書式があれば教えてほしいと質問があった」との記載がある。(甲7)
また、被告Y1は、原告が作成した教員アンケートの書式を示すため、基金支部長に対し、教員アンケート(甲15)のうち「初任の時からたくさんの教員に対する暴言、突然の仕事放棄、器物損壊他々いろいろなことがあるにもかかわらず、何故、処分されないのか、不思議でなりません。傷ついている人がたくさんいます。」との記載部分をマスキングして提出した。(甲14、15、乙22の4〔119頁〕、原告本人、弁論の全趣旨)
イ 原告は、平成27年3月24日付けで、12月17日の件につき、基金支部長に対し、本件認定請求Aをした。(前提事実(8)ウ)
被告Y1は、平成27年4月13日、府教委に対し、本件認定請求@に関する追加資料を提出した。(乙21の1の2)
ウ 基金は、平成28年1月8日付けで、本件認定請求@につき、原告が本件出来事によってある程度の精神的負荷を受けたものと認められるものの、その他に継続して嫌がらせを受ける、人格を否定するようなことを言われる、暴行を受けるなど、強度の精神的負荷を受けるような出来事があった事実が確認できないことなどから、業務により強度の精神的、肉体的負荷を受けたとは認められないなどとして、本件出来事につき公務外の災害であると認定した。(認定事実(8)エ、乙13)
また、基金は、平成29年1月26日付けで、本件認定請求Aにつき、対象疾病を発症したと認められないなどとして、公務外の災害であると認定した。(前提事実(8)エ)
エ 原告は、前記ウの各認定について審査請求をしたが、基金大阪府支部審査会は、平成29年12月20日、原告にとっては本件出来事が一定の精神的負荷になっていたと考えられるものの、精神疾患等を発症させる程度の精神的負荷が加えられるものであったとはいえないなどとして、これらをいずれも棄却する旨の裁決をした。(前提事実(8)エ、乙20)
(16) その後の府教委による調査やHに対する処分等
ア 府教委は、平成27年2月、被害教諭らから聞き取りをしたが、別件訴訟の提起により、原告とH間の争いについて任命権者としていずれかの非を判断するのは裁判に影響を与えると判断し、事実関係の整理と検討を中断し、平成29年2月27日、別件訴訟の判決が言い渡されたことを受け、本件について検討を再開した。(甲84の3)
イ 被告Y1の後任であるR校長、平成29年7月から同年8月にかけて、被害教諭ら及び関係者から聞き取りをし、同年10月31日、「教職員のハラスメントに係る調査報告書」(甲93)を提出した。また、府教委は、同年9月から同年11月にかけて、H、原告及び関係者から事情聴取をした。
同校長は、同年12月2日、府教委に対し、「懲戒処分等に係る報告書」を提出した。
(以上につき、甲17、18、84の3、93、弁論の全趣旨)
ウ 府教委は、平成30年1月24日、原告に対し、Hの言動につきパワハラとはいえないものの原告の人格を軽視し、謝罪を強要する言動であり、職場環境を悪化させる不適切な言動である旨の調査結果を回答した。(甲84の3、弁論の全趣旨)
エ 府教委は、平成30年6月14日、本件出来事等が原告の人格権を侵害するとともに、職場環境を悪化させる不適切な言動であり、原告以外の3人の同僚職員に対する言動も不適切なものであったなどとして、Hに対し、服務上の措置である訓戒処分をした。(甲84の3)
2 争点1(本件出来事を踏まえて被告Y1が原告に対してHとの隔離措置を講じず、これが国賠法1条1項上違法であるか)について
(1) 国賠法1条1項の違法性について
国賠法1条1項は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに、国又は公共団体がこれを賠償する責任を負うことを規定するものであるから、公務員による公権力の行使に同項にいう違法があるというためには、公務員が、当該行為によって損害を被ったと主張する者に対して負う職務上の法的義務に違背したと認められることが必要である(最高裁昭和60年11月21日第一小法廷判決・民集39巻7号1512頁参照)。
(2) 被告らが12月11日まで原告に対して別室を提供せず、Hとの隔離措置を講じなかったことについて
地方公共団体である被告府は、その任用する職員に対し、その任用する職員が生命、身体等の安全を確保しつつ業務をすることができるよう必要な配慮をする義務(安全配慮義務)を負うというべきであるが、その具体的内容は、公務員の職種、地位及びそれが問題となる具体的状況等によって異なるものである(最高裁昭和50年2月25日第三小法廷判決・民集29巻2号143頁参照)。
本件において、府教委又は被告Y1が原告についてHとの隔離措置をとるべき職務上の法的義務を負っていたといえるか否かは、原告とHとの関係、本件出来事の内容、原告の心身の状態、原告の要望内容やその後の状況等を総合的に考慮し、そのような措置を講じなければ原告の心身の健康が悪化するといえるか否かによって判断すべきであり、また、府教委又は被告Y1において原告がそのような状況にあることの予見可能性があったことも必要になるというべきである。
ア 原告とHとの関係性
前提事実(1)ア、ウ(ア)、認定事実(1)イ、ウによれば、原告とHは、同じ中学部に属する同僚教諭であり、上司・部下の関係にはなく、むしろ、原告の方が約19歳年長であり、教員歴も約17年長かったこと、原告は、本件支援学校への赴任当初、Hと話ができる関係の構築に努め、Hから長時間話を聞いたり、一緒に飲食するなどして、遅くとも7月3日の件が発生するまでは話ができる関係であったことが認められる。
また、本件全証拠によっても、Hが、本件出来事後、原告に対して危害を加えようとしたことのみならず、原告に対して面談を求めたり、連絡しようとしたことはうかがわれない。
イ 本件出来事の内容
認定事実(6)アによれば、本件出来事は、職員室の自席に着席していた原告が、7月14日の件について、後方からHによって謝罪するよう複数回怒鳴られたというものであり、原告に非があったとは認められず、その態様は一方的かつ原告の人格を軽視するものであり、職員室には60名以上の教員がいたことからすると、原告は、本件出来事によってある程度の心理的負荷を受けたことが認められる。
しかしながら、認定事実(6)アによると、原告は、Hから人格否定的なことを言われたり、暴行や脅迫を受けたりしたわけではなく、原告も、Hに対し、「そんな言葉遣いしている人には謝りません」「それを謝らなければいけないのだったら、あなたはもっといろいろ謝らなければならないでしょ」と反論するなど一定程度冷静に対応していたことが認められるのであり、これらの事情からすると、本件出来事による原告の受けた心理的負荷の程度が強度であったとまでは認められない。
また、Hは、原告に対して、6月12日頃の件、7月3日の件及び7月14日の件に及んでおり(前提事実(2)ア〜ウ)、原告以外の被害教員らに対して揶揄するような発言をしたことは認められものの(甲49・12頁の後)、継続的に本件出来事のような言動をしていたことを認めることができない。
ウ 原告の心身の状態
(ア) 急性ストレス反応の発症について
前提事実(3)ア、イによれば、原告は、本件出来事の2日後である7月17日、P医師から「急性ストレス障害」との診断を受け、8月26日及び9月2日にも同様の診断を受け、11月14日にも「急性ストレス障害増悪」との診断を受けたことが認められる。P医師は、意見書(甲88)において、原告の主訴が本件出来事以降の症状に関するものであったため、DSM−5に基づき、診断名を「急性ストレス障害」と診断したものであり、原告は本件出来事によりICD−10の分類による「F43.0 急性ストレス反応」を発症したとの意見を述べている。
しかしながら、原告が急性ストレス反応を発症していたとしても、その症状は通常2〜3日以内(しばしば数時間以内)に消滅するとされており、P医師も、原告の症状が二、三日程度で消滅したとの意見を述べている(同・2頁参照)ことからすると、本件出来事による原告の上記症状は一時的なものであったということができる。
(イ) 病気休暇の取得について
前提事実(3)ア、イ、(5)によれば、原告は、7月17日から同月31日まで及び8月26日から10月1日までの間、急性ストレス障害により病気休暇を取得したことが認められる。
しかしながら、上記(ア)で説示したとおり、P医師の意見書によると、原告の急性ストレス反応は本件出来事から二、三日以内に症状が消滅したものと認められるのであり、原告のその後の病気休暇の取得が本件出来事やHとの関係によるものかは必ずしも明らかではない。
エ 原告の要望内容
前提事実(5)、認定事実(7)ク、ケ、サ、(8)によれば、原告は、本件出来事後に病気休暇及び職免を取得し、8月6日から出勤したこと、原告は、同月7日、被告Y1に対し、Hが出勤していたら会うのがしんどいので職員室や教室には行けない旨を伝えたこと、原告は、同月11日、高崎に対し、同月から出勤しているが、職員室には入れず、保健室での勤務となっている旨を伝えたこと、原告は、同月19日、被告Y1に対し、明日から出勤する予定であるが、Hがいれば職員室や教室には行けない旨を伝えたことが認められる。
しかしながら、認定事実(7)ク、ケ、(8)、(12)アによれば、原告は、8月中に7日間出勤したが、その間、自ら養護教諭に願い出て保健室の机を借りて同室で勤務し、これにより、夏休み中で授業がなかったこともあり、Hと顔を合わせることを回避することができたものであり、原告は、少なくとも同月26日までに府教委又は被告Y1に対して別室勤務措置を要望したことはなかったことが認められる。
そして、認定事実(7)シ、(12)ア(ア)〜(ウ)によれば、原告は、8月25日又は同月26日、被告Y1から、9月1日午後からHの事情聴取が始まる旨を聞き、8月27日又は同月28日、府教委又は被告Y1に対し、8月27日付け要望書を送信し、9月2日、本件支援学校の安全衛生委員に宛てに、9月2日付け要望書を提出したことが認められるが、これらは飽くまで原告を含む被害教員らがHの別室勤務措置を講じることを求めるものであり、被害教員らからパワハラ被害の訴えがあったのみでHに対する事情聴取がされておらず、本件パワハラ事案に係る事実認定もされない段階で、府教委又は被告Y1がHに対して直ちに別室勤務措置を命じることは困難であったと考えられる。
オ 府教委及び被告Y1の具体的な予見可能性の有無
前提事実(6)ウ、認定事実(12)エ(ア)、(イ)によれば、原告は、12月5日頃、被告Y1に対し、狭心症の発作が起こることがあり、10月に突然Hが廊下を歩いた時にも起こり掛けたことなどを申し出たこと、同月9日頃にも、「狭心症発作について と お願い」と題する書面を提出し、重ねて自らの別室勤務措置を求める旨の要望したことが認められるものの、それまでの間に原告が被告Y1に対してそのような申出をしたことは認められず、少なくとも12月5日頃又は同月9日頃までの間、府教委又は被告Y1において、原告に対してHとの隔離措置をとらなければ原告に狭心症の発作が出現して原告の生命、身体等の安全が損なわれる状況にあることを具体的に予見できたとはいえない。
カ まとめ
以上のような原告とHの関係、本件出来事の内容、原告の心身の状態、原告の要望内容等に照らすと、少なくとも12月11日までの間、Hとの隔離措置を講じなければ直ちに原告の心身の健康が悪化する状況にあったとはいえず、そのことにつき府教委又は被告Y1に具体的な予見可能性があったともいえないから、府教委又は被告Y1が本件出来事直後から12月11日までの間に原告に対してHとの隔離措置をとるべき職務上の法的義務を負っていたとはいえず、それまでの間に原告について別室勤務措置を講じなかったとしても、それが国賠法1条1項上違法であるとはいえない。
(3) 被告Y1が12月11日に本件準備室での勤務を許可したことをもって別室隔離措置を講じたといえるかについて
ア 前提事実(6)エ、認定事実(13)アによれば、被告Y1は、原告からの要望を受け、Hが授業に復帰するのに合わせて、12月11日、原告に対し、本件準備室の使用を許可したことが認められる。認定事実(13)イによれば、12月時点で、本件準備室には既に校務系情報にアクセスするための情報コンセントが仮設されており、本件準備室にパソコンを持ち込むことで文書作成やメール送受信等を行うことが可能であったが、そのことは本件支援学校の職員に周知されず、原告も上記事項を認識していなかったことが認められる。もっとも、認定事実(13)アによれば、原告は、K教頭から本件準備室の使用を提案され、I准校長が本件準備室にパソコンや暖房がないことを指摘したものの、パソコンや暖房がなくても大丈夫である旨を述べたことが認められ、パソコンを使用できないことを前提として本件準備室の使用を了承したものであることが認められる。
このような事実関係に照らすと、被告Y1が12月11日に原告に対して本件準備室の使用を許可したことをもって、Hとの隔離措置を講じたということができる。
イ これに対して、原告は、被告Y1が平成27年1月に小学部の職員室で勤務することを許可しており、12月時点においても小学部の職員室を提供すべきであった旨を主張する。
しかしながら、認定事実(14)エのとおり、平成27年1月6日の安全衛生委員会において産業医の助言や小学部主事の提案があったことから、被告Y1は、原告に対し、小学部の職員室で勤務することを許可したことが認められるものの、この時点では既に12月17日の件が発生しており、安全衛生委員会における提案もこれを踏まえてのものであったと考えられるから、12月17日の件が発生する前の時点で小学部の職員室の提供が可能であったということはできない。したがって、原告の上記主張は採用することができない。
3 争点2(被告Y1が公務災害認定手続において虚偽又は偏った報告書を提出し、これが国賠法1条1項上違法であるか)について
(1) 地方公務員災害補償制度は、地方公務員が公務上の災害又は通勤による災害を受けた場合に、当該職員又はその遺族に対して補償を行い、これらの者の生活の安定と福祉の向上に寄与することを目的とするものである(地方公務員災害補償法1条参照)。そして、同法45条1項は、基金は、同法が定める補償を受けようとする者から補償の請求を受けたときは、その補償の請求の原因である災害が公務により生じたものであるかどうかを速やかに認定するものとされ、同条2項は、その認定に当たっては、災害を受けた職員の任命権者の意見を聞かなければならない旨を定めており、その趣旨は、災害が公務上のものであるかの認定について任命権者が職務上の知識等を有しており、また、その結果が人事管理上影響を及ぼすことが多いことを考慮したことにあると解される。このように、災害が公務上のものであることは同法の定める補償を受けるための前提であり、補償の請求をした者は、災害が公務上のものであるとの認定を受けられなければ、同法の定める補償を受けられないという不利益を被ることとなるから、災害が公務上であるとの認定を受けることにつき法律上の利害関係を有しており、かかる利益は法律上保護された利益というべきである。
したがって、補償を請求した者が、本来、災害が公務上であるとの認定を受けられるにもかかわらず、任命権者が故意又は過失により基金に対して誤った意見を述べたことにより、補償が受けられなかったときは、補償を請求した者の法律上保護された利益を侵害するものとして、国賠法1条1項上違法となり得るものと解される、もっとも、補償を請求した者は、任命権者の述べる意見の内容が適正であること自体に独自の法律上の利害関係を有するものではなく、たとえその内容に誤りが含まれていたとしても、任命権者が述べた意見の内容が公務上の災害であるか否かの認定に影響を及ぼしたと認められない場合には、補償を請求した者の法律上保護された利益が侵害されたとはいえないから、任命権者が意見を述べたことが国賠法上1条1項上違法になるとは解することはできない。
(2) これを本件についてみると、認定事実(15)エによれば、基金は、本件認定請求@に対し、原告が本件出来事により一定の心理的負荷を受けたと考えられるものの、それが精神障害を発症させる程度の強度の精神的負荷を受けるものであったとはいえないとして、本件出来事が公務外であると判断し、審査請求においても同様の裁決がされている。かかる判断理由に照らせば、原告が指摘する本件追加資料の各記載内容が基金における公務上外の判断を左右したものとは認められず、ほかにこれを認めるに足りる証拠はない。
そうすると、被告Y1が基金支部長に対して本件追加資料を提出したことをもって原告の権利又は法律上保護された利益が侵害されたとはいえないから、これが国賠法1条1項上違法であるとはいえない。
したがって、被告Y1が公務災害認定手続において虚偽又は偏った報告書を提出したことを理由とする原告の被告らに対する国賠法1条1項に基づく損害賠償請求には理由がない。
4 争点3(被告Y1がした本件出来事に係る調査等が国賠法1条1項上違法であるか)について
(1) 地方公共団体である被告府は、その任用する職員に対し、その任用する職員が良好な職場環境の下で職務を遂行することができるよう職場環境調整義務を負っており、その任用する職員から職場においてパワハラ被害を受けた旨の訴えがあったときは、その事実関係を調査し、調査の結果に基づき、加害者に対する人事管理上の適切な措置を講じるべき義務を負うものというべきである。
もっとも、当該被害を訴えた者が被告府に対して一定の事実確認の方法や調査手続を求める権利又は法律上保護された利益を有するものではなく、被告府は、パワハラ被害の訴えに係る事実関係の調査をするに際しては一定の裁量があると解されるから、被告府がした事実確認の方法や調査手続が著しく不合理であり、その裁量権を逸脱又は濫用したといえる場合に限り、職務上の法的義務に違背したものとして違法の評価を受けると解するのが相当である。
(2) 以下では、原告の主張に沿って、府教委又は被告Y1に職務上の法的義務違背が認められるか否かを順次検討する。
ア 事実確認について
(ア) 被告Y1が7月14日の件について録音体を確認しなかったこと
認定事実(9)イによれば、被告Y1は、遅くとも9月頃までに原告から7月14日の件の録音体が存在することを伝えられていたが、その内容を確認しなかったことが認められる。
しかしながら、7月14日の件は、本件報告書において本件パワハラ事案のうちの1つとして挙げられているものの、Hが原告に対して不満を述べる場面があったとはいえ、Hが原告に対して怒鳴るなどの状況にはなく、本件出来事の発端となった出来事にすぎないこと、同録音体を確認しなくても、他に学年会の出席者らから事情聴取をすることによっても事実確認をすることが一応可能であることからすると、被告Y1が本件出来事に係る調査に際して同録音体を確認することが必要不可欠であったとまではいうことができない。
したがって、被告Y1が本件出来事に係る調査の際に同録音体を確認しなかったとしても、被告Y1が調査に係る裁量権を逸脱又は濫用したものとはいえず、この点に職務上の義務違背があったということができない。
(イ) 被告Y1が本件出来事を目撃した教員らに対する事情聴取をしなかったこと
a 認定事実(9)ア、イによれば、被告Y1は、本件出来事について、7月25日にはJ教頭とL部主事から事実確認をし、同月29日にはN2教諭から、同月30日頃にはN7教諭から事情聴取をし、同月31日には、校長室を訪れた6名の教員からそれぞれ聞き取りをし、さらに、8月25日及び翌26日、被害教諭らから聞き取りをし、その後、府教委に対し、その聞き取り記録を提出したことが認められる。
これらのことからすると、被告Y1は、本件出来事に係る事実関係の調査に際し、必要な事情聴取をしたというべきである。
被告Y1は、本件出来事の目撃者として把握していた上記以外の教員らから直接事情聴取をしていないこととなるが、原告から提出された教員アンケート等からこれらの教員らの陳述内容を把握することができるから、被告Y1が、上記以外の教員らから自ら直接事情聴取をする必要性を認めなかったと判断したとしても、その判断が必ずしも不合理であるとはいえない。
したがって、被告Y1が本件出来事の目撃者として把握していたこれらの教員らから自ら直接事情聴取をしなかったとしても、調査に係る裁量権を逸脱又は濫用したものとはいえず、職務上の義務違背があったということはできない。
b これに対して、原告は、被告Y1は、本件出来事に係る供述状況一覧表(甲8)の「校長見解」欄に「確認者の証言もあるが、追加確認者の信頼性も高いので、真実がわからず、判断できない」と記載しており、真実がわからないのであれば、本件出来事を目撃した教諭らから直接事情聴取すべきであった旨を主張する。
しかしながら、被告Y1が上記記載をしたのは、Hが原告に対して「俺に恥をかかせようとして、おまえ仕組んだやろ!」との発言をしたか否かという点についてであるところ、本件証拠上、かかる事実を認めることはできず、別件訴訟の判決においても認定されていないこと(甲3)、被告Y1は、確認者や追加確認者の供述の信用性の評価をした結果、上記結論に至ったものであり、必ずしも事情聴取の対象とされるべき者から事情聴取をしなかったことによりそのような結論に至ったわけではないことからすると、原告が指摘する事情をもって被告Y1が記教諭らから直接事情聴取すべきであったということはできない。
したがって、原告の上記主張は採用することができない。
(ウ) 原告が主張する、被告Y1が意図的に事実認定を回避したことを推認させる事情について
a H父子と被告Y1の面談について
原告は、府教委及び被告Y1がH父子の恫喝に畏怖し、その追及から逃れる目的を有していた旨を主張する。
この点、認定事実(10)ウ(ウ)によれば、H父子は、10月22日、約4時間30分にわたって被告Y1と面談し、その際、H父子は、被告Y1がHに課業中に教室に行かないよう伝えたことについて強く非難し、パワハラ事案で訴えられていることを約3か月間知らされていなかったことについても苦情を述べるとともに、Hがパワハラ事案で訴えられたことにつき校長の管理責任を追及するかのような発言をしたことが認められる。
しかしながら、認定事実(10)ウ(ウ)によれば、被告Y1は、Hに対して課業中に教室の方に行かないよう伝えたことについてH父子に何度も説明して理解を得ようと努めていること、Hの父から訴えている3人には覚悟するように伝えてほしいというニュアンスの発言があった際には調査中、事実確認中なので止めるよう申し向け、聞き入れられていること、被告Y1とH父子との面談は、最終的にHの父がHに対して被告Y1による事情聴取書の作成に協力することなどを言い聞かせる形で終了したことが認められる。
そして、認定事実(10)ウ(ウ)のとおり、被告Y1が10月23日未明にEらに対して同面談の内容を報告したメールにおいて、被告Y1は、淡々と事実経過を記載するとともに、H父子が急に府教委に押し掛けたり電話をしたりすることがあるかもしれないので報告した旨を述べており、H父子から言われた、被告Y1の管理責任を追及することや本件支援学校の実情を公にすることについて相談や心配をする旨の記載は見当たらない。
これらのことからすると、被告Y1がH父子との面談における発言内容に畏怖したことはうかがわれず、被告Y1がH父子の恫喝に畏怖しその追及から逃れる目的を有していたとは認められないから、原告の上記主張は採用することができない。
b 病気休暇への変更の伺い及び診断書の差替え依頼について
認定事実(10)ウ(エ)〜(キ)によれば、Hは、内科において急性胃腸炎との診断を受け、10月20日から同月31日まで病気休暇を取得し、その後も欠勤したこと、被告Y1は、11月11日、Eに対し、上記欠勤を病休扱いで処理することの可否をメールで問い合わせるとともに、同日、主治医に対し、欠勤期間に見合う診断書の差替え依頼をしたこと、Hは、11月13日、欠勤期間に見合う診断書を提出したことが認められる。
このように、被告Y1は、Hの欠勤を病気休暇に変更することの可否を府教委に問い合わせた上、主治医に対して診断書の差替えを依頼し、欠勤を病気休暇に変更することとしたところ、Hはもともと急性胃腸炎との診断を受けていたものであり、その後もHが欠勤したことが傷病によるものと考えられる場合、事後的に当該欠勤を病気休暇に変更することが、一般的な取扱いを超えて特にHを厚遇するものであるとはいえないから、そのことをもって被告Y1が意図的に事実認定を回避したことを推認させるものとはいえない。
c O4講師及びO5講師に対する事情聴取について
(a) Hの人選やHの面前で実施したことについて
認定事実(10)ウ(カ)によれば、被告Y1が11月11日にO4講師及びO5講師に対して事情聴取をしたのは、Hの人選によるもので、その事情聴取の際にHも同席したことが認められる。
本来、調査対象者を選択するのは調査権限を有する被告Y1であり、O4講師がHと同じ体育科に所属しており、O5講師がHと同じクラスの担任であったこと(認定事実(10)ウ(カ))や両名が講師であったこと(前提事実(1)ウ(イ))を踏まえると、両名がHに不利な発言をすることを躊躇することも考えられるから、Hに人選をさせたり、Hの面前で両名の事情聴取を実施したことは不適切であるといわざるを得ない。
しかしながら、前記(イ)bのとおり、被告Y1がO4講師及びO5講師からの聴取結果の信頼性も高いとして、真実が分からず、判断できないとしたのは、Hが本件出来事において「俺に恥をかかせようとして、お前仕組んだやろ!」との発言をしたか否かという点であり、本件証拠上、かかる事実が認められないことは前記(イ)bのとおりである上、かかる発言の有無によって本件出来事の評価が大きく異なるものではないから、Hが選んだO4講師及びO5講師の事情聴取をHの面前で実施したことをもって被告Y1が意図的に事実認定を回避したことを推認させるものとまではいえない。
(b) O4講師及びO5講師の事情聴取結果を書面又は録音により保全しなかったとする点について
認定事実(10)ウ(カ)によれば、被告Y1は、O4講師及びO5講師からの事情聴取結果を書面又は録音により保全しなかったことが認められる。
しかしながら、学校長が教員らから他の教員の非違行為に関して事情聴取をする場合、録音することが必ずしも法律、条例や内部規定等によって義務付けられているわけではないし、録音をすることで供述者から真実に即した供述が得られないことも考えられるから、被告Y1が両名からの事情聴取に際し、録音すべきであったとはいえない上、その聴取結果は、本件出来事に係る供述状況一覧表に盛り込まれており、これとは別に書面をもって聴取結果を保全すべきであったとはいえないから、被告Y1が両名からの事情聴取結果を書面又は録音により保全しなかったことをもって、意図的に事実確認を回避したことを推認させるものとはいえない。
(c) 本件報告書においてO4講師及びO5講師の匿名を貫いたとする点について
認定事実(10)ウ(カ)によれば、被告Y1は、O4講師及びO5講師が講師であり、証言したことによる今後の教員採用試験や次年度の任用への影響の可能性を考慮し、本件報告書においてO4講師及びO5講師を匿名としたことが認められる。
かかる理由に照らせば、被告Y1に不当な動機・目的があったとは認められない上、被告Y1が両名からの事情聴取に際し、事前に匿名とする旨を告げて事情聴取をしたと認めるに足りる証拠はなく、両名の供述内容に影響を与えたとは認められないから、被告Y1が意図的に事実認定を回避したことを推認させるものとはいえない。
なお、原告は、被告Y1が事後的検証を不可能にする目的で匿名にした旨を主張するが、匿名にしても事後的検証がおよそ不可能になるということはできず、被告Y1がかかる目的を有していたと認めるに足りる証拠はないから、原告の上記主張は採用することができない。
(d) コーヒー及び生菓子を提供したとする点について
認定事実(10)ウ(カ)によれば、被告Y1は、O4講師及びO5講師からの事情聴取の際、PTA会長からもらった生菓子やコーヒーを、両名及びHに供したことが認められる。
被告Y1のこのような対応は、事情聴取がなれ合いでなされているとの疑念を抱かせ、不適切であるといわざるを得ないが、上記経緯に照らすと、被告Y1に不当な動機・目的があったと認められない上、そのことによって両名の陳述内容に影響を与えたとも認められないことからすると、そのことをもって直ちに被告Y1が意図的に事実確認を回避したことを推認させるものとはいえない。
(エ) 被告Y1がO3講師からの聴取内容を本件報告書に記載しなかったとする点について
認定事実(9)ウによれば、被告Y1は、11月初旬頃、O3講師から事情聴取をしたところ、O3講師と同様の証言をした複数の教員アンケートの結果があったこと、単に証言の数が多いか否かだけで真実が決まるものではないと考えたこと、O3講師が講師であり、証言をしたことによる次年度の任用への影響の可能性に配慮したことから、O3講師からの聴取内容を本件報告書に記載しなかったことが認められる。
かかる理由に照らせば、被告Y1に不当な動機・目的があったとは認められない上、原告の供述に沿う供述であるからといって本件報告書に必ず記載しなければならないものではないから、被告Y1がO3講師からの聴取内容を本件報告書に記載しなかったことをもって、本件出来事に係る事実関係の調査について被告Y1に与えられた裁量権を逸脱又は濫用したものとはいえず、職務上の法的義務違背があったということができない。
イ 調査手続について
(ア) 被告Y1が8月25日及び翌26日に原告を含む被害教員らに対して個人情報の提供を求めたことについて
a 認定事実(7)シ、スによれば、被告Y1は、8月25日及び翌26日、原告を含む被害教員らに対し、Hの処分を求めるに当たっては、被害者の特定が必要であり、住所、氏名、生年月日、履歴、校務分掌や勤務状況といった個人情報を報告書に記載して府教委にこれらを報告する旨を告げたことが認められる。
そして、認定事実(7)カ、ケ、(12)ア(ア)、(イ)、(エ)によれば、被害教員らは、Hの解職や教職現場に立たせないことを要望していたところ、Hに対して処分を科すためには、事案の特定や被害者の特定が必要となることから、その限度で情報提供を求めたとしても、必ずしも不合理であるとはいえない。また、被告Y1が8月25日及び翌26日に被害教諭らに対して「人一人の処分を要望する限り、一人一人が責任を持って正々堂々と対峙すべき」旨を告げていることや、被告Y1が8月28日にEらに対して送信したメールの内容(認定事実(7)セ)に照らすと、被告Y1が原告を含む被害教諭らに対して上記のとおり告げたのは、Hの処分を求めることにつき慎重な検討を促す意味があったとみる余地もあるが、仮に被告Y1がそのような趣旨で上記のように発言したとしても、被告Y1の8月25日及び翌26日の被害教員らに対する発言内容(認定事実(7)シ、ス)に照らせば、被害教員らの自由な意思を抑圧してHの処分を求めることを断念させるものということはできない。
そうすると、被告Y1が8月25日及び翌26日に原告を含む被害教員らに対して府教委に個人情報を報告する旨を告げたとしても、そのことをもって原告の権利又は法的利益が侵害されたとはいえない。
b これに対して、原告は、上記個人情報を府教委が取得済みであるとして、敢えて被害教員らの面前で読み上げる理由はない旨を主張するが、府教委が被害教員らに係るこれらの個人情報を取得済みであるとしても、本件報告書にこれらの個人情報を記載する必要があることに変わりはなく、現に本件報告書には被害教諭に係るこれらの情報が記載されている上(甲49)、被害教員らに対して改めてそのことを確認しておく必要がないとはいえず、これを告げたからといって被害教員らの自由な意思を抑圧して処分を求めることを断念させるものともいえない。
したがって、原告の上記主張は採用することができない。
(イ) 被告Y1の9月2日に現認者に対してその氏名をHに伝える場合があること承諾を求めたことについて
認定事実(7)ソによれば、被告Y1は、9月2日、原告に対し、「ご自分の事案を現認される方に、次のことを必ず伝えて、了解を得てください。@現認者に、校長からの聞き取りが行われる場合があること、A訴えられる対象者に事情聴取を行う場合、現認者名を伝える場合があること」「以上を確認して、現認者名と現認される項目の番号を記入してください。」と記載した一覧表をメールで送信したことが認められる。
しかしながら、認定事実(7)タによれば、原告は、9月9日、被告Y1らに対し、Hに現認者名を知らせる必要があるのかは疑問であり、そのようなことは絶対に避けてほしい旨のメールを送信したところ、被告Y1は、同日、原告に対し、なるべく現認者名を出さなくていいように事情聴取を進めること、どうしても被聴取者が知りたいと言った場合は一旦本人に確認する段取りとなっており、現認者の意思に反してその名前を開示することはない旨を回答したことが認められ、実際にこれをHに開示したことはうかがわれない。
そうすると、被告Y1が、9月2日、原告に対し、Hの事情聴取の際、現認者名を伝える可能性があることについて了解を得るように指示したとしても、その後、方針を変更しており、Hからの事情聴取の際に被害教諭らの氏名を明らかにしたことはうかがわれないから、原告の権利又は法的利益が侵害されたとはいえない。
ウ 調査結果の報告を受ける権利が侵害されたとする原告の主張について
認定事実(16)ウによれば、原告は、平成30年1月24日、府教委から本件出来事に係る調査結果の回答を受けたことが認められるから、調査結果の報告を受ける権利を侵害されたとする原告の主張は、前提を欠いている。
エ まとめ
以上より、被告Y1がした本件出来事に係る調査等が国賠法1条1項上違法ということができない。
5 争点4(被告Y1が個人として不法行為責任を負うか)について
上記2〜4で説示したところに照らすと、被告Y1の行為に不法行為が成立すると認めることはできない。
この点を措くとしても、公権力の行使に当たる公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えた場合には、その公務員が属する国又は公共団体が被害者に対する賠償の責任を負い、公務員個人はその責任を負わないものと解すべきである(最高裁昭和30年4月19日第三小法廷判決・民集9巻5号534頁、最高裁昭和47年3月21日第三小法廷判決・裁判集民事105号309頁、最高裁昭和53年10月20日第二小法廷判決・民集32巻7号1367頁等参照)。
したがって、原告の被告Y1に対する不法行為に基づく損害賠償請求には理由がない。
6 まとめ
以上によれば、その余の争点につき判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がない。
第4 結論
よって、原告の請求は理由がないから、いずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第5民事部
(裁判長裁判官 横田昌紀 裁判官 長谷川武久 裁判官 岩ア雄亮)